第115話「Voltage:23%」
夜のメイン・ストリートを歩いていると、道行く人たちの視線が、鎧姿のゾディアックに向けられる。昼に比べて人通りが減り、最強のガーディアンということもあり、ゾディアックの姿は目立っていた。
「おい、大将。大丈夫か?」
後ろを歩いていたベルクートが声をかける。
「大丈夫だ。周りの視線も、兜を被っているから大丈夫」
「いやそうじゃなくてよ」
ベルクートと、隣にいたラズィが目を合わせる。
ゾディアックの足取りは怪しかった。どことなくフラフラとしている。
「千鳥足、ってやつですかね〜」
「完全に酔っぱらってやがる」
「マスター、下戸って言ってたのに結構飲んでたよね」
不安げな3人の視線を感じ、ゾディアックの隣にいた少年が心配そうに見上げる。
「無理しなくていいんだぜ?
「大丈夫だ」
不安だ。少年は息と共に自分の言葉も呑み込んだ。
★★★
噴水庭園へ続く道を歩いていたゾディアックは上空からの視線を察知する。口ゼだ。
「私、お留守番してますね。料理の片づけとかもしないとですし」
とか言っていたくせに、結局ついてきたらしい。いざとなったら突っ込んでくる気だろうか。
ゾディアックは有難い気持ち半分、不安半分で庭園へと足を踏み入れた。
庭園には大勢の人がいた。夜だと言うのに露店が開いてもいる。だが、客の数はいない。
大半は、ラビット・パイの団員だった。
「おい、あれ」
ひとりが隣にいた男の肩を叩き、ゾディアックを指差す。すると徐々にキャラバンたちがゾディアックたちの方に顔を向けた。波紋のように広がっていく視線。その中に、亜人であるビオレと少年を値踏みするような視線がいくつもあった。
ビオレはラズィの陰に隠れ、少年はゾディアックの後ろに隠れた。
「取って食われやしねぇよ。大丈夫だ」
「ただ、視線は怪しいですけどね〜」
止まって警戒心を露わにするゾディアックたちに、ひとりのキャラバンが近づく。
「これはこれは。ゾディアック・ヴォルクスさんとお見受けします。こんな夜更けにラビット・パイにお越しいただきありがとうございます。ご入用の際は、私めに声をかけて頂ければ。それとも、今からご案内いたしましょうか?」
低姿勢な男が現れた。ぱっちりとした力強い目が特徴的で、鼻が高く、輪郭がシャープだ。人懐っこい笑みを浮かべており、顔の濃さとギャップが生まれている。女性人気がありそうな顔だ。襟足を完全に黒髪で隠している髪型をしている。ロン毛、というやつだろうか。
男は態度に見合わない服を着ていた。上質な絹でできた服、指には宝石が嵌められた指輪をいくつも付けていた。権力者にありがちな、高級アクセサリーの見せびらかしだ。
ベルクートは、相手がただの宣伝屋ではなく、ラビット・パイの中でも上位の立場にいる人物であることを察した。
「おいゾディアック」
「案内してほしいところがある」
ゾディアックははきはきとした口調で言った。
ベルクートは目を開いた。いつものたどたどしい喋り方ではない。どうやら酒が入っているせいで気が大きくなっているらしい。
「はい、なんでしょうか」
男はニコニコとした笑顔を見せる。煙草のヤニで黄ばんだ歯が見え隠れする。
「ある“商品"を探しているんだ」
「商品! はい、どうぞ。なんでもありますよ」
「彼と同じ、獣人の子はいるか?」
ゾディアックは服を掴んでいた少年の頭に手を置く。
「えっと?」
「獣人だ」
男は意図がつかめないように首を傾げた。
「おっしゃっている意味が……。我々はキャラバンであり、ガーディアン様の装備から一般卓の食材まで、幅広い商品を売買しております。ですが獣人なんて物を取り扱っては」
「いるんだろ? あの建物に」
ゾディアックは男の後方にある建物を顎で指した。
ー瞬、男の目の色が変わった。明らかな敵意と警戒心が顔をのぞかせた。
「血の臭いと視線を感じる。あとは獣人特有の魔力だ。教えてやろう。俺は物体を透視して、魔力の確認が行える」
