第124話「Voltage:47%」
再びサフィリアの街中を駆けることになった。今回はフィンだけではない。いなくなった亜人街の住民を探すのが目的だ。
集団でいなくなったと言っていた。大移動であることは確実であるため、サフィリアを探していれば、国外に出ていない限り、おのずと見つかるはずだ。
亜人街の住民か否かは、”匂い“で判断できる。少年は自分の嗅覚に自信を持っていた。
しかし。少年は一度立ち止まり、怪訝な顔で周囲を見渡す。
薄霧のせいか、それとも曇天のせいか、街中に活気がなかった。特に顕著だったのはマー
ケット・ストリートだった。前回の街中での「影」による騒動後は、祭りが毎日続いている
ような活気に溢れていた。
だが今日は露店の数が少なく、人通りも少ない。おまけに霧の影響で馬車の数も減っており、ゆっくりとした足取りを示すかのような、蹄鉄の音が2、3、聞こえてくるだけであった。
獣人である少年でさえ、普段は歩けない大通りを駆けることができていた。
チラと閉まっている露店を見ると、キャラバンの団員が必死の形相を浮かべて何か会話をしていた。時折怒号の様なものが飛び交っている。
いったいなんだというのか。少年は疑問に思いながら、昼時のサフィリアで亜人を探し続けた。
★★★
「くそっ」
見当たらない。どういうことだ。
少年は大通りから外れ、壁に手を突き、口元に浮かび上がった汗の水玉を拭いながら状況を整理する。
集団で亜人がいなくなった。だがどれだけの人数なのかは不明と来ている。ジルガーの焦り様から見るに、かなりの数がいなくなったと考えられるが。
特に気になっているのが、種族年齢関係なく消えている、という点だ。亜人街の住民はお互いを助け合って生存している。だが、種族間でわだかまりがあるのは事実だ。種族も何もかも関係なく集団で亜人街を出ることなど、今までなかった。
少年より何倍も生きているブランドンでさえ、今までなかった出来事なのだろう。
とにもかくにも情報が少ないのは事実だった。勢いのまま出るべきではなかったのだ。
自分の浅はかな考えを恨みながら、少年は一度亜人街に戻ろうと踵を返した。
「おい、そこの獣人!」
突然声をかけられた。視線を向けると、3人の男がいた。真ん中の男は中肉中背で、赤に染まった短い髪が特徴的だった。残りのふたりはターバンを巻いており、ひとりは眼帯、もうひとりは右頬に大きな火傷を負っていた。
赤髪は少年に詰め寄る。
「所属は」
「は?」
「所属は何処だ。「ピースキーパー」か、「ランブルズ」か」
「な、なに、何言ってんの?」
呪文のような言葉を聞いて少年は首を傾げた。
3人が詰め寄る。反射的に下がった少年は、すぐに背を壁にぶつけた。3人は少年を囲うように立ち、それぞれ顔を合わせる。
「首輪なし」
「魔力多し」
眼帯と火傷がそう言った。赤髪はいぶかしんだ。
「首輪じゃない? お前、亜人街の住民か」
「そ、そうだけど」
どうやらこの者たちはキャラバンが飼っている獣人、通称「首輸付き」を探しているらしかった。キャラバンの奴隷とも揶揄されているが、亜人の能力を見て重宝されることも多い存在だ。少なくとも無意味に殺されるようなことはない。
さきほど赤髪が言っていたのはキャラバンの団体名だろう。だから少年には聞き覚えがなかった。
「妙だ」
眼帯が言った。同調するように火傷は頷いた。少年は片眉を吊り上げ、自身の右側にいる眼帯を見た。
「何がだよ」
「亜人街の住民から、石鹸の香りがする」
「あ、亜人街にだって石鹸くらい」
「ジラマ・シトラスの香り。高級品。亜人如きに買える代物でもなければ見出すことすらできない」
舌打ちしそうになった。鼻がいいらしい。昨日ゾディアックの家で、ちょぅどいいからと体を洗い過ぎてしまったのが裏目に出た。
「鼻曲がってんじゃねぇの?」
少年はおどけてみせた。ゾディアックのことを話すのは、なんとなくマズい気がしたからだ。
「盗んだか?」
眼帯が聞いた。
「盗んでねぇよ。たまたまそのシトラスっつう奴に似た香りの石鹸使っただけだわ」
「すまないが、言用できないな」
赤髪が言った。少年は視線を向ける。
「先日も獣人がうちのキャラバンで盗みを働こうとしたからな。子供だからといって、油断していたよ」
その言葉を聞いて、少年は眉間に皺を寄せた。
「あんたら、ラビット・パイか」
「……どうしてわかった」
「この者、あの子供の知り合い」
眼帯が声を荒げるように言うと、火傷が鋭い視線を少年に向けた。
「それか親族」
3人の殺気が高まった気がした。
マズい、事情を説明しても聞いてくれそうもない。
どうにかして逃げる隙を伺っていた、その直後。
「あら、お困りのようですね」
声が高く、それでいて可憐さが漂うような声が聞こえた。
全員の視線が一点に注がれる。
そこには、黒と赤が特徴的なゴシックドレスを身に継う、ロゼが立っていた。
赤髪は目を丸くする。
「美人さんだ。なんか用か?」
「その子、私の知り合いなんです。離していただけますか?
「……飼い主か? 何か証明できるものは」
赤髪が言葉を言い終えようとした瞬間、ロゼの目元が赤く光った。
刹那の閃光。見間違いとも思えそうな赤い線。道行く人誰もが歯牙にもかけない光だった。
だが、それこそがロゼの廃法であった。
「その子の友人というか、仲間といいますか。とりあえず離してどっか行ってください。はい、回れ右」
ロゼが人差し指をクイっと動かした。
すると、3人の男たちはくるりと後ろを向いた。
「そして前進ー」
ロゼが軽い声で言うと、男たちはしっかりとした足取りで、大袈装に腕を振り歩き始めた。
「……可愛い」
「可憐だ」
「美麗だ」
3人は譫言を呟きながら、濃い霧の中へと姿を消していった。その後ろ姿を見つめていた少年は、ポカンと口を開けるだけだった。
「ふう、危ないところでしたね」
ロゼは微笑みを浮かべて少年を見つめた。
「お怪我はありませんか?」
「な、ないけどさ。なに今の」
「私の魅力にメロメロになっちゃっただけですよー」
ロゼは唇の前に人差し指を立て、少年に対してウィンクした。
少年は唇をきつく結んだ。「そんなもっちゃい体なのに」と言ったら殺されそうだったからだ。
「ところで、どうしてここに。人通りが少ないとはいえ、亜人がここを歩いていたら、危ないですよ」
「えっと、それなんだけど、さ……」
またゾディアックたちの力を借りることになりそうだと少年は思った。
だが、それもいいと思い始めていた。
一緒に動けば心強いし、憧れのガーディアンたちと共に働けることは、少年にとってそ宝物であった。
これから自分自身が、その憧れの存在になっていくことを、少年はまだ知らない。
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