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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert1.パンケーキ
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第9話「風」

 ビオレの住む村は、500人程度のグレイス族が住んでいる小さな村だ。住民はグレイス族のみで構成されているため、自然が荒らされる心配もなければ、同族同士での争いも起きない。全員が日々狩りをして、作物を育て、平穏に暮らしている。


 グレイス族は自然の声を聞くことができるという強みを持っている。そのため、緑が濃い場所に村を作ってそこに住み、自然を守りながら生活を営む。


 ゆえにグレイス族は、”自然の民”と、この世界(サンクティーレ)では呼ばれている種族である。

 ヒューダ族……人間とは異なる存在である亜人として、認識されている。


 容姿はヒューダ族に近いが、全員尖ったような長い耳を持っているという特徴がある。大人になると、すらりとした長い手足が目立つようになる。

 大きな違いはその寿命の長さ。子供と分類されるビオレでさえ「31」歳であり、ヒューダ族ではもう「おばさん」呼ばわりされる年だ。しかし容姿はヒューダ族の10歳そこらの少女にしか見えず、知能もそれと同等だ。


 ビオレはため息をついた。

 世界を駆けたい。尊敬する父のように、世界中を旅し、名を馳せたい。

 自分の夢を胸中に秘めながら歩いていると、村の入口が見えてきた。


「おかえり、ビオレ」


 村の入口に立つ衛士が、長い右手を上げ気軽に話しかけてくる。


「うん、ただいまぁ」


 ビオレは片手を上げ返事をした。

 衛士はビオレを見て訝しんだ。


「どうした。ボロボロになって……魔力(ヴェーナ)も減っているぞ」


 この世界(サンクティーレ)の生き物たちは、老若男女問わず全員が、体の中に流れる魔力(ヴェーナ)を探知できる力を持っている。それは自分の魔力(ヴェーナ)だけでなく、他人の魔力(ヴェーナ)も探知することが可能だ。

 衛士は、心配そうな表情を浮かべる。


「モンスターか? それともヒューダ族に襲われたのか?」

「違う。ラミエルと特訓してたの」

「ラミエル様がいらしてたのか!? ……あとで挨拶に行かなければ」

「うん。行ってあげて。寂しそうにしてたから」


 そこで話を切り上げると、村の中へ足を踏み入れ、自分が住む家へと向かった。

 村を歩いていると、野菜屋の男性店主や、学校の教師、近所の人に声をかけられる。

 ビオレはこの村の村長の娘であるため、全員がいい顔をする。それをビオレは嫌っていなかった。むしろ、好んでいると言ってもいい。

 

 適当に挨拶をし、貢物を貰いながら、村の中心にある自宅へ向かう。(うるし)を塗られた黒い木造建ての家に、村長でもある父とふたりで暮らしている。


「ただいまー」


 扉を開けると、布服を着たシャイアス・ミラージュがいつもの仏頂面を浮かばせながら、玄関に立っていた。

 彫りの深い顔をしている大柄な男性。肉体は彫刻の如く鍛え抜かれている。華奢で美形が多いグレイス族の中では異質と言わざるを得ない容姿をしていた。


「どこに行っていた」


 眉間に皺を寄せて言った。ただでさえ厳つい顔をしているため、怖さが倍増している。ビオレは思わず、顔をしかめて後退(あとずさ)りしてしまう。


 ――おかえりくらいは言ってくれてもいいのに。


「……散歩」


 誤魔化すように言うと、シャイアスは鼻で笑った。


魔力(ヴェーナ)を消耗してか? また勝手に魔法を使ったな」

「いいでしょ、別に」

「駄目だ。ガーディアンになりたいのだろう。なら、しっかりと規則を守れ。お前たちに教えている技術は、生きとし生ける物たちを傷つけることができる、危険な物なのだ」


 無機質な声をかけられ、ビオレは視線を地面に向けた。


「わかってるよ」


 最悪だった。突然説教が始まるとは。

 シャイアスは、村の子供たちや兵士に戦い方を教えている教官だ。その教官の娘が私利私欲で学んできたことを使っていたら、示しがつかないのだろう。

 ビオレは諦めて説教を聞き入れようと項垂れた。


「どうして魔法を使った」

「特訓」

「ひとりでか」


 ビオレは頭を振ってシャイアスを見据えた。

 

