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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert4.エクレア
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第122話「Voltage:43%」

 フィンを自分のベッド寝かせると、少年はようやく一息ついた。

 廃屋に近い、家とも呼べない納屋のような自分の住処。穴だらけの壁から寒々しい風が吹いている。

 

 少年は傷ついているフィンに毛布を掛ける。その時、フィンの肌を見た。

 白い柔肌には縄の痕が残り、赤い蚯蚓(みみず)腫れを引き起こしていた。よほど強い力で締め付けられていたのだろう。

 他に外傷がないか調べてみる。腹部や背中に青痣があったが、毛を毟り取られたり、指を落とされてはいないらしい。捕まったにも関わらずこの程度の外傷で済んだのは奇跡に近い。


「運がいいのかもな」


 フッと笑ってフィンの頭を撫でた。ここに薬などはない。フィンの傷を早く治したいと思った少年は立ち上がる。


「ジルガー……なんで帰ってきてねぇんだよ、クソ」


 舌打ちしながら後頭部を掻く。家に帰ってきても同居人である金色の狐の姿は失せていた。

 夜の仕事を終えたらすぐに家に帰ってくるのが常だった。仲間同士の飲み会などにも行かない彼女がなぜいないのか。


 疑問に思っていたその時、扉を叩く音がした。

 ジルガーではない。彼女だったらすぐに入ってきて愚痴のひとつをまず零す。

 少年は警戒しながら玄関へ向かい、建付けの悪い木造の扉を押して開く。


 目の前に、大樹が立っていた。


「うぉっ」


 驚きの声を上げて見上げると、ブランドンが見下ろしていた。


「そんなに驚くな」

「いや、無理だろ……あんた怖いんだよ」


 身長が3メートルを超えているブランドンは、ただ歩いているだけでも威圧感が凄まじい。低身長の少年にとって、ブランドンは化け物にしか見えない


「む……そうか」

「もうちょっと愛想よくすれば?」


 そう言うと、ブランドンは笑ってみせた。金色の歯が見えた。


「うわぁ……駄目だな」


 ブランドンは肩を落とした。


「で、何の用だよ」

「そう邪険にするな。フィンの調子はどうだ?」

「ああ……まぁ、捕まったにしては軽傷だよ」

「そうか」


 ブランドンは懐から薄い鉄製の容器を取り出した。円盤型のそれを手渡された少年は首を傾げる。


「んだよこれ」

「塗薬だ。ドゥーガの薬草を練り合わせて作った。布に浸して当てるがいい。直接当てると痒みが出てしまう」

「……どうも」


 少年が言うと、ブランドンは笑みを浮かべた。

 亜人街のリーダーでもあるブランドンは、この街に住む全員の安全を切に願っている、優しい心の持ち主だ。

 そのため、見た目にそぐわず非常に温厚な性格であり、争いごとを最後の手段として考えている。強面のせいで優しさがまったく伝わらないのがたまに傷だが、少年や一部の亜人たちは、そんなブランドンを信用し、頼りにしている。


「それで、あのガーディアンたちは?」


 声色が少し変わった。警戒しているのだ。


「んだよ。ガーディアンと仲良くなっちゃいけないのか。あいつらがフィンを助けてくれたって言ったろ。俺の……仲、間で……恩人だよ」

「そうか。それを聞いて少し安心したぞ。入口付近で騒いでいたからな。近隣に住んでいた同胞たちが怯えていたのだ。説明すればわかってくれるだろう」


 柔らかい口調でそう言ったが、顔は険しいままだった。やはり亜人たちは、誰もがガーディアンや人間たちを警戒している。

 ゾディアックのような者もいるのに。少年は少しだけ悲しかった。


 ふと、遠くから誰かが走ってくる音が聞こえた。その足音に覚えがあった。


「ジルガー」


 少年が呟くと、ブランドンは首から上を右に向けた。

 金色の尾を揺らしながら走ってくるジルガーがいた。


「なぁ!? ブランドン!?」

「すまん。すぐに……」

「ちょうどよかった!!」


 ジルガーがブランドンの前に立つと、荒い呼吸を繰り返しながら少年に視線を向けた。


「おかえり、無事やったか」

「おう」

「フィンは?」

「中で寝ている」


 そっか、と言ってジルガーは呼吸を整えた。


「ブランドン、あんたに話が」

「なんだ?」

「街の住民消えている。昨日から」


 ブランドンは顔をしかめた。


「……消えている? 殺されているの間違いじゃないのか」

「ちゃう、いーひんようになってるんや。種族も性別も関係なく」

「また集団で国から出たのか?」


 ジルガーは頭を振った。


「そうかもしれへんけど、可能性は低い」

「なぜだ」

「亜人のガーディアンも、一緒に姿を消しているらしい」

「なんだと?」

「なんだそりゃ!?」


 少年とブランドンの声が重なった。


「確かなのか?」

「昨日の客探しとったんや。「亜人街にシャーレロスのガーディアン来てへんか」って。それも複数」

「ふむ……」

「もしかしてやけど、”亜人狩り”?」


 ジルガーは喉を震わせて言った。

 ブランドンは何も言わず、大きく鼻から息を吐き出すだけだった。

 ジルガーが言葉を続ける。


「……亜人が狙われているのは、確かかもしれない。ルーなんか怒りが爆発しかけているよ」


 ナロス・グノア族のルーはこの街のナンバー3。3番目の実力者にして権力者。荒くれ者たちを引き連れる暴力担当者だ。

 今の話が(まこと)だとすると、ルーが暴れるのも無理はない。

 これ以上の混乱は避けたいブランドンはジルガーを見る。


「私が諫める。ジルガーは住民から情報を」

「クロエと一緒に動くで」

「うむ。小僧」


 少年はブランドンを見上げる。


「お前は外で亜人たちを探せ。「友人」にも協力してもらって構わん」

「……わかった」


 本来であれば、少年は「俺ひとりで探す」と言いたかった。

 だが言えなかった。

 ブランドンから命令されたら、誰も断れない。それだけの圧があるのだ。


「フィンはうちに任せて。いってらっしゃい」

「わかった。ジルガーも無理すんなよ」

「はいはい。お互い昨日から動きっぱなしやな」

「……退屈しなくて済むさ」


 少年はそう言うと、ブランドンを横切って亜人街のアーチへと向かった。また外に行くことになるとは。


 もしかしたら、ゾディアックたちもこの件を知ったのかもしれない。少年は腕を大きく振り、足を素早く動かしながらそう思った。


 霧が再び立ち込めていた。なんとも不気味な黒雲が、サフィリア宝城都市の天に渦巻いていた。


 

お読みいただきありがとうございます!


次回もよろしくお願いいたします。

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