第125話「Voltage:49%」
「うーん、昨日から見てないんだよ。荷台で寝ていると思ってたんだけど」
「うちの首輪は倉庫で暮らすように言っていてよ。3人。それが全員いなくなって」
「回復職は亜人じゃないです! 普通の人間で、女性なんです!」
「俺の恋人なんだよ。今度一緒にデートしようって……2日前まで普通に連絡取れていたのに。思い詰めた様子とかなかったし」
ゾディアックたちは街の住民やガーディアンたちから話を聞いて、捜索活動を行っていた。しかし、有益な情報や手がかりは出てこなかった。
ゾディアックのアンバーシェルは震え続けていた。他のガーディアンたちとの情報交換が、頻繁に行われているからである。
アンバーシェルの機能のひとつに、多重連絡網と呼ばれるものが備わっている。
一般的には「シノミリア」と呼ばれ、主な連絡手段のひとつとして浸透している。
シノミリアは通話ではなく、文字だけの連絡で行われる。シノミリア内で「グループ」を作れば、大人数が同時に同時に、文字による連絡を取ることが可能だ。グループ内の人数に制限はない。
ゾディアックを信頼しているガーディアンたちで作ったグループの人数は、50人を軽く超えていた。
ゾディアックはアンバーシェルを取り出し、シノミリアを見つめる。
画面上に流れる文字を見ながら、嬉しいと感じていた。
自分を信頼してくれるなんて。ビオレが来る前までは、考えられなかったことだ。
「……よし!!」
ゾディアックは気合を入れ直し、聞き込みを再開した。
コミュニケーション能力が低く、緊張しながらたどたどしい口調ではあったが、それでもゾディアックは勇気を振り絞り、街の住民に声をかけ続けた。
★★★
夕暮れ時になり、ゾディアック、ビオレ、ベルクート、ラズィは、ゾディアックの自宅へ戻っていた。
街中の霧はさらに濃度を増しており、数センチ先も見えないほどであった。まるで白い壁で、街が隔てられているような気分だった。
「「はぁ」」
鎧を脱いだゾディアックとビオレは、テーブルの椅子に座ってため息を零した。新しいと言える情報は、ほとんど手に入らなかった。
シノミリアの通知も、勢いを無くしていた。メッセージを見ると、疑問符が飛び交っているのがよくわかる。
「ありえなくねぇか?」
重苦しい空気の中、ベルクートの声が木霊した。窓に寄りかかり、腕を組んでいる。
「どいつもこいつも音信不通。決まって「昨日から連絡がついてない」って言いやがる」
「それどころか、「見てもいない」なんて言う人もいましたね~」
「ありえなくねぇか?」
もう一度同じ台詞を言った。ソファに座るラズィも頷きを返す。
ゾディアックは自身のアンバーシェルをテーブルの上に置き、ベルクートを見た。
「たしかに、ありえない。キャラバンの獣人がいなくなるのも不可解だけど、回復職のガーディアンがいなくなるのは、もっと不可解だ」
「どうして?」
ビオレが聞いた。
「ガーディアンたちは、首輪付きみたいに、倉庫や馬車で寝泊まりして奴隷同然の扱いを受けているわけじゃないだろ? セントラルに管理されている、サフィリア宝城都市の"傭兵"なんだ」
「そこら辺にいる亜人や宿無しの連中とは違うってわけだ。全員家を持って、生活している」
ベルクートがそこまで言って下唇を舐めた。
「だからわからねぇ。失踪した連中の家族に話を聞いても、「昨日の朝からいなかった」って話だ」
「同棲していた方からも話を聞いたのですが、夜は一緒に寝たのに朝になったら既にいなくなっていたと言ってました~」
あ、とラズィは言った。
「装備は置いていったみたいですよ〜」
「本当か。こっちは装備一式持っていった状態でいなくなったって聞いてるが」
「そっちは男性ですか~?」
「いんや。女性」
何かしらの法則性すらないのだろうか。唯一共通しているのは、回復職、という点だけ。
俗に"ヒーラー"と呼ばれるガーディアンは、パーティに必ずひとりはいて欲しい、欠かせない存在である。扱いの難しい回復魔法で傷を癒し、仲間をサポートする、縁の下の力持ちとして立ち回る。そのため、技術が高い者や多量の魔力量を保持する者が、その役を担うことが多い。