「ほう。それは、すごいですね」
「もう一度聞くぞ。彼と同じ、獣人の子はいるか?」
男は黙った。
「馬鹿なことを考えるな。キャラバン相手だとガーディアンは戦えない、なんて思うなよ」
ゾディアックは、左腕を背に仲ばしている男に釘を刺した。
獣を殺せそうな眼光に対し、男は諦めたのか、鼻で笑って両手を挙げる。
「流石ですねぇ、ゾディアックさん。”本物”は迫力も雰囲気も違いますよ」
「本物?」
「いえね。最近増えているんですよ。あなたの偽物」
「なぜだ」
「最近あなた、大層ご活躍じゃないですか」
吐き捨てるような物言いだった。
「ドラゴンを倒す力を持ち、駆け出しのガーディアンを守る優しさも持ち合わせている。それに加えて、この前起きた事件の際は率先して民を守り、戦い、見事に解決した。結構人気になっているんですよ? 知りませんか?」
ゾディアックは頭を振ると、ベルクートたちに視線を向けた。
「知ってたか?」
「俺はそれなりに。店に来る連中、結構お前の話聞きたがる奴が多かった」
ビオレとラズィは肩をすくめた。
「……そうか」
「それであなたの偽物が出てきているんです。とりあえず全身真っ黒にして、言葉少なく喋ったりとかね。もちろんそんなもんでキャラバンは騙されませんが。本物はやはり格が違うというか」
男の目線が少年に向けられる。
「彼の?」
「知り合いだ」
「ふむ。そうですか」
男はそこで眉間に皺を寄せ、右耳を手の平で覆った。
数秒後、身を避けると、建物の入口を指差す。
「今しがたボスから連絡が入りました。ゾディアックさんとその……獣人の子。おふたりを中に入れると。 "商品"の説明もしたぃとおっしゃっております」
「何?」
「他の方々は私たちがもてなすので、ご安心ください」
「待て、連絡? アンバーシェルも使ってないでどうやって」
「テレパシー。ご存知でしょう、魔法ですよ」
男は口元を歪めた。
「魔法が使えるキャラバンも一般人もいますよ。魔法はガーディアン様の専売特許じゃあ、ありません」
ゾディアックは兜の隙間から男を脱んだ。この余裕は、いったいなんだ。恐れて欲しいとかは思っていないが、ガーディアンに対してここまで挑発的な態度を崩さないキャラバンは見たことがない。
底が見えない自信のようなものが、男の瞳の奥から伝わってくるようであった。
「中に入ったら、なるべく穏便に話を進めてください。馬鹿な真似は決してしないように。
あなたたちガーディアンがモンスターと戦うことを専門としているように、キャラバンは人との"交渉戦"を専門としております。ボスに言いくるめられても、文句は言わな
いでくださいね」
「……わかった」
「ボスは6階におります。601……サフィリアの夜景が一望できる角部屋でございます」
ここまで言わせるボスとは、いったいどのような人物なのだろうか。
「そっちも、俺の仲間に馬鹿な真似をするなよ」
ゾディアックが釘を刺すと、男は「かしこまりました」と言ってわざとらしく平伏する。
「すまない。行ってくる」
ゾディアックは後ろに声だけ投げた。
「了解。のんびり待ってるさ」
「気をつけてね、マスター」
ラズィだけは何も言わなかった。ただ、眉間に皺を寄せ、警戒している。ゾディアックも同じ気持ちだった。
このキャラバンは、どこか怪しい。
元・暗殺者であるラズィであれば不測の事態に強いだろう。ゾディアックは後を任せ、建物に向かって歩き始めた。その後ろに少年が続く。
「すげぇなゾディアック。透視能力なんて持っているのかよ」
「嘘だ」
「は?」
「透視したわけじゃない。ただ、この建物には魔力が渦巻いていた」
ゾディアックは建物の扉の前に立つ。
「気をつけて。俺になにかあったらすぐ逃げるんだ」
「わ、わかった」
少年は建物を見上げた。
異様な雰囲気が立ち込めるその建物からは、かすかに、鉄の臭いが漏れていた。
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