「ラミエル。昨日教わった風の魔法、ちゃんと制御できるようにした」


 シャイアスは苦虫を嚙み潰したような顔をした。ビオレはそれを見て、唇を尖らせる。

 いくら尊敬する父とはいえ、その反応は失礼なのではないか。ビオレはラミエルが馬鹿にされたら、言い返すつもりでいた。


「ビオレ。ラミエルは――」

「ビオレ!!」


 後ろから甲高い声をかけられた。振り向くと、弓を持ったビオレと同じ訓練生の少女がいた。


「害獣が出た! 早く倒しに行かないと畑荒らされちゃうよ!!」

「わかった!!」


 ビオレはすぐに返事をすると、シャイアスの横をすり抜けるように家に上がり、自室に向かう。

 自分の弓を手に取り、再び玄関で靴を履く。


「ビオレ」

「帰ったら話聞くから!!」


 面倒くさい説教など、ごめんだった。害獣を仕留めて帰ってくれば、怒るに怒れないだろう。

 ビオレは仲間と合流した。ビオレを呼んだ同い年の子は、シャイアスに申し訳なさそうに頭を下げた。


「いいよ。頭なんか下げなくて」

「でも村長だし――」

「そんなことより、害獣はどこ!?」


 まるで友達と遊びに行くような感覚で駆け出し、ビオレはその場を後にした。

 シャイアスは遠ざかっていく背中を見つめながらため息をつくと、玄関を閉めた。


「……ラミエル、か」


 悩みの種である名を聞いたシャイアスは後頭部を掻いた。

 先日、自然がこんなことを言ってきた。


『赤き竜をこの地から追い出せ』


 それは避けたいと、シャイアスは言った。今までヒューダ族の魔の手から逃れることができたのは、ラミエルの力だ。

 だが自然はお構いなしに苦言を呈してきた。


『あれは災厄をもたらす』


 いったいどういうことなのか。あの優しい竜が、なにをしでかすのか。

 シャイアスにはまったく想像もつかなかった


★★★


 「ブル・ボア」というモンスターは、自然を踏み荒らす害獣そのものである。

 巨大な牙が特徴的な、猪のような見た目をしたモンスターであり、体長は3メートル近くもある巨大な体躯をしている。攻撃手段でもある突進をまともに食らえば、無事では済まない。

 だが、そんな凶暴な見た目でありながら、主な食料は木々や葉っぱ、畑の野菜や果物である。つまり、草食なのだ。


 自然の民であるグレイス族の怒りを買うのは当然だった。ただの生き物ならまだしも、ただ暴れたい時に暴れ、食いたい時に食うモンスターが相手となれば話は別だ。

 グレイス族は、このモンスターを害獣扱いして処理を行っている。これもガーディアンを目指す者達にとっては、立派な仕事だった。


 目標のブル・ボアを見つけたビオレは、木々の上で待機する。周りには5人、自分と同じく弓を持った者たちがいる。


「私が()る」


 ビオレは弓を構える。仲間のひとりが不服そうな声を出した。


「待てよ。一斉射撃で」

「ひとりで充分だよ」


 腰の矢筒から矢を取り出し、弦を引く。

 集中し、頭部に狙いを定め、矢を放った。

 放たれた矢は直線に近い弧を描きながら、標的に向かっていく。


 その時、ブル・ボアが急に体を横に向けた。音に反応したのか、それともただの気まぐれか。

 予想外の動きをしたため、ビオレの放った必殺の矢は、巨大な牙に弾かれた。


「ばかっ!」


 ひとりが大慌てで声を張り上げた。

 ブル・ボアが大声で鳴き、その場を走り去ろうと前脚を上げた。

 だが駆け出すよりも早く、再び放ったビオレの矢が、右前脚に突き刺さった。


 ブル・ボアが体の異変を感じ取り、その場で踏ん張る。その硬直を見逃さず、ビオレは3本目となる矢を素早く放つ。

 矢は風を切り、一瞬の光のように空を駆け、今度こそブル・ボアの頭に突き刺さった。矢じりは深々と脳天にめりこまれ、鳴き声も発さぬまま、巨大な体が(かし)いだ。


 ズズン、という音と共に害獣が地に伏す。もうピクリとも動いていなかった。


「さっすがビオレ。急所一発で射貫いちゃうなんて」


 賞賛の言葉に、ビオレは鼻を高くする。


「当然。だって、私はお父さんの娘だもん」


 自慢気に言って、木を下りた。倒れて絶命しているブル・ボアを見下ろしながら、ビオレはため息をついた。


 こんな雑魚ではなく、ガーディアンになって、強力な敵を倒したい。


 ビオレは自分が有名になる姿を思い描きながら、モンスターの処理をしようと、仲間たちに指示を出し始めた。



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