第109話「Voltage:6%」
"集会"から2日が経った夜、亜人街は賑わっていた。夕立があった影響で地面には水溜りができ、建物が派手に濡れているが、夜にはすっかり月が姿を見せていた。
通りにある数多の店に括り付けられた電飾が、煌々とした光を放っている。桃色や緑、青といった目に優しくない色が、水溜まりに反射して、より一層色濃く通りを彩っている。
魔力を流すだけで電気が点くこの電飾は、手先が器用な小人のバナル族が作ってくれたものだ。
怪しい光を放つ風俗通り(ブロセル・シュトラーセ)に立ち並ぶ建物の屋上から、少年は通りを見下ろしていた。
かっこつけてここに立っているわけではなく、自分にできる"仕事"を終えた帰り道に寄ったのだ。
背負った鞄の中から、金属が擦れる音がする。今日は多くの貴金属が手に入った。もとい盗めた。理由は通りを見れば明らかで、ガーディアンキャラバンの数が日に日に増しているからだ。どうやらガーディアンたちは"自粛中らしく、モンスター討伐を主に行う者たちはやることがなくなっているらしい。結果として亜人街で夜は時間を潰している。
いつもと比べて3倍近くの売上だと、同居人であるジルガーの言葉を思い出した少年は、通りを行き交うガーディアンたちを見る。
みすぼらしい格好をしている自分とは違い、煌びやかな、綺麗な装備を身に纏う者たちは、まさしく"勝ち組"だった。素行の悪い者がもらほら見られるが、盗人の自分よりはマシだなと少年は思う。
そんな物思いにふけっている時だった。
アンバーシェルの通知音が鳴り響いた。眼下にいるガーディアンからだ。
次いで再び通知音、さらに通知音が鳴り響く。その音は連鎖反応を引き起こしたかの如く、いたるところから音が鳴り響き始めた。
明らかに異常な光景に、少年は目を見開いた。亜人たちも狼狙している。
ガーディアンたちは全員がアンバーシルの画面を見つめ始めた。
そして、数秒後。
「よっしゃあぁぁ!!」
どこからか発生した歓喜の声を皮切りに、ガーディアンたちが喜びの声を上げ始めた。
「自粛解除だって! さっすがエミーリォさん!」
「オーナーの手腕は見事ですね。ただ、明日からではないらしいですよ」
「んだよ! 今からセントラル開くんじゃねぇのかよ」
「今日から3日後でしょ。その日彼氏とデートなんだけど」
「隊長。いかがいたしましょうか。新人歓迎会を前倒しするよう指示を出して……」
声に耳を傾けると、どうやら自粛とやらが終了するらしい。まともに仕事ができなかったガーディアンにとっては朗報だろう。
少年は口元に笑みを浮かべてその歓高の渦に飲み込まれそうになる。が、背中から聞こえた金属音が、少年を現実へと引き戻した。
少年も、最強のガーディアンであるゾディアックと共にモンスターと戦った経験がある。
それは少年にとって、宝物のような、貴重な体験だった。自分が立派なガーディアンになれた気さえした。
しかし現実は、ただの亜人だ。犬猫と同じくペット扱い、いや、それ以下の獣人である。
もし自分がガーディアンだったのなら、あの歓喜を共有して、ゾディアックと共に楽しく喋って、酒を飲むことができたかもしれない。
少年は頭を振って妄想を振り払うと、ガーディアンたちの声に背を向け自宅へと駆けていった。
★★★
自宅である廃墟の前に、小さな男の子がいた。フィンだ。少年の同居人でもあるジルガーがそう名付けた。
少年と同じガネグ族であり、乗れ耳が特徴の犬面である。年は少年より幼く、声は少女のように高い。
「あ、アニキ!」
一定の期間で飯を渡しているせいか、少年のことをアニキと呼んで慕っている。嬉しそうに尻尾を振るフィンに対し、少年は眉間に皺を寄せて近づく。
「何してんだよ、こんな時間に」
「だって街がうるさくて眠れないんだもん」
フィンは無邪気に尻尾をバタバタと振る。
「ねぇアニキ! 今度ボクも連れてってよ!」
「連れてくって……盗みがしたいのか?」
「うん! ボクにもできそうな感じがするんだぁ」
少年が行っていることは、ガーディアンやキャラバンから装備を奪う、いわゆる窃盗だ。見つかるだけならまだしも捕まったりしたら、よくて片腕を持ってかれるだろう。
そんな危険と隣り合わせのことを、自分よりも幼いフィンにさせるわけにはいかない。というよりできるわけがない。
