第113話「Voltage:16%」
食材も酒類も買いこんだ一同は、馬車に揺られながら西地区に向かっていた。大型移動用モンスターであるサラマンダーは、その姿を見せていない。もうすぐ冬だからだ。寒さに弱いため、デリケートになっているのだろう。
「いっぱい買いましたね〜」
「だね。この袋があってよかったよ」
ゾディアックは会話をしているビオレとロゼに視線を向ける。ビオレは布袋を持っていた。今は亡き、彼女の父親の形見であるエスパシオボックスだ。
袋の中には無限大の空間が広がっており、どれだけ物を入れても満たされることはない。
そして重さも感じない。袋の口よりも大きい物は難しいが、食材や酒瓶ならいくらでも入るだろう。
「よくよく考えると、その袋恐ろしいわ。人とか入れることができたらえぐいことになりそうだな」
「ベルさん、中に入ってみる?」
「馬鹿かお嬢さん。まずその口に入らねぇよ」
雑談を交えていると、目的地にたどり着いた。ゾディアックが代表して金を払い全員が降りる。
馭者の男は怪訝な瞳を向けていた。一般人が住まない西地区に人組を降ろすなど初めての経験だったからだ。下手したら亜人に襲われるかもしれないのに、楽しそうに会話をしながら遠ざかっていく5人組に対し、馭者は首を頃げるしかなかった。
★★★
夕食は、これまで見たこともないほどに豪華だった。
カルパッチョ風サーモンサラダ。
トマトや黄色パプリカやほうれん草、紫キャベツを使用した彩りの良いサラダ。
ずらりと並んだ皿の上に魚の刺身盛り合わせ。
購入してきたローストビーフを大胆に並べた皿。
酒が進みそうな大量の唐揚げとフライドポテト。
塩レモンが効いたシーフードパエリア。
山盛りのチーズボロネーゼのパスタとベペロンチーノ。
「つ、作りすぎちゃいましたかね? まだピザとかあるんですけど」
あまりにやる気を出してしまったと自覚したロゼは、テーブルに所狭しと並べられた料理をみて、苦笑いを浮かべた。
「大大夫。俺が全部食う」
「私も全部食べるから! 安心して!」
大食いのゾディアックとビオレが親指を立てた。顔は嬉しそうだ。
「いやぁ。美味そうだ。マジで全部食えるかるなぁ」
ベルクートが口元に笑みを浮かべた。パンと手を叩くと、手のひらをすり合わせた。
「だからって作りすぎですよ~」
料理を手伝っていたラズィは呆れ顔で言った。調理中ずっと注意していたのに、ロゼは聞いていなかったのだ。
それでも完成した料理は美味しそうな匂いを漂わせ、湯気が立ち昇っている。どれも食欲を刺激するものであるため、さほど文句はない。
とりあえず酒だ、と言ったベルクートが瓶ビールとグラスを手に取る。
「とりあえず最初はビールだな」
「あ。知ってます。飲み会の鉄板ですね」
「お、ロゼちゃんよく知ってるね」
「最初の一杯だけなら!」
「私も大丈夫ですよー」
仲間たちが答える。ゾディアックはおずおずと手を挙げる。
「大将は無理しなくていいぞ?」
「い、いや。飲む。下戸って言っても、一杯くらいなら大丈夫だから」
ベルクートはチラとロゼを見る。ロゼは口元に笑みを浮かべる。
「小さいグラスでお願いします」
「あいよ」
全員にグラスが行き渡ると、ビオレが声を上げた。
「はい! 乾杯の挨拶!!」
「誰がするんですか〜?」
「やっぱりマスターでしょ!
