第12話「ぼっち」
「つうかさ、なんでベーキングパウダー?」
路地を歩きながらベルが話しかけてきた。
「……」
「菓子作りでもすんの?」
ゾディアックは頷いた。
「へー。孤高の騎士様が、お菓子作りとはねぇ」
「……孤高の?」
聞き返すと、ベルは首を傾げた。
「あんたのふたつ名だ。結構有名だぜ?」
「……知らない」
「ひとりで黙々と活動し、危険な任務を請け負い、モンスターを倒していく凄腕のガーディアン。駆け出しの連中とかはかなりあんたに憧れているらしい」
駆け出し、というと、ランク・パールの者たちだ。ゾディアックは顔が赤くなる思いだった。まさか裏で、そんな評価を受けているとは思わなかったからだ。
「話しててわかるけど、あんた無口なタイプだよな。まぁ俺みたいにお喋りな奴よりは、そっちの方がマシか」
「……違う」
「ん?」
ゾディアックは立ち止まった。
「……怖いだけ、だ」
「怖い?」
「……初対面の人と、話すのが」
「人見知りなのか、お前」
ゾディアックは頷いた。
「だから……孤高なんかじゃない。会話が苦手な、だけなんだ」
「ふーん……」
「だ、だから、練習してる」
「練習?」
ベルは片眉を上げた。
「……話術」
「は?」
「友達作れるような、話術」
たどたどしく言うと、ベルはカラカラと笑った。
「いいねぇ、あんた。嫌いじゃないぜ。どんな理由であれ、努力する奴は嫌いじゃあない」
急に、まだ知り合って1時間も経ってない相手に変な相談をしてしまったと思い、ゾディアックは内心慌てた。
「しかし、意外だな。菓子作りが趣味なんて。ガキのころからやってるとか?」
ゾディアックは右手に持つ、布製の買い物袋を見つめた。
ロゼの、大切な人の笑顔を見たい。
だが、そんな恥ずかしいことも言えないため、ゾディアックは黙った。
「ま、なんでもいいけどよ。目的地だぜ」
顔を上げると、セントラルの建物が見えた。
「結構楽しかったぜ、ゾディアック。また機会があれば、ゆっくり話そう。酒でも飲みながらな」
「……一杯しか、飲めないと思う」
「下戸かよ! お前色々とギャップが激しいなおい」
「ベル、さん」
「ベルでいいよ。どうした?」
「……また、話そう。今日はありがとう」
ベルは白い歯を見せた。
「話術の練習、今度やろうぜ。またな、ゾディアック」
ゾディアックは頭を少しだけ下げ、先にセントラルの中へ入っていった。
その背中を見送ったベルは、鼻から思いっきり息を吐き出す。
「あれが最強、ねぇ……色々と問題ありそうだが」
値踏みするような目つきになり、顎髭をさする。
「さて、どうやってあいつに銃を売ろうか」
商売人の笑みを浮かべたベルは、セントラルから視線を切った。
★★★
周囲の目線が突き刺さりながらも、ゾディアックは受付へ一直線へ向かった。
見ると、レミィの姿はなかった。今日は普通の人と話せそうだ。
そうして受付の前に立った時だった。奥の部屋の扉が開き、レミィが姿を見せた。
「ああ、いいよ。私が相手する」
受付を行おうとした事務員を退席させ、レミィが座る。
「よぉ、ゾディアック」
「……」
先日のことがあったため、ゾディアックはレミィを苦手としていた。
兜の下で唇を曲げる。
「なんだよ、怒んなって」
顔見えないだろ。とは言えなかった。
「で、任務か? 掲示板に珍しい任務があるからその紙持ってきていいぞ」
レミィは楽しそうに言った。少し上機嫌に見えた。ゾディアックは怪訝に思いながら、買い物をカウンターに置いた。
ガーディアンは任務を受ける際、セントラルに荷物を預けることができる権利を持っている。ただ、何でも預かるわけではない。荷物のチェックをしたうえで、預けていいかどうか。それを受付の者たちは判断しなければならない。
「規則だから。確認するぞ」
レミィは買い物袋を自分の膝の上に乗せ、中身を見た。
「なんだ、こりゃ? 小麦粉に牛乳に……」
疑問符を浮かべながら、ひとしきり確認した後、視線をゾディアックに向ける。
「料理の材料だよな? 何作るの?」
「……言わなきゃ、駄目か?」
「気になんじゃん」
「……パンケーキ」
ゾディアックの口調はどこか歯切れが悪かった。
「パンケーキ!? 昨日テレビでやってたあれか! へぇ、マジか」
レミィは笑いながら荷物を預かることを承諾した。
「作ったら、私にも食わせてくれよ」
正直、嫌だと言いたかった。この小馬鹿にしたような笑い方が、癪に障ったからだ。
「任務を受けたいんだが」
「なんだよ……んな怒んなって。別に馬鹿にしたわけじゃないよ」
語気を強めたゾディアックに対し、申し訳なさ気に言ったレミィは、買い物袋をカウンターに置いた。
