第123話「Voltage:45%」
レミィに言われるがまま、ゾディアックたちは掲示板の前に来た。
掲示板と呼ばれるそこには、任務を受注するための貼り紙、通称「依頼書」が貼られている。
「なんだよこりゃ」
ベルクートが頬を吊り上げて言った。掲示板に、大量の紙がひしめき合うように貼られていたからだ。
依頼書はサフィリア宝城都市の住民やキャラバンからの話を聞き、セントラルの職員が任務に値するかどうかを話し合い、セントラルの管理者であるエミーリォの承認を得て、ようやく貼りだされる。モンスター討伐などはすぐに貼りだされるが、人探しや失せ物探しは、慎重に精査されることが多い。
理由は取るに足らない内容がほとんどだからである。例えば飼い猫がいなくなった、眼鏡がなくなったから探してほしい……といった具合だ。
ガーディアンは便利屋の雑用係ではない。もし人探しを行うとしても、駆け出のガーディアンが行うのが常である。
そのためいつもであれば、掲示板の依頼書は、モンスター討伐の数が圧倒的である。
しかし、今回は真逆の現象が起きていた。
ゾディアックは一枚紙を手に取る。「うちの回復職を探してくれ」という題名だった。
「凄い数ですねぇ〜……」
「数もそうだけどさ、マスター。見てよ。ほとんどガーディアンが依頼書出してる」
依頼書は街の住民だけでなく、ガーディアンも依頼人になることが可能である。といっても、今までは数えられるくらいしかガーディアンからの依頼書はなかった。
「明らかに異常だな」
「……ああ」
ゾディアックは適当にもう一枚、依頼書を手に取る。キャラバンからだった。「赤い首輪をつけた獣人をどうか探してください」と書いてある。
「どうすんだ、大将」
「探す。全部は無理かもしれないけど。頑張ってみよう」
ゾディアックは間髪入れずに言った。ベルクートが口元に笑みを浮かべる。
「了解、大将。なら、手分けして探そうや」
「じゃあ私、獣人探します! 同じ亜人同士だし、警戒されにくいかも」
「情報を集めながら足を動かしましょう〜」
仲間たちもそれぞれ依頼書を手に取り始める。
それでも数は圧倒的に足りない。そう思っていた時だ。
「おい、俺も手伝わせてくれ」
声をかけられ、ゾディアックは振り向いた。重そうなプレートアーマーを全身に装備した大柄な剣術士だった。
「数は多い方がいいだろ。できればゾディアック、あんたの連絡先を教えてくれ」
「え……?」
「悪用はしない。ガーディアン同士で情報を交換し合おう」
フルフェイスの兜の奥から聞こえてくる声は、誠実さに溢れていた。
「あ、私も手伝うよ!」
「俺もだ! キャラバンには顔が効くから任せとけ!」
後方から男女の声が上がると、徐々にセントラル内に活気が戻ろうとしていた。
「落ち込んでても始まらねぇか。人探しするベ」
「え〜面倒くさ〜」
「さっさと動くぞお前ら!」
「リーダー、うちのパーティ回復職いないから無視してもいいんじゃ」
「バカヤロウ! ゾディアックたちだって回復職いないパーティなのに、動こうとしてんだろうが!」
「ねぇ、そっちのパーティにいた獣人の特徴教えて」
「獣人探しとかどうでもいいだろうがよ」
「あんたねぇ! 仮にも仲間なんだからグダグダ言ってんじゃないよ!」
ガーディアンたちが声を荒げ、動き始め、掲示板に集まり始めた。
中にはゾディアックに近づく者もいた。
「ゾディアックさん、連絡先交換しましょう。何かあったら連絡してください!」
「え……あ……」
「指示飛ばしてくれれば動きますよ!」
「この前みたいな活躍、期待してるからね!」
「やるときゃやる男ってのがわかったからな。今回も一緒に事件解決しよう」
「は、はい……よ、よろしく」
あっという間に囲まれたゾディアックは、たどたどしい動作でアンバーシェルを動かし、必死に連絡先を交換し合った。
それを尻目に、仲間たちもまた、他のガーディアンたちと動き始めた。
「なんだよ。すごいじゃん、ゾディアック」
受付にて書類の整理を行っていたレミィは呟いた。黒光り野郎と馬鹿にしていた相手が、いつの間にかセントラルの中心人物になっていた。
それを見て、レミィは自然と笑みを浮かべていた。
★★★
マーケット・ストリートに来ていたビオレはキャラバンに声をかけていた。
「それで、獣人のガーディアンを探しているんですけど……」
「ん〜。わかんねぇなぁ。何か買ってくれたら思い出すかもなぁ」
ニヤニヤとした下卑た笑みを浮かべる、無精ひげの男はそう言った。亜人を下に見ている者の目だ。
「そう、ですか。それでは」
埒が明かない。物を買うより無視した方がいいだろう。
ビオレは話を切り上げようとした。
「ちょっと! そんな熊度はないでしょう!」
後ろから怒声が聞こえた。目を向けると、隣に怒りの形相を浮かべたカルミンが立った。
「カ、カルミン」
「な、なんだこのガキ」
驚く男を睨みながら、カルミンは露店の棚に両手を叩きつけた。
「ただ人を探しているだけなのに、あなたのその対応はなに!? どこのキャラバン? 団体を言いなさい」
「カルミン、いいって」
「よくないわビオレ。店主、いいこと? よく聞きなさい。あなたが亜人を毛嫌いするのは勝手だけど、この国のために働くガーディアンを、私の友達を馬鹿にすることは許さないわ。それでもふざけた態度を取るなら"ラルムバート"の名を出すことになる」
ラルムバート、という名をビオレは聞いたことがなかった。
だが露店の店主はそれを聞いた瞬間、顔が青白く染まった。
その名はサフィリアに置いて、絶対といってもいいほど無視できない名前であったからだ。
「ラルム……え? いや、ま、まさかあんた……いや、あなたは、剣……」
「それの娘よ」
「も、申し訳ございません!!」
男は平伏した。ビオレは状況が理解できなかった。
「とりあえず知っていることを教えてちょうだい。何も知らないならそれでいいわ。ただ、この子にまず謝ってちょうだい」
「は、はい! 大変申し訳ございませんでした!!」
頭を下げ続ける男から、カルミンの横顔に視線を移す。
その顔は、悔しさと悲しさに染まっていた。
★★★
『行方不明者の捜索を行っている。家の外に出るなら、ついでに探してほしい。充分に注意してくれ』
愛しいゾディアックからの連絡を受けたロゼは、素早く身支度を終えると家の外に出た。
霧が濃い。おまけに曇天と来ている。
これなら傘も必要ないだろうと判断したロゼは大きく伸びをする。
「ふっ……んーーー!」
小さな体が思いっきり伸びる感じがした。
しかしガーディアンが行方不明になるとは。変わった事件が起きているらしい。
散歩をしながら安全そうな人に声をかけてみるか、と思ったところで、ロゼは耳を澄ませ
た。
同時に、大量の魔力が動いているのを一瞬感じた。視線を感知した方に向けると。
「あら?」
狐顔の少年が走っていた。フィンという子供は戻ってきたはずなのに、また必死に走っている。
――面白そうだ。ついていってみようか。
ロゼは悪戯っぽい笑みを浮かべそう決めると、魔法を使用した。一瞬黒い靄のような物がロゼを覆いつくし、晴れると同時に、ロゼはその場から消え失せた。
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