「……ベルクートにお願いします」
「なんでだよ!! まぁいいけど」
ベルクートはわざとらしく喉を鳴らすと席を立った。椅子に座る4人の視線が釘付けになる。
「えー、思えば、幾年。さまざまな苦労を超えてこうして出会うべき者たちが出会い――――」
「あ、あと1時間でアンヘルちゃん始まる」
「サラダ私が取りますからね!」
「――――といったこともあった。しかし我々は――――」
「ゾディアックさん注ぎ方へたですねぇ~……泡ばっかりですよ」
「ご、ごめんなさい」
「――――しなければならない!! ていうかなぁ! なんで俺に彼女できな」
「はいカンパーイ!!!」
「乾杯です!」
「か、乾杯」
「かんぱ〜い」
「ちくせう! 乾杯!」
ビオレの甲高い掛け声と共に全員が音頭を取ってグラスを合わせた。
こうして初めての宅飲みが始まった。
ベルクートは一番気になっていたパエリアを皿に取り口に運ぶ。途端に目を開いた。
「うま!! めっちゃ美味いぞ、このパエリア!」
「ありがとうございます」
ロゼが微笑む。
「あとで"ザンク"払うわ、ロゼさん」
「ザンク?」
聞きなれない言葉に、ゾディアックが首を傾げる。
「3900ガルって意味」
「駄目だ、少ない」
きっぱり言うとベルクートが頬を引きつらせた。
「じゃあチッチー」
「ちっちー?」
「7700」
「少ない」
「……12000」
「すくない!」
「18000!!!」
「なんの話ですか……?」
ロゼが困惑気味にふたりに尋ねた。
(10分後)
「瓶カクテルなんてジュースだなぁ」
「いいでしょ別に」
「5%しか入ってねぇじゃん」
「ロゼ。マヨネーズ取って」
「かしこまりましたー」
「あ、次私で~」
(5分後)
「唐揚げにレモンかける奴どう思う?」
「「マジでない」」
「師弟でハモンなよ!!」
「「別の席に行ってほしい」」
「こぇえよ!!」
「唐揚げにマヨネーズはセーフですよね~」
「だからってかけすぎですよ、ラズィさん。真っ白じゃないですか」
(5分後)
「うぉお!? おい見てみろ! ゾディアックの顔真っ赤!」
「うっわ、ちょ、めっちゃ赤いんだけど! マスターヤバイって!」
「あっはっは!! 大将お前、ちょ、お前……あっはっは!!」
「笑うなよ~……」
「お水飲んでください、ゾディアック様」
「瓶ビール取ってきますね~」
「あ、2本頼む!」
(10分後)
「そしたら、ベルさんがいきなり銃撃たなくなって!」
「いきなり援護がなくなったからビックリしましたよ~」
「ジャムったんだよ」
「……ジャムって、なんだ?」
「弾詰まり。下手したら暴発してた」
「あら、危ないですね」
「ベルさんそれ欠陥品じゃん!!」
「もう改修してるわ!!」
(15分後)
「そろそろウイスキー入れねぇとな」
「エンジン入れないとですね~。ロックアイスありますよ~」
「……ビオレ」
「ん? なに?」
「ペペロンチーノ取りすぎだ。皿にまだあるだろ」
「マスターだってポテトバクバク食べてるじゃん!」
「あ、ロゼさん。グラスとマドラーある? 取ってくるから教えて欲しい」
「いいですよ! 持ってきますのでお待ちください」
「ていうかさ、注意するならラズィさんでしょ! マヨネーズつけすぎだよ!!」
「美味しいですよ~?」
「刺身にマヨネーズは駄目でしょ!!」
「何でもかんでもつけんじゃねぇよ!!」
「ろ、ローストビーフ……白くなってる……あっはっはっはっ!!」
「うぉお……大将すげぇ笑ってる」
「ゾディアック様の笑顔は貴重ですよ!」
「マスターお水飲んで!!」
★★★
賑やかな時間を過ごしていると、「アンヘルちゃん」の放送が始まった。動画投縞サービス「ユタ・ハウエル」の生放送で人気を博している「歌主」だ。
今日はポップな曲が初めから流れており、彼女が上機嫌であることがうかがえた。
大型ヴィレオンの前で、ソファに座ったビオレが、瓶カクテルをマイクに見立てて鼻歌を歌っている。
「あ〜、変身魔法使ってんのか。全然わからなかったわ」
初めて「アンヘルちゃん」を見たベルクートはそう言ってポテトを咥えた。細長いそれを煙草のように見立て、唇を動かす。
「完成度が高いですね〜。優秀な魔法使いですよ。彼女」
魔術師であるラズィは感心するように言うと、マヨネーズまみれになった唐揚げを口に運んだ。
「ガーディアンか?」
「はもへふふぇ~」
「中身は美女かねぇ」
ラズィは唐揚げを飲み込んだ。
「んー、酷い不細工だったりして」
「ありえそうだ」
「世界は~いつでも変わる~♪」
ビオレの歌声とふたりの会話を背中に浴びながら、ゾディアックは庭に出た。
空に輝く満月を見上げる。
「今日は月明かりが綺麗ですね」
いつの間にロゼが隣に立っている。ゾディアックは満月を見上げながら頷いた。
「知ってる、ロゼ?」
「はい?」
「月が綺麗ですね」
「……それは?」
「どこかの世界の、愛の言葉なんだって」
それを聞くと、ロゼはゾディアックの大きな手を、自分の両手で挟んだ。
「そうですね。とても綺麗です。今にも、手が届きそうなくらい大きな満月です」
ロゼはクスリと笑った。
「あなたと一緒に、見ている月だからでしょうか」
ゾディアックはロゼに視線を向けた。少しだけ頬が赤いのは、酒のせいではない。
「ずっと見続けよう」
「……はい」
世界にふたりしかいない。そんな夜の時間。
その世界に、雑音が混ざりこんだ。
庭の先から激しい息遣いと足音が聞こえてきた。その足音は庭の手前で立も止まった。
「誰だ?」
ゾディアックとロゼが鋭い視線を向ける。
すると、塀を超えようとした影が見えた。
姿を見せたのは。
「ゾディアック!! 頼む、助けてくれ!!」
眩い月光に照らされる、青い体毛の、狐顔の少年だった。
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