少年はため息をついて頭を振った。
「お前にはまだはぇえよ」
「そんなこと」
「無理だ。帰って寝てろ。また美味い食い物持ってきてやるから」
はっきりと、それでいてどこか投げやりに少年は言った。
フィンはそれを聞いて頬を膨らませ、目を潤ませた。少年は言い過ぎたと思い謝ろうとしたが、フィンは素早く身を翻し、走り去っていった。
何もできない自分の苛立ち。ガーディアンの仲間に入れない不甲斐なさ。それらを隠せなかった。そもそも隠そうともしなかった。
少年は、まだ子供なのだ。
「んだよ、クソ」
誰に向けたわけでもない言集を口にし、少年は自分の家へと入って行った。
★★★
「起きろぉ!!」
「うわぁ!?」
突然の罵声に少年は飛び起きた。薄汚い毛布を握り絞めながら振り向くとジルガーが立っていた。
金色の長く、それでいて太い尾が立っている。ジルガーの狐顔が眼前に広がる。黄金の毛が逆立っており、怒りを露わにしているようであった。
「お前、昨日フィンと会ったか!?」
「え、え、なんだよ。会ったけど?」
寝ぼけた頭を必死に回転させながら、なんとか口を開く。瓦礫の隙間から注ぐ太陽の光が眩しい。舌がもつれそうだった。
「何時頃!?」
「ええ……覚えてねえよ。夜中ってだけ。ただ、仕事終わって、あとガーディアンたちが自粛無くなって喜んでいた時間帯?」
「まだにぎわっていた時間か……」
ジルガーは自分の口元に手を持っていく。
「……何があったんだよ?」
ただならぬ様子に、少年は目に角を立てて聞く。ジルガーは横目で少年を見た。
「フィンがいない」
「は?」
「いないんだ。くっそ、ぃったいどこに」
少年は布団から出ると着替えもせずに外へ飛び出した。後方からジルガーの声が聞こえたが知ったことか。
少年は亜人街の中を走り続ける。朝の亜人街は数人の朝帰りの獣人が歩いているか、酔っ払いが路上で寝ているかだ。人が少ないため圧倒的探しやすい。子供となればなおさらだ。
だが、フィンは見当たらなかった。
門近くまでたどりつくと、昨夜ずっと呼び込みを行っていたナロス・グノア族の男がアーチ近くに立っていた。壁に背を預け、煙草を吸って札束を数えている。
「おい、オッサン!!」
「あぁ?」
失礼な呼び声をかけられた呼び込みは鋭い視線を少年に向けた。少年は物怖じ世ず息を整えながら近づく。
「なぁ、昨日ガキンチョ見なかったか!? 夜中だ!!」
「お前もガキだろ」
「ちげぇよ! 俺よりもガキだ! まだ首輸付き(ネックナンバー)にもなれないようなちっちゃい……」
「知らねぇよ。つうかお前、ジルガーのとこの奴か。今度あの女連れ出して来いよ。一発お世話になりてぇし」
クソ。このエロ蛇が。店に行けよ。
チロチロと出る長い舌をもぎり取りたくなった。少年は踵を返し再び街中を駆ける。
★★★
そうして数時間が経った。毛ほどもフィルは見当たらない。ぜぇぜぇと息を切らして壁に手をつく。
「あ、見つけた!」
ジルガーの声だ。視線を向けると、相手も息を切らしながら近づいてきた。
「いた!?」
少年は頭を振って答えた。
「やっぱりなかったか。こっちもお店の子とかに聞いて回ったけど、見かけなかった」
「あいつ……俺の真似事したいって言ってた」
「な、あんたそれに対してなんて」
「もちろん断ったよ!!」
激昂するように答える。断り方が最悪だったことは、伏せてしまった。
嫌な予感がする。もし昨夜ガーディアンかキャラバン相手に盗みを働いているとしたら。
経験も何もないあの子が捕まる可能性は非常に高い。もしかしたら、すでに。
少年は頭を振った。
「街中にいる。この国だったら、獣人だけど、ガキをすぐに殺したりはしないはずだ」
自分に言い聞かせるように、ジルガーに言った。
「街中行って探してくる」
「いや、あんた」
「ジルガー、俺が見つけてくるから」
罪悪感と緊張と心配が入り混じった声を聞いて、ジルガーは渋々頷いた。
「暗くなる前に帰っておいで。無茶だけはしないでよ」
心配そうな声に対し少年は頷くと、再び入口へ向けて駆け出した。
時刻は昼頃、眩しい太陽が嘲笑うかのように、少年を照らし続けた。
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