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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert3.ブルーベリーマフィン
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第104話「グッドバイ・     ・ゴールデンメモリー」

 ワイバーンを着陸させ、ゾディアックは手綱を握る力を緩めた。

 トムが連れ出したワイバーンは、老齢でありながら非常に大人しい個体だった。騎手が変わっても忠実に指示に従った。

 ゾディアックはワイバーンの背中から降りると、振り返る。


「ロゼ。そっちはお願い」

「はい。ただ、ラズィさんにこれ以上、何もすることはないかと」


 ワイバーンの上に座るロゼが首を傾げる。その隣には治療を終えたラズィが横たわっていた。

 腹部に爪が刺さっていたが、致命傷には至らなかった。ロゼの回復魔法で傷を塞ぎ、魔力(ヴェーナ)も注いだ。血が若干足りていないせいで顔色は悪いが、命に別状はない状態だ。


「もし目が覚めて暴れそうになったら、頼むよ」

「ああ。荒事ならお任せください。行ってらっしゃいませ、ゾディアック様」


 ニコッと微笑む恋人を数秒見つめてから、ゾディアックは視線を切った。

 少しだけ歩くと、地面に倒れているトムがいた。近づいて相手を見る。

 トムの下半身はすでに黒い水と化しており、地面におどろおどろしい水溜りが広がっていた。


「……まだ、生きているのか」

「らしいな」


 片膝をついて、二度と動けない相手を見下ろす。


「ラズィは?」

「……生きている。助けたところ、見ただろ」


 トムはさきほどのことを思い出した。




★★★




 一撃を受けた両者はワイバーンから落ちたが、その直後にゾディアックとロゼがワイバーンの上に転移(テレポ)した。


「マズい、遅かったか」

「ゾディアック様!! あれ!!」


 落ちていくラズィとトムが見えた。ゾディアックは舌打ちする。


「ロゼ! 頼む!」

「はい!!」


 ロゼはワイバーンから飛び降りると、魔力(ヴェーナ)を”服に流す”。ケープが広がり、翼のように形を変えると、ロゼは風に乗ってラズィを掴みその場に留まった。

 空を飛べる魔法。ベテランの魔術師(マジシャン)が使いたがる上級魔法を、ロゼは軽く行って見せた。


 ワイバーンの手綱を握ったゾディアックは、思いっきり横に引っ張る。ワイバーンが吠えその指示に従う。

 ゾディアックはそのまま手綱を動かしながら、落ちていくトムに急速で近づいた。


 だがトムは、最後の力を振り絞るように、下級の炎系魔法をゾディアックに撃った。

 助けなくていいという意思表示であった。


 ゾディアックはその場で追従を止め、落ちていく相手を見送った。落下地点を確認し、いったんロゼを回収するため、手綱を動かした




★★★




 落下した場所は、サフィリア宝城都市近くにある森林だった。蒼園の森とは違う、小さな森だ。トムは周りを木々で囲まれている、開けた場所に落ちた。


「無理やりにでも、助ければよかっただろう」

「……」

「霊体と言えど、捕らえることは、できたのになぁ」


 小馬鹿にするようにトムは笑った。


「この傷じゃ、無理だ。俺は助からん」

「だろうな」

「まったく……今まで、”運命”に従って動いてきたのに。最後でまったく違う結果になってしまうのか。つくづく、お前は面白いなぁ、ゾディアック」


 また、トムは笑った。体が揺れるたびに、水溜りが広がっていくようであった。


「なぁ」

「……?」

「顔。見せてくれ。ここまで来て、人違いっていうのは勘弁したいんだ」


 ゾディアックは一瞬躊躇したが、兜を外した。浅黒い肌に群青に近い短髪が曝け出される。

 ゾディアックの顔を見て、トムは笑みを浮かべた。


「まったく変わってない。まぁ、会えた甲斐があったというものか」


 どこか懐かしむような声を聴いて、ゾディアックは胸が締め付けられた。


「……ひとつ、言っておきたいことがあるんだ」


 ゾディアックは静かに言った。

 黙っていればきっとバレないことだったのだろう。だが、それでも言うべきだとゾディアックは判断した。

 自分のことを友だと言ってくれる、霊体になりながらも、どんな形であれ会いに来てくれた友という存在に、言うべきだと。


「なんだ」


 トムが疑問符を浮かべながら聞いた。

 ゾディアックは震える唇から、言葉を吐き出す。






「俺は……記憶がない。2年前、目覚めた時。それ以前の記憶が、まるでないんだ」






 トムは目を見開いた。ゾディアックは言葉を続ける。


「装備のことはおろか、魔法の使い方も覚えてなくて、自分の誕生日すら覚えてなかった。だから、あんたのことも覚えていない。覚えているのは、自分の名前」


 それと、と言ってから息を吸った。


「自分が、ガーディアンだってこと。それだけだった」


 その言葉を聞いた瞬間、トムは大きな笑い声を上げた。自分の怪我も気にせず、子供のように無邪気に笑い始めた。

