第117話「Voltage:31%」
外でゾディアックたちを待っていた3人は、噴水近くで待機していた。
露店を眺めるわけでもなく、ただ黙って、ゾディアックが入っていった建物を見ていた。
「あの子、大丈夫かな?」
「大将がいるんだ。大丈夫だろ」
ビオレがゾディアックたちを心配する言葉を口にするのは、これで3度目になる。周囲にいるラビット・パイの団員から放たれる、刺さるような視線を誤魔化すためだ。亜人を商品かそれ以下にしか見ていない者たちが大半であるため、ビオレに向けられる視線は非常に排他的なものであった。
「失礼」
声をかけられ、ベルクートは自分の背にビオレを隠した。
視線を向けると、さきほどの宣伝屋がいた。ニコニコとした笑みを浮かべているが、目元が笑っていないため、月光も相まって非常に不気味だった。
「ベルクート・テリバランスさんですよね? あなた」
「だとしたら?」
「いえね。銃を売っている、キャラバンの中では異質な存在のあなたに釘を刺しておこうと、前々から思っておりまして」
男が言うと、周囲にいた団員が3人を取り囲むように動き始めた。
3人は身を寄せ合う。ラズィは殺意のこもる視線を団員に向ける。
ベルクートは男から視線を切らない。ガーディアンの危機的察知能力であろうか。果たしてそれはベルクートを救っていた。
男はベルクートが視線を切った瞬間に、懐にしまってある”武器”で仕掛けるつもりであった。
「おまけに、あなた以前、勝手にラビット・パイの名を使った経緯がおありだとか」
「知らねぇな?」
鼻で笑って言うと、男の口元から笑みが消えた。
「面白くない。その冗談は面白くない。ガーディアンなのかキャラバンなのか、風見鶏を気取っているあなたが、私たちの名を騙る。まったく不愉快です」
「頭に来ているなら謝るよ。ごめーんね」
煽るように笑って謝罪の言葉を口にする。周囲の怒気が高まった気がした。
「ただお前ら……随分とガーディアンに対して風当たりが強いじゃねぇか」
「そりゃあ強くなりますよ」
男がカッと目を開く。視線はビオレに向けられた。
「亜人なんかを仲間にしている方々に、払う敬意は持ち合わせておりません」
「ほう。言うじゃねぇか。こっちもうちの仲間馬鹿にするような糞野郎に、払う礼儀はねぇなぁ?」
一触即発の雰囲気が漂う。ベルクートが手に魔力を流し、ラズィは腰にあるサバイバルナイフに手を伸ばした。
「ベルクート」
兜のせいで若干こもっている、ゾディアックの低い声が聞こえると、ベルクートはふっと笑った。
「よぉ、大将。遅かったな」
「……何もされなかったか?」
「おいおい。俺らを邪険に扱うわけねぇだろ? 大手のキャラバン様がさ。楽しくお喋りしていたよ。なぁ?」
見下すような視線を向ける。ベルクートよりも身長が低い男は、にっこりとした笑顔を向けた。
「ええ、ベルクート様は一応同業者でもありますからね。素晴らしい意見交換ができました」
「そうだろそうだろ」
ヘラヘラと笑う。取り囲もうと動いていた団員たちは、恨めしそうな視線をゾディアックに向けながら、元の位置に戻った。
「で、話は済んだのか?」
「ああ。もうここにいる必要はない」
「……今、ボスから話を聞きました。商談成立ですね、ありがとうございます、ゾディアックさん」
男は頭を下げた。ゾディアックはその頭部を睨む。
「ラルに言っておけ」
「は、言伝でしょうか。なんなりと」
「仲間に手を出したら殺すぞ」
冷ややかな声だった。その言葉は巨大な鉄球の如き重さを持っていた。
男は今まで感じたこともないプレッシャーを感じ、なんとか口元を歪める。
「承知いたしました」
ゾディアックは踵を返した。パーティもその背中についていき、噴水広場にはラビット・パイの団員だけが残った。
★★★
セントラルに続くいつもの薄暗い細道で、ゾディアックは膝を抱えて蹲っていた。
噴水広場を出ると同時にゾディアックの酔いは醒めてしまった。結果、今までの緊張と気恥ずかしさなどが一気に押し寄せてきた。
「おい、大将。しっかりしろって」
「そうですよ~。せっかくビシッと決まったんですから~」
ベルクートとラズィが呆れ顔で蹲るゾディアックに声をかける。ベルクートは壁に背を預けため息をつく。
「酔いが醒めちゃいましたか~」
「……うん」
「うわぁー。ひ弱な声。ずっと酒飲んでおけばいいのでは?」
しゃがんで両頬を手で挟んだラズィが半笑いで言った。ベルクートは煙草を口に咥える。
「とりあえず、解散すっか。これ以上やることねぇしもう遅いし」
「そうですね~」
「大将。明日何時から商談する気だ?」
「……時間は決めてないけど、朝一番に行こうと思ってる。多分あの場所にいる」
「なら、また明日合流しようや」
「あなた目の仇にされてますけど、大丈夫ですか~」
「ゾディアックが釘刺したんだ。そこまで馬鹿じゃねぇだろ」
紫煙を口から吐き出しながら、視線を少し離れた位置で立っている亜人組に向ける。
「お嬢ちゃんたち、大丈夫か?」
柔らかい笑みを向けた。ビオレは弱々しい笑顔を向け、少年は黙ったままだった。
「ビオレ」
ゾディアックが立ち上がった。
「大丈夫か?」
近づいて問いかける。
ビオレは顔を上げ、不安げな視線を向ける。
「ちょっと、怖かった」
「早く帰ろう」
ゾディアックは黙っている少年を見つめながら言った。
「君はどうする? 亜人街に帰るか?」
「……いや、俺は。ていうかさ」
少年が口を開こうとした時だった。アンバーシェルの着信音が鳴り響いた。
全員の視線がゾディアックに注がれる。ゾディアックはポケットのアンバーシェルを手に取る。
画面に表示された番号に、見覚えはない。疑問符を浮かべながらも通話に出る。
「……」
『あれ、繋がっている? もしもーし』
女性の声だ。どこかで聞いたことのあるような。
「も、もしもし」
『あぁ、よかった。ゾディアックはん?』
「そ、そうですが」
『なんか声がこもっとるなぁ。まぁええ。うちね、ジルガー』
ゾディアックの脳裏に、金色の尾を揺らす狐の獣人の姿が映った。
『そこにうちのガキンチョいるやん。代わって』
「……わかった」
聞きなれない言葉遣いを気に留めながら、ゾディアックはアンバーシェルを少年に差し出した。
「君の、同居人からだ」
「え!?」
ふんだくるようにアンバーシェルを取ると、少年は耳元に画面をつける。
「もしもし!? ジルガー! ……うん、見つけた」
少年は手短にさきほどの経緯を話した。簡潔にまとまっており、しっかりとした報告ができている。
「それでゾディアックが、金払ってくれるって……うるせぇな! ちゃ、ちゃんとお礼は……え!?」
少年は信じられない、といった風に目を丸くした。
「ま、ちょっと待てよ!」
あ、と少年は大声を上げた。
「もしもし!!? ちょっと!! あぁ、もう……」
少年はアンバーシェルを顔から離し、画面を見つめながら後頭部を掻いた。
沈黙が流れる。いったいどうしたというのだろうか。
そして数分後、悩んでいた少年は申し訳なさそうな視線をゾディアックに向ける。
「あの、さ」
ゾディアックが首を傾げる。
「今日、泊めてくんねぇ?」
少年は気まずそうに、ゾディアックに言った。
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