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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Reinforced Dessert Two
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エレガンス・ガトーショコラ

 ゾディアックを送り出し、ロゼは玄関の扉を閉めると、ふぅと息を吐く。


「よし、やりますか」


 同居人を送り出したあとロゼがやることは家事である。疲れて帰って来る相手を癒せる、心地いい空間を提供するのがロゼの仕事だ。


 昔の自分なら考えられないなとロゼは思った。服も畳めない我儘な箱入り娘という言葉がぴったりだった自分が、ここまで家事に没頭するとは。少しおかしくなる気分だった。


 ロゼはリビングに行き、シンクにたまった食器類を片付けようとする。


「あ、あの、ロゼさん」


 声をかけられ顔を向けると、ビオレが立っていた。可愛らしいピンクの寝間着に身を包んでいる。


「おはようございます、ビオレ」

「お、おはよう」


 ロゼはにっこりと微笑えんだ。

 試験に合格したビオレは破竹の勢いで任務をこなしていたが、昨日無理がたたって魔力(ヴェーナ)が枯渇寸前になってしまった。魔力(ヴェーナ)が枯渇すれば命に関わる。今日は安静に過ごすようゾディアックに言われていた。


 昨日よりも顔色がよくなり魔力(ヴェーナ)も回復している。ロゼはそう判断すると、流し台に水を流す。


「今日はゆっくりしていてくださいね。ヴィレオンで映画とか見ていてもいいですよ。録画したのがたくさんあるので」

「あ……えっと……」


 言い淀んでいた様子のビオレは、意を決したようにロゼを見つめる。


「何か、手伝うことないかな!?」


 思ってもない言葉だった。ロゼは首を傾げる。


「突然どうしたんですか?」

「え、えっとね。私、任務ばっかりで、家のこと口ゼさんにまかせっきりでしょ?」


 ビオレは両手の指を重ね合わせ、視線を下に向けてまごつく。


「だから、こう、ちょっと家事を手伝いたいなぁと、思って」


 本音は、恩返ししたいというものだった。ロゼとゾディアックのおかげで、新しい住む場所を得られて、笑顔でいられるようになった。

 ふたりがいなければ、自分は死んでいた。ビオレはそれを理解していた。

 このままでは甘えたままになってしまう。だから、ふたりに何か恩返しがしたい。小さな少女は必死に頭を回転させ、出てきた答えが「家事を手伝う」というものだった。


 ガーディアンとして返そうとしてもゾディアックとは実力差が離れすぎてしまっている。

 しかし家事であれば、ロゼの手伝いをしながらゾディアックをもてなすこともできる。

 本音を言わなかったのは、少しだけ恥ずかしかったからだ。


 ビオレは不安気な視線をロゼに向ける。それに対し、口ゼは笑みを浮かべた。


「ありがたいですね。それじゃあ、手伝ってくれますか?」

「う、うん! 任せてよ!」


 顔がパッと明るくなったビオレは頷くとロゼに近づく。


「それじゃあ、洗い終わったお皿を棚にいれていってください」

「りょーかい!」


 ロゼは素早く食器の汚れを落とし、綺麗に磨く。洗い終わった皿を拭いて、台の上に置いていく。ビオレは積み重なった皿を持って棚に入れていこうとした。


 その時だった。


 パリン、という音が響き、口ゼが振り向くと、床に皿の破片が散らばっていた。

 皿を持っているビオレが、「やってしまった」という表情で割れた皿を見ている。重ねていた一番上の皿が落ちたらしい。


「あら」

「ご、ごめん、すぐ片付けるから!」

「大丈夫ですよ。怪我はしてませんか?」

「だ、大丈夫」

「そうですか、ならよかった。素手で触ると危ないので、魔法で片付けちゃいましょう」


 ロゼが人差し指を動かし風の廃法を使う。そよ風が吹いたと思うと同時に破片が一塊になり、ゴミ箱にひとりでに入っていった。


「気にしないで続けて大丈夫ですよ」


 にっこりとほほ笑むロゼに対して、ビオレは情けないやらショックやらで、微妙な笑みを返すしかなかった。


 その後もビオレは手伝いを続けた。広い風呂場の掃除を行い、シャワーを誤って使ってしまいびしょ濡れになった。ロゼは笑いながらも、髪の毛を拭いてくれた。

 庭で洗濯物を一緒に干した。くだらない雑談を交えながら、一緒に行った。


 手伝いになってなかった気がしたが、それでも穏やかな時間が過ぎていった。




★★★