 ゾディアックも、ワイバーンに乗ったままのロゼも驚きの眼差しを向けた。


「な、何がおかしい」

「いやいや。そうか、ガーディアンか。お前がか」

「……そうだろう? 俺は、それを信じて、活動してきた。人々を守るために、闘ってきたんだ。その記憶があるんだ」


 自分の胸元に手を当てて心情を吐露するゾディアックを、トムは冷ややかな眼差しで見つめた。


「そうか。なるほどな」

「……頼みがある。俺を知っているなら、何でもいい。教えて欲しいんだ」

「お前、今の生活に不満はあるか?」

「え?」

「今の生き方に不満や不安はあるか?」


 質問に対し、ゾディアックは頭を振った。


「いや」

「なら教えるわけにはいかない」


 水溜りが広がっていく。トムの体が、だんだんと、その黒い水に沈んでいく。


「ま、待ってくれ。それでも知りたいんだ。自分がどんな人間だったのか」

「さぁなぁ」

「……トム」


 ゾディアックは友と名乗る相手の名前を言った。

 だが、相手は頭を振った。


「駄目だ。呼ばれても心に響かん。お前はまるで、皮だけあいつの別人のようだ」


 ゾディアックは唇を絞めた。もう何も言えない。多分相手も何も言わないだろう。

 諦めたように、首を垂れた。

 

「……いや、違うか。心はあいつのままなんだな」

「え?」


 ゾディアックは顔を上げてトムを見た。その時、視界が揺らいでいるのに気づく。

 目元を擦ると、眼が濡れていた。

 涙を流していたのだ。自分でも気づかないうちに、大粒の涙を流していた。


「俺のために泣いてくれるのか。ああ、よかった……本当に、会えてよかった」


 トムは切なげな頬笑みを浮かべた。


「その涙の礼だ。お前の言葉を信じて、少しだけ教えてやる」


 トムは空に視線を向けた。


「お前が記憶を失った、2年前か。ちょうどその時、俺も死んだ。そして霊体になって蘇った」

「自分で魔法を、使用してか」

「違う」


 トムは目を細めた。


「”あいつ”が、俺を蘇らせたんだ」

「……あいつ?」

「俺は別に、お前を恨んでなかった。だけどあいつのせいで、お前を恨むように思考を組み替えられたんだ。自分を取り戻そうとして、お前がいるこの街で、なんとか抵抗してみたが」


 ゾディアックの脳裏に、トムの行動がよぎる。わざとらしい襲撃や言動は、自分を取り戻そうとしていたゆえの行いだったのか。


「このザマだ。やっと俺を取り戻せたと思ったが、死ぬ間際になるとは。まぁワイバーンから落ちた時点であいつの監視も逃れることができた。だから今、こうやって自由に喋ることができている」


 トムはくつくつと笑った。


「ざまぁみろ、あのバカ。頭いいんだから最後まで油断するなって教えていたのにな」


 視線がゾディアックに向けられる。


「油断するなよ、ゾディアック。あいつはお前を恨んでいる。なぜかは言わない。黙っていれば向こうから勝手にやって来るだろうさ。でも、お前が記憶を思い出したら、きっとお前から会いに行くことになるだろうな」

「……すまない、トム」

「……何がだ?」

「俺を友だと言ってくれる存在に、俺の記憶を知っている者に、ようやく会えたんだ。けれど。俺は、トムのことを何も思い出せない。ただ……心が叫んで涙が零れ落ちている。悲しんでいるのに、思い出せないんだ。きっと大切な友達だっただろうに、何も……本当に、すまない」


 自分の気持ちすらしっかりと理解できない、不甲斐なさを感じたゾディアックは、ただ頭を下げることしかできなかった。

 トムはそれを見て、満足そうに口角を上げた。


「ああ、よかった。本当にゾディアックだ。お前の泣き虫っぷり、また見れるとは」

「……泣き虫だったんだな、俺は」

「そうだよ。なぁ、ゾディアック。ひとつだけ聞かせてくれ」

「ん?」


 トムの視線がワイバーンに向けられる。


「お前、女の趣味変わったな」

「……は?」

「あの金髪のちびっ子、恋人かなんかだろう? 記憶取り戻したら恥ずかしく死ぬかもな」

「な、なんだよそれ」

「ははは。いや、なんでも。もういいんだ……今度はしっかり守り通せよ」


 トムの体が沈んでいく。もう首から下は液体と化していた。


「お別れだ、ゾディアック」

「……ああ」

「もうひとつだけ、教えてやるよ、我が主」


 トムの顔が半分液体と化す。それでも、言葉を発した。


「お前は、世界の敵、なんだよ」


 そう言った後、唇を動かした。


「だから俺らは、あんたの作る世界を、見たかったんだ」


 言い終えた次の瞬間、トムは黒い水と化し、その姿を消した。

 友と名乗っていた者が死んだ衝撃と、今わの際に放った言葉が、ゾディアックの頭の中に渦巻いた。


 お前は世界の敵なんだよ。

 それは、夢で見ていた、何者かの台詞と同じだった。


 いったい自分は、誰なんだろう。


「俺は、いったい、何なんだ?」


 ゾディアックの疑問に答える者は誰もおらず、ただ暖かな夕陽と心地よい風が、ゾディアックの濡れた頬を撫で続けた。





お読みいただき、ありがとうございます。


次回もよろしくお願いします。

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