第102話「フライ・"エスケープ"・アサシン」
銃がどういった武器であるか、職業柄目の当たりにすることはしばしばあった。暗殺を行う際、有用な武器であるということも一目で理解した。
だからトムは、目の前にいるベルクートから、以前銃を買ったのだ。
だがそれは、ハンドガンと呼ばれる代物であった。
ベルクートが今持っている銃は短機関銃。「サブマシンガン」とも呼ばれるこの武器を、トムは見たことがない。
銃口から弾丸が発射され、トムは横に転がって避けた。銃は一発一発の連射力が弓より速い。それでも、トムにとっては避けられるものであった。
だが今回は違った。
サブマシンガンから放たれる弾丸は連射力が異常に高く、一回避けて距離を詰める、ということができなかった。
遮蔽物が必要だとトムは考え、今しがた出てきた路地に身を隠す。
壁が銃弾で抉れる。これが連続で叩きこまれるのは避けたかった。
数秒後、銃弾の雨が止んだ。
トムは顔を出せずにいた。装填の音が聞こえないため、弾切れを見越して出てきたところを撃つつもりらしい。
「どうした。何避けてんだよ。霊体なんだろあんた」
ベルクートが挑発する。
トムは目を丸くした。なぜ知っている。
理由はすぐにわかった。ラズィだ。彼女が教えたのだろう。
「さっさと出て来ねぇと北地区の衛士たちが来ちまうぞ~」
「ふん。お前の方こそいいのか? こんなところでそんな物を使ったら、捕まるのはそっちじゃないか?」
「そん時は、うちの優秀な仲間が助けてくれるさ」
ベルクートは大声で喋っていた。理由は装填の音をかき消すためだ。
マガジンを取り出す際、地面に落とさないよう手の平を添え、素早く入れ替える。喋り終えると同時に、銃身の横にあるコッキングレバーを動かす音が鳴った。
「しっかし、わかんねぇな、あんた。なんでいきなり正体バラして、こんな派手に暴れ始めたんだ? 今まで通り、暗殺者らしく動いていればよかったじゃねぇか」
ベルクートが歩いて距離を詰める。
「考えてみれば不可解な行動ばかりだ。大量に痕跡を残して、わざとらしく俺やセントラルに顔を出して。おまけに無駄に魔力を消耗して、まともに戦えないくらいヘトヘトになっている」
トムが隠れている路地の少し手前で、ベルクートは立ち止まった。
「霊体は無敵じゃない。相性があれど、攻撃を食らえば魔力が減る。尽きれば核が剥き出しになる」
声が近くなったことを感じ取り、トムは背中からマチェットを抜いた。そのことを知らないベルクートは言葉を続ける。
「あんたまるで、”自分を止めて欲しい”、って言ってるみたいだな」
トムが目を開き、眉間に皺寄せると路地から身を出した。フロントサイト越しに相手の表情を見たベルクートは確信した。
こいつは、死にたがってるんだ。
ベルクートが引き金を引いた。
トムの巨躯に銃弾が撃ち込まれる。しかしその猛進は止まらない。血が一滴も出ない体を前に前に出しながら距離を詰める。
間合いに入りマチェットを振り上げた。
その時だった。
ふたりの間に長い黒髪を靡かせる少女が身を滑り込ませ、手の平をトムにかざす。次いで衝撃がトムを襲った。
黒髪の剣士、カルミンの手から紫電が迸っていた。
雷撃弾。どんなガーディアンでも使える初級の雷系魔法だった。
紫電はトムを後方に下げ、その動きを一瞬止めた。
それで充分だった。
風を切る音が鳴ったかと思うと、緑色の矢がトムの頭部に突き刺さった。
仰け反りながらもトムは弓を射ってきた相手を見つける。
後方の高い建物の屋上から、紫髪の弓術士、ビオレが矢を構えて立っていた。
エンチャントされた矢の威力は凄まじく、背中から地面に叩きつけられた。
「終わりだな」
ベルクートの言葉を聞いて、トムは素早く立ち上がり矢を引き抜いた。
ビオレが再び弓を構え、カルミンが剣を構える。
これでも死なないか。そう思ったベルクートが指を鳴らす。
直後、緑色の炎が四方からトムを襲った。標的を燃やし尽くすまで止まらない、そして標的以外には当たらない地獄の火炎。トムは斜め前方に飛んだが、炎がマチェットを持つ右腕に当たった。
トムは瞬時にマチェットを左手に持ち替え右腕を飛ばした。
いくら霊体とはいえ、何の躊躇いもなく腕を切り落とすその動作を目の当たりにし、ビオレは矢を絞っていた力を弱めてしまった。
トムはマチェットを投げ飛ばし身を翻した。
カルミンが飛んできた武器を弾き、ベルクートが銃を構える。
だが、引き金を引けなかった。
トムは馬車に近づき、隠れていた馭者を捕まえ、ベルクートに見せつけたからだ。
「ひぃいいい!!」
馭者の野太い声が上がる。怯えた表情で、喉元に突きつけられた、鋭利な刃物の如き獣人の爪を見つめている。
舌打ちしてベルクートは魔法に切り替えようとした。その一瞬の隙をついて馭者を離すと、馬の尻を叩いた。
馬が悲鳴に似た鳴き声を上げ暴れる。荷台の物が宙を舞い散乱した。
遠くにいたビオレは完全にトムを見失ってしまう。
「逃がすか!!」
走り去っていくトムの背中を睨み、ベルクートが炎を発動する。襲いかかる炎は追いつけなかった。魔法で身体能力を上げているのか、炎が襲うスピードよりも、トムの足の方が速かった。
