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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert4.エクレア
124/264

第121話「Voltage:40%」

「あぁ、早く帰りてぇよ」


 廃墟の3階に身を潜めていた、坊主頭に上裸(じょうら)の男は、窓から覗き込むように下を見て言った。

 姿が見えないよう視線だけ亜人街のアーチに向けると、ゾディアックとボスであるラルが立っているのが見えた。


「文句言うなって」


 向かい側に立ち同じように下を覗いていた、短髪を金色に染めた男がため息交じりに言った。


「お前そういう愚痴ばっかり言ってるとラルさん怒るぞ」


 金髪の言葉に対して坊主頭が舌打ちする。


「わぁってるよ。ただこんな大人数駆り出す必要あんのかって話。ゾディアックを本気で相手にしようなんて思ってないだろ? リーダーは」


 ラルが亜人と仲良くしているゾディアックを好ましく思っていないのは確かだが、本当に争おうとは考えていない。金髪もそれはわかっていた。


「警戒しているんだよ」

「ゾディアックを?」

「違う。亜人の方だ。あいつらろくな装備も身につけないくせに、素で並のガーディアン以上のスペック持ってる。アーチ近くで話していたら、血気盛んな亜人に襲われる可能性もゼロじゃない」

「つっても、亜人なんかあの人にとって目じゃないだろ」


 坊主頭は半笑いでそう言った。金髪は坊主頭に視線を向けた。


「お前……亜人が全員弱者だと思っているのか?」

「そうは言ってねぇけど。警戒すんのは一部の亜人とドラ・グノア族の連中くらいだろ」


 人間(ヒューダ)の数十倍から数百倍の寿命、知識、力、魔力を誇る竜の神体(しんたい)、ドラ・グノア族は、この世界において最強とも呼べる種族である。亜人を差別する者であっても、この種族に関しては接し方を変えてしまうことが多い。一部では神の如く崇める怪しげな宗教団体の存在も確認されている。


「たしかにな。だが、ドラ・グノア族は別にいいんだ」

「いいってなにが」


 金髪は頭を振って視線を窓の外に戻した。


「あいつらは自分から争いを起こすことは滅多にない。それでいて首を突っ込んでもこない。比較的穏やかな種族だ。だから警戒するのは……」


 そこで言葉を切った。

 坊主頭は怪訝そうな瞳を金髪に向ける。金髪は、絶句していた。


「おい、どうした?」

「嘘だろ……」


 金髪は譫言のように呟いた。

 この世界で一番注意すべき亜人が、ラルとゾディアックの目の前に現れたからだ。




★★★




 長い時をかけ、風雪に晒されながら育ってきた、年輪の詰まっている大樹が突然現れた。




 そうゾディアックとラルは思った。

 ゾディアックの隣にいるビオレは、その姿を見て反射的にゾディアックの陰に隠れた。


「聞いているか?」


 ゾディアックたちを”見下ろして”、男の亜人は低い声で言った。


 身長は2メートル70、いや、3メートル近い。鬼のような形相を浮かべており、額にある大きく太い、凛々しい一本角(いっぽんづの)が非常に似合っていた。

 体の厚みは、鎧を着たゾディアックの2倍近くはある。太っているわけではなく、筋肉で全身が膨れ上がっているのだ。華奢なラルが隣に立ったら、まるで枯れ枝と大樹のように見えるだろう。