 ビオレはメイン・ストリートを訪れていた。外に出ることがあまりできないロゼの代わりに買い物を行っていた。


「お、ビオレお嬢ちゃん!」


 道中聞き覚えのある声に呼び止められた。視線を向けると露店から、緑髪が特徴的なベルクートが手招きしていた。

 相変わらず閑古鳥が鳴いている光景を見て、ビオレは呆れたような笑みを浮かべた。


「繁盛してる?」

「いきなり煽りかぁ? 見ての通りよ。なんでもいいから買ってってくれ、お嬢ちゃん」

「私今食材の買い物中なの。ベルさんのお店、食材なんてないでしょ?」

「確かに食材はねぇけど」


 ベルクートはいったん身を屈め、再び立ち上がる。その手には酒瓶が握られていた。


「こいつはあるぜ」

「お酒?」


 グレイス族であるビオレは酒が飲める。というより、亜人は人間(ヒューダ)とは違い飲酒喫煙の年齢制限というものが存在しない。まだまだグレイス族の中では子供であるビオレでも、人並みには飲める体になっている。


 酒瓶を見つめながら、以前、ゾディアックがロゼにお酒を買ってきたことをビオレは思い出した。


 持って帰ったらロゼが喜ぶかもしれない。


「それいくら?」

「4500ガルでどうよ」

「ん〜、3000ガル」

「値切り交渉かよ。しょうがねぇな。友情価格でその値段にまけてやるよ」

「ありがとう、ベルさん」

「ゾディアックに飲ませんなよ!」

「わかってるって!」


 ニッと笑って、ビオレは酒を手に入れた。そうして意気揚々と買い物へ戻っていた。

 遠ざかっていくビオレの背中を見つめながら、ベルクートは鼻を鳴らす。


「綺麗に笑うねぇ、あの子」


 そりゃセントラル内で人気も出るわ、と思いながら、ベルクートは視線を切った。




★★★




「ビオレ、型を用意しておくので、混ぜ終わったら流し入れてください」

「はーい」


 慣れない家事を手伝い買い物も行っていたせいか、いつの間にか夕方近くになっていた。

 ビオレはロゼと共にキッチンに立ち、お菓子作りをしていた。作るお菓子は、ガトーショコラ。ゾディアックに食べてもらう予定だった。


「ビオレ、手際がいいですね」

「お父さん、料理だけできない人だったから。私が手伝ってたんだー」


 だけ、という部分をわざとらしく強調した。


「あ、そうそう。野菜料理とかも得意だよ、私」

「いいですね。今度ゾディアック様に作ってあげてください」

「マスターって野菜嫌いなの?」

「苦手、というやつですね。基本的にあの人なんでも食べますけど」

「そんな動物みたいな言い方しなくても」


 ふたりで笑い合う。


「今日は、楽しい一日ですね」

「え?」

「この国に来た時から、いや、その前から。私は家でひとりぼっちで過ごすことが多くて。ゾディアック様以外の、それも同性と一緒に過ごせて、とても楽しいです」


 ロゼは料理から視線を切り、ビオレを見た。


「友達と話しているような、妹と過ごしているような。不思議な気分です」


 少し恥ずかしそうにはにかむ相手を見て、ビオレも笑みを返した。


「私も、楽しいよ」


 ビオレの母親は、ビオレの出産時に亡くなっている。生まれた時からビオレはひとりの時間が多かった。父は村長であるため多忙な日々を送り続けていた。一人っ子であるビオレが、孤独な日々を過ごすことは、約束されたような物だった。


 今は違う。一緒に家事をし、共に料理を作っている。失敗がほとんどであったが、怒られず、それていて教えてくれた。

 ビオレは素直に嬉しかった。まるで、姉と母が、一緒にできたような。不思議な気分だった。とうぜん、口に出しては言えない。それはなんとなく恥ずかしかった。


「ねえ、ロゼさん。また手伝っていい?」

「ええ、もちろん! こちらこそよろしくお願いしたいです。あと」


 ロゼはクスリと笑った。


「呼び捨て大丈夫ですよ。いつまでも他人行儀なしたと、寂しいです」

「……うん! わかった、ロゼ!」


 絆が深まったような気を、お互い感じた。

 溶けてるチョコを見ながら、ビオレは酒の存在を思い出す。


「そうだ。ベルさんから貰ったお酒! 隠し味に入れてみない?」

「いいですね。下戸のゾディアック様がいない間に、やっちゃいましょう」


 ニコニコと笑いながら、ビオレはチョコレートの中に酒を入れてみた。―気に注ぎ込まず、適切な量を入れてみる。


 優雅でな午後の時間が流れていく。

 焼き上がったガトーショコラは、非常に美味で、少しだけ酒の香りが、ふたりの鼻孔をくすぐった。



お読みいただき、ありがとうございます。


次回もよろしくお願いします。

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