「追撃します!」
カルミンが駆け出そうとする。その腕をベルクートは掴んだ。
「おじさま!?」
「大丈夫だ。本当はここで仕留められればよかったんだが、充分だろ」
「け、けど、まだ”あの方”が来るとは」
「それも大丈夫」
トムはポケットからアンバーシェルを取り出し、画面を見せた。
『暗殺者が仕留めに行った』
短い、ゾディアックのメッセージが、そこには表示されていた。
★★★
「……な、何だ、お前は!?」
「止まれ!! ここは汚らしい獣人が来るところでは」
立派な銀でできた巨大な門の前にいた衛士が叫ぶ。
トムは一瞬で間合いを詰め、躊躇いもなく爪で片方の顔面を引き裂いた。
「ぎゃあああああああ!!」
叫び声を上げた衛士が持っていた槍を手放し、両手で顔を押さえた。支えがなくなった槍を奪い取ると、もうひとりの喉元を突く。
目を見開いて口から血を吐き出す衛士を見ると素早く矛を抜き、叫び声を上げ続けている方の背中に槍を突き刺した。叫び声が止まり、辺りが静寂に包まれる。
ここがたったふたりしか衛士を配置していないことは調査済みだった。手早く衛士たちを倒したトムは、北地区を駆け抜けていく。
道中煌びやかな衣装に身を包んだ住民とすれ違った。住民は叫ぶか罵詈雑言を飛ばすかのどちらかだった。
だがそんなことはどうでもよかった。
トムは一心不乱に、北地区にしかないある場所、飛竜乗り場を目指していた。
★★★
サフィリア宝城都市は小国とはいえ、街中の移動は人が多く苦労する。そのため乗り物がいくつかある。
街中を駆ける馬と馬車。
時期的に今は使えない火炎蜥蜴こと大型の陸上移動乗り物、サラマンダー。
数は少ないが地下を走る土竜龍ことアトモス。
そして2年前にできた空の乗り物、”ワイバーン”である。
姿形はほとんどドラゴンだが、気性は大人しく火も吹かない。魔力をほぼ飛ぶことだけに使っている、空を愛しているモンスターだ。
個体の大きさは幅広いが、色はどれも緑色である。
その機動力と乗り心地の良さ、そして空を飛べるという点から高い注目と人気を集めている乗り物だ。
しかし現在は北地区に住む上級の国民しか乗ることができない。投資した北地区の富豪の意向で、発着場が北地区にしかできなかったのが原因だ。
そのため、トムが発着場にたどり着くまでのルートを調べるのは、地区に入らずとも充分可能であった。
手薄だった門から発着場までの道のりはほぼ一本道だった。夕方に近い時間帯のせいか人通りが多く、駆けつけた衛士たちが住民に阻まれる始末。
運はトムに向いていた。
国の外壁近くにある、他地区と分け隔てる壁よりも遥かに大きい塔のような建物が見えた。ワイバーンの発着場だった。
入口から中に行くと昇降機が見えそれに飛び乗る。魔力で動かす物らしくトムは素早くボタンを押しながら魔力を流した。
昇降機はものの数秒で頂上まで到達する。昇降機から降りて外に出ると、猛烈な風がトムを襲った。
「ぐっ……」
鬣が揺れ、残った左腕で顔を隠す。調べでは、魔法で作られた防護壁が展開されているはずだが。
トムは風にあおられながらもワイバーンを探す。
昇降機を中心に円形となっているこの場所は、全部で8つの着陸場所が存在する。そのうちのひとつに、巨大なワイバーンがいた。
まるで壁だ。その背中に何十人も乗れそうな、強靭な背をまざまざと見せつけている。
この風でもビクともせず、無限に広がる地平線を見つめていた。縄に繋がれているわけでもない。
トムはワイバーンに近づくと、巨大な両眼がトムを見た。
いつもの騎手とは違う獣人を目の当たりにしたワイバーンは、ジッと見続ける。
「……乗せてくれるか?」
言葉が理解出るわけではない。
だがワイバーンは、まるで「乗れ」とでも言うように体を下げた。
トムは背中に飛び乗ると首の付け根に跨るように座り、手綱を握りしめる。片手で、おまけに初めての乗り物。上手く扱える自信はなかったが、やるしかないと踏んでいた。
「行け!!」
馬と同様の発進方法を試みる。するとワイバーンは意図を組んだように両翼を広げ動かし始めた。
そのまま上昇し塔を飛び立った、かと思った瞬間、巨体は一気に降下した。
間違ったか。このままでは街に墜落する。トムは奥歯を噛み片手で手綱を持ち上げる。
降下していたワイバーンは一気に巨体を持ち上げ翼を動かす。うってかわって、今度は上昇し続けた。
「よし……」
安堵の息をつく。これで逃亡成功だ。
勝った。トムはそう確信していた。
その背中に、殺気がかけられる。何度も感じたことのある殺気だった。
さきほどの下降した瞬間に飛び乗ったのか。その勇気と行動力にトムは感心しながら、首から上を動かし、肩越しに相手を捉えた。
ナイフを片手に持った、顔の半分に包帯を巻いたラズィが立っていた。服もボロボロで満身創痍といった具合だ。
残った片目から感じられるのは、明確な殺意。
「殺しに来ました……師匠」
「……」
「決着を、つけましょう」
サフィリア宝城都市の上空。ワイバーンの背中の上に立つふたりの暗殺者を。
巨大な夕陽が、照らしていた。
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