第11話「出会い」
通りを歩きながら、ゾディアックは本に記してあった材料を探していた。
だいたいの材料は手に入った。紙パックの牛乳2リットル、卵10個入りパック、薄力粉1キロ、グラニュー糖。そしてバターにハチミツ。
だが、一部の材料がない。
ベーキングパウダーなる粉だ。聞いたこともない粉だった。
アンバーシェルで画像を検索すると、商品のパッケージ画像がいくつか出てきた。
キャラバンに聞けばわかるだろうと思ったゾディアックは、食材を売っている露店に近づき、店主に声をかけようとする。
「……」
声をかけようと、手を微かに上げる。
「……」
手を下ろし、止まった。
知らない人に声をかける行為は、ゾディアックにとって難易度の高い所業である。そのため、一呼吸おいてからでないと動けないのだ。
一度大きく息を吸い、ゾディアックは露店の前に立つ。
「……すまない」
「はい、いらっしゃい!!」
骨と皮しかついてなさそうな、華奢な中年男が、明るい笑顔を向けた。
「なにかお探しですかい、旦那」
「……粉はあるか。料理とかで使う」
「粉? 小麦粉ですかい?」
怪訝そうな表情を浮かべる男に、ゾディアックはアンバーシェルの画面を見せた。
「ベーキングパウダー……をお探しで?」
「ああ」
「うちに置いてありますよー。おひとつでよろしいですかい?」
「ああ」
「お客さん製菓作りするんで?」
「ああ」
「その、見た目で?」
「ああ」
なぜキャラバンの人は、無駄話が好きなのだろう。さっさと目的の物をこちらは買いたいというのに。
生返事をしていたせいか、店主はそれ以上何も言わず、ベーキングパウダーが入った缶詰を持ってゾディアックに差し出した。
「ありがとう。代金は」
「10万」
ゾディアックは男の顔を見た。下卑た笑みを浮かべている。
「10万払ってくれや。ゾディアックさん」
舌打ちしそうになった。相手はゾディアックを知っていた。どうやら有名人から金をふんだくれると考えたらしい。
腹が立ったが、ゾディアックは財布を取り出す。騒ぎになるのが面倒だった。それに台所事情も厳しくない。これくらい、はした金だ。
「やめとけよ」
後ろからそう声をかけられ、金を出そうとした手を止めた。振り向くと、群青色のコートを着た男が立っていた。
彫りが深い、はっきりとした顔立ちをしており、深緑に近い色のオールバックと顎髭がとても似合っていた。大人の男、という雰囲気を纏っている。そして首元にある、大きな火傷の痕が目を引く。
男はふたりの間に割って入る。
「そんなんぼったくりだぜ。もっとまともな店で買った方がいい。そうだな、俺が案内してやるよ。少なくとも、0がふたつ減るぜ」
そう言って自分のことを親指で指した。その時、男が両手に黒い手袋をしていることに、ゾディアックは気づく。
突然の邪魔者に、店主が苛立ちを露にする。
「おい誰だテメェ。人の商売の邪魔してんじゃねぇ!」
「商売? 詐欺の間違いじゃねぇのか?」
肩をすくめて言った。
「ここで騒ぎを起こしてもいいが、いいのかい、あんた。くだらねぇ商売で自分の店潰れることになるかもしれねぇぞ」
「あぁ!?」
「俺さ、ラビット・パイの一員なんだよ。知ってるだろ? この国で3番目にデカいキャラバンだ」
眉間に皺を寄せていた店主が、目を開いて口を噤んだ。
「だから国中に悪評ばら撒くのなんて、すぐだぜ、すぐ。ここは引き下がった方がいいと思うんだけどなぁ?」
男は舌打ちしてゾディアックを睨んだ。
「……1000ガルだ。これならいいだろ」
ゾディアックは頷いて、財布から金を出した。
★★★
「……あの」
露店から離れたところで、ゾディアックは隣にいた男に声をかけた。
「ん?」
「えっと……た、助かった」
「ああ、いいってことよ!」
男はヘラヘラと笑いながら、ぼったくりをしてきた露店の方を見据える。
「いやぁ、結構簡単に騙せたなぁ」
「え?」
「俺さ、ラビット・パイの一員なんかじゃねぇのよ。しがない個人のキャラバンで活動してんの。発言力がないから有名どころの名前借りたわけ。やっぱ効力あんだなぁ」
沈黙するゾディアックに視線を向ける。
「大型キャラバンも、団員をひとりひとり覚えているわけがねぇ。多分俺みたいに、キャラバンの名だけ使って無茶な商売している連中も多いかもな」
「……」
「ただ、あんまり言いふらさないで、黙っててくれよ。ぼったくられそうなところを助けたってことで、ここはひとつ」
男は両手を顔の前で合わせ、軽く頭を下げた。
別に言いふらす必要もなく、普通に助かったため、ゾディアックは頷きを返す。
「それじゃ……」
ゾディアックはそう言って踵を返そうとした。
「まぁ待てよ。あんた今からセントラルに行くんだろ?」
「……ああ」
「俺もそっち方面に用事があるからさ、一緒に行こうぜ?」
「……銃を売るのか?」
男は目を丸くした。
「おっと。驚いたな。なんで知ってんだ?」
「昨日、マーケットで見た。AL-48がどうこう、バナル族の人に売っていたのを」
男は口笛を吹いた。
「すげぇ記憶力、っつうか視野が広いな。俺はあんたのこと見つけられなかったぜ。ゾディアック・ヴォルクス」
男は白い歯を見せた。
「あんたの言う通り、銃を宣伝しに行こうと思ってね。一緒に行こうぜ」
「……セントラルで銃の宣伝をするのか?」
「違う違う。そんなの自殺行為だろうが。ガーディアン連中から邪な物って言われてる銃を本拠地で売るクソ度胸は持ち合わせてねぇよ」
「じゃあどこに……」
「セントラル近くで開かれているキャラバンの集会さ。デカいキャラバンと手を組めたらめっけもんだろ? あ、そうだ」
思いついたように言って、手を差し出した。
「ベルってもんだ。よろしく頼む」
悪人ではなさそうだが、いい人、というわけでもなさそうだ。
というより、ゾディアックは感心していた。初対面の相手だというのに、ここまで自然に会話をすることができるとは。
もしかしたら、自分に足りないものを学べるかもしれない。
「……ゾディアック・ヴォルクス」
名乗りながら握手に応えると、ベルは満足そうに頷いた。