 突如現れた巨漢。「オーグ族」と呼ばれている亜人種を目の前にして、全員が言葉を失っていた。

 それは巨漢に恐れをなしたわけではなく、”なぜここにオーグ族がいるのか”という疑問があったため、何も喋れなくなっていた。


「……ブランドン」


 少年の小声がラルには聞こえた。どうやら名前はブランドンというらしい。

 紅色の布服を着た、赤肌のブランドンは、オールバック気味にした白髪をガシガシと巨大な手で掻く。胸元を開けているため、発達した大胸筋が威圧感を出している。


「聞こえているのか? あまりここで騒がないで欲しい。アーチ近くにいる者たちが怯えておるのだ」


 口調は穏やかだが、一言一言に重圧を感じる。

 ラルは背中に冷や汗が伝うのを感じていた。


 なんでここにオーグがいる。それに加えて、何だこの”変種”は。


 オーグ族は愚鈍で体力馬鹿の種族である。全種族の中で最も知能が低く、気性も荒い。言葉すら喋れない者が大半だ。

 しかし、最も”力持ち”で”生存本能が強い”。力だけならドラ・グノア族と同等かそれ以上だ。

 話も通じない暴力的な危険因子であるため、この世界では一番警戒すべき存在として認知されている。正直、いるだけで邪魔な存在というやつだ。


 だが、このブランドンという奴は違う。知性がある。流暢に言葉を喋り、オーグの中でも巨大に分類される体。

 そして一番の特徴は魔力(ヴェーナ)だ。

 普通、魔力(ヴェーナ)は全身に流れているものだ。しかしこのブランドンという者の魔力(ヴェーナ)は、どういうわけか”全身に流れていない”。

 右腕のみに、魔力(ヴェーナ)が集まっているのだ。


 明らかな”変種”を目の当たりにし、ラルの脳内には危険信号が灯っていた。亜人如きに恐れをなすのは屈辱的であったが、得体の知れない者相手に対し、強気に出るほど愚かではない。


「ふ~ん、なるほど。癪だけど一理あるねぇ。ゾディアック」

「……なんだ」

「とりあえず、商談は成立というわけで。今後とも御贔屓に。ああ、そうそう。また盗みに来たりしたら、今度こそ容赦しないから。そのつもりで」

「わかった」

「話が早くて助かるよぉ。それじゃあ……ね?」


 ラルは一瞬だけ横目でブランドンを睨みつけると踵を返した。同時に、周囲にいたラビット・パイの団員が移動する気配を感じた。

 

 とりあえず商談が終わったと思い、ゾディアックはブランドンに視線を向ける。


「すまんな。大事な話の最中に」

「い、いや……」

「して、何を話していたのだ? 亜人がどうこう聞こえたのだが」

「そ……それは……」


 相手を見上げているゾディアックは舌がもつれてしまった。


「ぶ、ブランドン!!」


 少年が声を荒げた。


「む? おお。小僧ではないか。それに、なんだ……フィンが縛られているな」

「あ、ええっとよ! その黒い騎士が、キャラバンに捕らわれていたフィンを助けてくれたんだ。大金払ってよ。それで……」

「ふむ? では。この黒いのは、お前の友達か?」

「……仲間だ」


 ゾディアックはしっかりと言い放った。

 ブランドンはゾディアックに視線を向けると、一度驚き、破顔した。


「ぐぁっはっはっは!! そうかそうか! 仲間か!!」


 天地を裂くような豪快な笑い声だった。ビオレが両手で耳を塞ぐ。まるで爆発音だ。


「小僧が肩入れする相手とはな。どうやら敵ではないらしい。うむ。よかった。無意味に争わなくて済みそうだ」


 はっはっは、と言いながら、ゾディアックの両肩を叩く。丸太のような腕から伝わる力で叩かれるたび、鎧が軋む音がした。


「それならば礼もしなければな。どうだ、時間があるなら私の店に来ないか、ガーディアン殿」

「い、いや」

「ゾディアックはこれからセントラルに行くんだ! 謹慎が解けたのが今日だからさ」


 少年が助け舟を出すと、ブランドンは頷いた。


「そうか。それでは仕方ない。では、亜人街に来た時は是非とも私の店に来てくれ。「アイエス」というバーにいる」

「ア……アイエス?」

「「絆」という意味だ。亜人街の者に聞けば、誰でも知っている」


 そう言うと、ブランドンは黄金の歯を見せた。

 ギザギザの歯が、金塊の如く輝いている。


「ではな。ゾディアック殿。”影にいる連れの者も”……今度は顔を合わせよう」


 そう言うとブランドンは踵を返し、亜人街の中へと消えていった。霧の中に隠れるようにして消えたその巨漢を見送ると、ゾディアックは息を吐いた。


 2年前、それ以前の記憶がないゾディアックにとって、一番緊張した瞬間でもあった。


『ゾディアック様……』


 ロゼの声にも緊張があった。自身の魔法が看破されたのは、3人目だったからだ。


「……俺らも行くわ」


 少年はフィンを抱きかかえ、立ち上がった。


「ありがとう、ゾディアック。今度礼はするからさ」


 一度も振り返らず、背中越しにそう言うと、少年はブランドンの後を追うように亜人街の中へと入った。

 霧が、すぐにその姿をかき消した。


「おーい、ゾディアック!!」


 遠くからベルクートの声が聞こえた。視線を向けるとラズィと一緒に走ってきているのが見えた。

 ゾディアックは片手を上げて、取引が終了したことをアピールした。




 それからすぐに霧が晴れ始めた。

 まるで、この取引が終わるまで、立ち込めていたようであった。

 



お読みいただきありがとうございます!


次回もよろしくお願いいたします。

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