「それで、何を受けたいんだ?」
「……モンスター討伐」
「何の」
「スライム」
「は?」
パンケーキを作るうえで、あと必要だったのが、シロップに使われる”ラムネゼリー”である。
だが、このラムネゼリーというのは、レアモンスターの”ラムネスライム”からしか手に入らないものである。
ラムネスライムはレア、ということもあり、出現率が低い。おまけにラムネゼリーの入手率も低いと来ている。
そのため超希少品であり、キャラバンでも取り扱っている者はほぼいない。
しかし、セントラルの任務でラムネゼリーが達成報酬として手に入る任務があることを、ゾディアックは前もって知っていた。
「ああ、なるほど」
レミィもゾディアックの狙いがわかったようで数回頷いた。
そして申し訳なさそうな視線を向けた。
「ラムネゼリーが手に入る任務は、あるんだけどさ……ふたり以上からなんだ。つまりパーティ組んでないと駄目だ。人数制限がある」
パーティを組まないといけない。ゾディアックはその言葉を聞いて固まった。
「パーティ必須」。それはゾディアックにとって死刑宣告、悪魔の言葉だ。
この任務を受けるのと受けないのとでは、ラムネゼリーの入手効率が雲泥の差だ。是が非でもパーティを組んで受けたい。
だが、このセントラル内で、ゾディアックからパーティに入れて欲しいと言って、入れてくれる者は限りなくゼロに近いだろう。
「……はぁ」
ゾディアックは、諦めのため息をついた。レミィは慌てた様子で手元にあった資料を手に取る。
「そ、その。あれだ。パーティの書類あるからさ、パールと組んで……駄目だ。ランク差がありすぎてお前に報酬が出ないな。じゃあ、他のパーティに話通すとかどう?」
「い、いや」
「大丈夫だって! 私に任せとけ。誰かゾディアックと一緒にパーティ組んでくれないかって聞いてくるから」
「あ、あの……お願いだから、やめて……」
そんなことをされた日には、もうここに来れない。
惨めで死にたくなった。ゾディアックは兜の上から、目頭を押さえそうになった。
★★★
あれからレミィと相談したゾディアックは、「周辺調査及び警備」任務という道を選択することになった。
調査ということもあり、この任務に完了というものはなく、追加報酬も当然ない。セントラルに飼われているガーディアンが、合法的に国外に出て好きなように活動できるという任務だ。
近場にある遺跡に来たゾディアックは、アンバーシェルを操作し、アラームを流しながら歩き始める。モンスターをおびき寄せる特殊な音で、ラムネスライムを釣ろうという作戦だった。
探す手間が省けるが、レアモンスターだけをおびき寄せる、という便利な機能ではない。結局のところ、現れるかどうかは運次第である。1時間に10体現れればいい方だ。
だが、現れればこちらのものだ。一応レアアイテムの入手率が上がるアイテムなどを持ってきている。念のための装備が、役に立った。
5000匹くらいスライムが現れるクエストがあればもっと楽なのだが、レミィに聞いたところ、「ねぇよ、そんなもん」と一蹴された。まさに踏んだり蹴ったりである。
歩いていると周囲からスライムが現れた。それも1体ではなく、10体ほど。
見た目は巨大な雨水のような見た目をしており、全身は緑一色だ。ゼリー状の体であるため、どちらが前か後ろかわからない。体は透けており、中の液体が沸騰しているように、ボコボコと泡立っていた。
スライムはブヨブヨな体を一生懸命動かし、跳ねまわりながらゾディアックに向かってくる。そしてゾディアックを囲むように位置取りし、各々が体当たりをかまし始める。
スライムの体は強力な酸性の液体でできている。そのため鎧や武器を溶かされるガーディアンも多い。だが、ゾディアックの装備はその程度では溶けない。
ぽよん、ぽよんと体当たりされ続ける。ゾディアックは微動だにせず。
「やーいぼっちー」
「やーいぼっちー」
そんな声が聞こえてくるようであった。
ゾディアックは背中から剣を抜き、軽く振る。
瞬間、衝撃波が放たれ、周囲のスライムを一掃した。
とりあえず狩り続けようとゾディアックは思い、夜までたっぷりスライムを倒し続け、時折現れたラムネスライムを屠り、目的の物を集めていった。
そうこうしていくうちに夕日が沈み、ラムネゼリーを60個、集めることができた。
だが集めている最中、少し懸念に思う点があった。
スライムの数が、いつもより少ない。
というより、モンスターの数が少ない。
ただの気のせいかもしれないが、不気味に思ったゾディアックは早めに切り上げることにし、大剣を担いで帰路に着いた。