現在のゾディアック率いるパーティには、その回復職はいない。ラズィとベルクート、そしてゾディアックが、それぞれ回復職を行うことができてしまうため、雇う必要がないのだ。
「ヒーラー拉致って何かする気か? そんで亜人の方は別なのか。集団で逃げ出しているだけとか」
「……私、一緒に亜人のガーディアンの子と動いていたんだけど」
ビオレが疲れた顔で全員を見ながら言った。
「その子と仲が良かったガネグ族の子は、今の生活に不満がなかったみたい。自分の家をサフィリアで買うってやる気出していたのに、突然昨日いなくなったって」
「なるほど。意思に関係なく、か」
「操られているみたいですね〜、なんか」
「……いったい、どうなっているんだ」
ゾディアックの疑問に答える者は、誰もいなかった。
どうしたものか頭を悩ませていると、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま帰りましたー!」
ロゼが元気な声と共にリビングに入ってくる。そして、その後ろから、
「……よっ、す」
狐顔の少年が、気まずそうに挨拶した。
★★★
「状況整理するぞー」
ベルクートが言って、アンバーシェルの画面を、大画面のヴィレオンに転送し映し出した。
ソファや椅子に座った全員の視線がヴィレオンに注がれる。
「昨日の朝方から、キャラバンが所有する亜人、首輪付きと、ガーディアンの亜人、そして回復職がいなくなっている」
ベルクートはアンバーシェルを操作し画面を切り替える。
「ガーディアンにおける亜人の失踪に関しては、それほど数は多くない。だが回復職の方は、ほぼ全員が謎の失踪を遂げている。そんで首輪付きの方は、大手か否か問わず、大量に失踪している……ってのが現状だ」
「なぁ、それに付け加えていいか?」
少年が声を出した。
「ん? なんだ?」
「亜人街からも失踪者が出ているんだ。失踪しているのか、連れていかれているのか。それとも逃亡しているのかは、わからないけど」
「……亜人街からも?」
ベルクートは顎をつまむようにさすり、首を傾げる。
「そういえば、亜人街に聞き込みしたのですか~?」
ラズィがビオレに聞いた。ビオレは頭を振った。
「それが、なんというか……誰も中に入れないって言われて。ナロス・グノア族の怖い人がアーチにいるせいで全然中に入れなくって。何か聞いてもまともに答えてくれないし」
ナロス・グノア族ということは、ルーが率いている連中だ。少年はすぐにそれがわかった。
恐らくルーは警戒している。亜人だとしても人間と近しい者には容赦しないのがあいつだ。
「亜人が行きそうな場所は、亜人街なんだけどなぁ」
「だからさ、俺、明日亜人街のリーダーに話聞いてくるよ。そしたらお前らにも教えるから」
「……いや」
ゾディアックが静かに言った。
「考えていた案がある。亜人の方は亜人街に行くとして、首輸の方は、唯一情報を持ってそうな奴に聞く」
「それって」
ビオレが不安気な視線を向けると、ゾディアックは頷いた。
「ラビット・パイのラルが何か知っていないか聞く」
「え、なんであいつに!?」
少年が驚きの声を上げた。
「ラルはラビット・パイの団長と言った。ラビット・パイは全世界で3番目に大きいキャラバンだ。そのせいか、サフィリアのキャラバンは、あいつらに統治されているようなところもある」
「待った。団長だからって本当のトップとは限らねぇぞ」
「それでも、サフィリアの中ではトップだろ、ベル。明日になったら何か知っている可能性も高い」
そう言うと、ゾディアックは少年を見た。
「亜人街の方はある人物に会いに行く。俺なら、多分通してくれる。案内してくれ」
「ある人物? あのオーグですか~?」
ゾディアックは一度息を吐き出す。
「亜人街のブランドンとは……もう少し話したいと、思っているんだ」
少年は疑問符を浮かべた。ただ情報を手に入れたいだけではないらしい。
なぜゾディアックがそう思うのか理解できなかった。
唯一理解できたのは、ずっと黙っていたロゼだけであった。
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