第119話「Voltage:35%」
ああ、イライラする。
長旅のせいで体が凝り固まっている。ずっと馬車に揺られていたせいか、腰が悪くなりそうだった。
まだ20だぞ。舐めてんのか。体にガタが来るには早すぎる。
「なぁなぁリーダー」
「あぁ?」
斜向かいに座るチームのムードメーカーであるトレスが話しかけてきた。トレスは金色の長髪を後ろでひとつに纏めている。
「いつ”仕事”すんの!?」
トレスの声は店内のやかましさにも負けない。普段は鬱陶しいがこういう時は強みになるな。
ソファに深く腰掛ける。ふわりとした感触が気持ちいい。
「まぁ、明日か……明後日かな」
「さっきメール送ってたよね。ラルにさ!」
「ああ。あいつは返信が早いから助かるわ」
”元の世界”にいた頃は既読無視とか当たり前だったからな。返信が早い奴はそれだけで有能だよ。
周囲を見ると、ステージで犬耳の獣人が踊っていた。薄布一枚しか着ていない。エロい体がほぼ丸見えだ。
亜人街のダンスクラブか。フォルリィアよりも先にこっちに来た時はしくったと思ったけど、正解だったわ。もう少し音楽のボリュームを落としてくれれば言うことなしだが。
ボックス席が12にダンスステージが5つ。ひとつは店の奥、一番大きなステージだ。何十人も踊れそうなスペースがある。
ホール内は満員御礼。来ている客のほとんどは、ガーディアンか。
イライラする。全員殺してやろうか。
酒を手に取って一気に飲み干す。レモンサワーはやっぱりうまい。
「顔、おっかねぇぞ」
隣に座るウノが言った。巨漢が隣に座んなよ。体格差考えろ。
「イライラする気持ちはわかるけどよ、暴れんのは明日にしようや」
「……わかってるよ」
適当に答えてから思った。
「あれ、ドスはどこ行った?」
「お腹痛いって」
「また酒の飲み過ぎかよ」
「酒飲んで腹下すとか、人間として終わりだろ」
ウノが顎髭を触りながら言った。相変わらず太い腕だ。丸太かよ。これで”小さい方”が好きだと言うんだから、笑わせる。
「うぉ!! やっべぇあの獣人!! ヤリてぇ!!」
「お前ここに来てからずっとそれしか言ってねぇじゃねぇか」
興奮した様子で言うトレスに呆れたようにウノが言った。
確かにホールを歩いている従業員や踊り子は、ほとんど女性の獣人ばかりであり、下着姿でうろついている。
従業員を呼べば酒を注いでくれるし、膝の上に座らせて過激なサービスも行ってくれる。
こいつらはエロいことができるペットだ。そんで、俺のストレス発散対象だ。
俺よりも、弱い存在だ。そう、こんな俺より弱いんだ。
「あ、ドス帰ってきた」
トレスが言った。目を向けると青い顔をした華奢な眼帯男が来た。俺より年が若いはずなのに髭がすごいせいで老けて見える。
ドスは額に浮かんでいた脂汗をハンカチで拭いながらトレスの隣に座った。
「ドスこっちくんなよーー! 綺麗な子呼べなくなるだろ」
「す、すいません」
オドオドとした態度だった。特に何も言わず、俺はアンバーシェルを起動する。こっちの世界にも似たようなものがあるとは驚きだった。
ラルからの返信をもう一度確認する。
『”的用の獣人”6匹確保中。商談は明日の正午からでよろよろ~』
6匹か。いくらになるだろうか。
いや、金額は問題じゃない。必ず払ってやる。”この世界”で好き勝手に生きるんだ。今まで虐げられてきたことを思い出せ。
俺は”この世界”で幸せになるんだ。
「ラルからか?」
ウノが聞いてきた。
「ああ。とりあえず、”狩り”は明日できそうだ」
「ここで言うかね? 周りは亜人ばっかりだぜ?」
「亜人に聞かれたところで、俺らを咎める奴はいねぇだろ」
ウノが一瞬冷ややかな目をした。この目が怖い。正直ウノと喧嘩をしたら、勝てる気がしない。
だがウノはニカッと笑った。
「だよな」
ホッとする。今までこんなゴツイ人と仲良くなったことないから変に緊張する。
「とりあえず今は楽しもうぜ。ほら、あっちの奴なんてえげつねぇ踊り方してんぞ」
「うわ……本当だ」
「すげぇな、あのシャーレロス。軟体動物かよ」
まるで器械体操でもやっているかの如く、奇抜な踊りを見せている猫女が見えた。貧乳だ。
半獣とかいないかな。やっぱり人間の顔をしている子が一番可愛いと思う。ウノとトレスはそうじゃないらしいが。
立ち上がってコートの裾を翻す。
「あぁ? おいどこ行くんだよ」
3人が同時に立ち上がった。全員黒のコートを着ている。趣味というわけではなく、これが国の衣装なのだ。笑わせる。
ため息をついた。
「トイレだよ」
「あぁビビった。またどっか行ってバンバンしてくんのかと思ったよ」
「俺は子供じゃ」
「うぉおおおお!!!?」
突然トレスが声を上げた。目を大きく見開いて、店の奥、一番大きなダンスステージを指差している。口を金魚みたいにパクパク動かして馬鹿みたいだ。
「なんだよ、どうした」
ウノが疑問符を浮かべて指された方を見た。つられて俺も見る。
そこには、金色の尾を揺らす、美しい狐の獣人がいた。
すげぇ美人だ。正直見惚れている。というか、初めてケモノの顔をしていていいなって思えた。
下着姿じゃなくて上品な服装に身を包んでいるのもポイントが高い。
「っか~、美人だねぇ」
「この国来てよかったね、リーダー!」
「ああ。これなら、明日から楽しめそうだ」
せっかく”ブラックスミス”から、遠路はるばるここまで来たのだ。楽しませてもらわなければ困る。
明日の6匹の中に、あれくらいの美人はいるだろうか。
もしいたら。あんな綺麗な獣人を好き勝手にして殺せる。
考えるだけでワクワクする。
俺は懐にしまってあるリボルバーを抜いてしまいそうになっていた。
早く撃鉄を下ろしたい。
自分でも狂っていると思うけど、やめられない。
”元の世界”にいた時も、最後は銃を使っていたっけ。
やっぱり銃は最高だ。撃たなきゃ駄目だ。
踊りに見とれていたが、尿意が限界に近かった。さっさとトイレに行く。
ここには俺以下の存在がたくさんいる。
そう思いながら便器の前に立つと、笑みを浮かべて、俺はズボンのチャックを下ろした。
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