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スライム

作者: スライム

有る森で、一体の魔物が生まれる。

それは、スライム。粘液状の魔物だった。


スライムは弱いが、沢山沢山産まれてくる。その内のとんでもなく幸運な一体が長い年月を生き残り、ゆっくりと自我と理性、知性を獲得していった。


『ゴブリン。喰う。分裂』

ゴブリンは頭を覆ってしまえば簡単に狩れる、スライムの獲物だ。普通のスライムは覆っても振り落とされるが、進化したスライムの筋力値は十分。スライムは死んだゴブリンを美味しそうに消化、吸収した。


ゴブリンも弱いので、群れる。

6体で行動していたゴブリンは()()()襲われ、静かに全滅した。


スライムは分裂して、同時に襲ったのだった。

そのスライムは、自我を得て死を強く恐れ。

理性、知性を得て保険の一つを各地に隠す。


森ごと大火力で焼き尽くさねば死なない、不死身のスライムが居た。


『体積増加。発見危険。分裂縮小』

スライムは身体が大きい事が必ずしも有利では無いと知っていた。スライムの身体は極限まで圧縮されているが、ゴブリンと言えども6体を吸収した事で増える。また一つ、スライムの身体が増えた。


一つのスライムの大きさは一般的な人間の手のひら程。ゴブリン6体がそれ一つ分に圧縮されたと言えば凄さが分かるだろうか。

因みに、この世界。原子なんかではなく魔力が基準なので、物理法則はほどよく無視して頂きたい。


それでも、魔力の密度が強さ(強度)に匹敵する。普通のスライムは美味しいゼリーだとすれば、このスライムは対斬性、対突性の高いゴム。当然、打撃にも強い……ゴムだから。そして物理的(魔力密度的)に魔法にも強いのだ。


『人間。強い。注意』

分裂しようとも、元は一つのスライム。

情報共有が出来る。各地に隠れたスライムによって人間が森に入った事が知らされた。

ゴブリン6体分の魔力を手のひら大に収められる技量のスライムは当然、魔力が漏れないようコントロール出来る。臭いも音もほとんどないスライムは漏れ出る魔力で察知するのだが……。



「ここが、旧初心者の森」

「オレ達が正体不明の敵を倒せば初心者の森に戻るって」

「正体不明の敵ねえ。……"誘拐犯(キドナップ)"だっけ」

「死体が無いから生死すら不明って。怪しいの居る?」

「う~ん。スライムの反応が多いけど、特に強い魔物が居る訳でも……、誘拐……ゴブリンの巣は有るかな?」

「まさか、スライムに溶かされた訳でも有るまいし、ゴブリンの巣ってどの程度だ?」

「2、30体」

「無いな。まあ、一応潰しておくが。場所は?」

「森の中心近い。本当にただの初心者の森なんだよなぁ」

「キドナップの手掛かりでも有れば良いけど」

「何でオレ達が、ゴブリン退治」

「本当に。ドラゴン退治ならやりがいも有るのに」

「ンしか合ってねえ」


『ゴブリン。餌。……包囲』

『キドナップ。人間。最後』

『移動。場所候補。街』


スライム……キドナップと呼ばれる存在が居るのに、ゴブリンが中心に巣を作る。

ゴブリンはスライムの餌であり、人間を釣る餌でもあった。


森の中で、スライムが移動する。粘液状の魔物は音をたてない。

分裂したスライムはまたくっついて、一体のスライムへ戻っていく。中心を避けるようにドーナツ型に。


最後の一つが混じった瞬間、ザアァッ──っと中心に雪崩れ込む。人間は魔力で強化しても人間。例えキドナップと呼ばれるスライムの攻撃力では傷付けられないとしても、ゴブリンと同じで呼吸を止めてしまえば死ぬ。


人間はもがくが、スライムの中で浮力なんてほとんど働かない。足も地面を滑るだけで移動は不可能。スライムの粘液で身体を動かすのすら重労働だ。

魔法使いは混乱の中、魔法を撃とうとするもスライムの魔力密度に掻き消される。


ややあって、人間は死んでスライムに吸収され始める。

そしてスライムはまた、小さく小さく分裂して移動を始めた。人間はゴブリンよりも上等だった。


森は強い人間が派遣される程、キドナップが警戒されてしまった。それを理解したスライムは警戒されにくい場所へ移動するのだ。


いくらスライムでも、分裂出来る最低魔力量が有るが、魔力密度の高いキドナップはその最低魔力量でサイズが1cm未満になる。

慎重に我慢強くキドナップは近くの人間の街に侵入する。


時に、旅人にくっついて。

あるいは、街道を通る馬車にくっついて。

そして、流れる水に乗って。


小さいとその分、魔力が減る。

性質にも寄るが、物体と物体の衝突は衝突した部分の魔力が小さい方が弱い。

つまり、最小スライムはスライムの性質をもってしてもプチっと潰される個体が有った。


「ん?スライムの魔石?はっはっは。やっぱ、スライムは弱いなあ。いつ潰したかも分からなかったぜ」


僅かな犠牲を生みつつも、街への侵入を果たしたスライム。

『スラム。弱い人間。優先』

『スライム。下水浄化。ゴミ』

『スラム。スライム。喰う』


社会的立場の弱い人間は消えても騒ぎにならない。

人間はスライムの区別はつかない。

人間の街にはスライムの食べ物が多く有った。


キドナップ。

それでも人間の間では、大規模な人拐い集団が居ると噂になる。


「くそっ、キドナップは何処に居るってんだ!街から人が出た様子もねえ。内通者を疑ってみても見つかるのはコソドロだけ」

「団長一旦、別の方向から探りを入れてみては?知能の高い魔物が潜り込んで居る可能性が……」

「とっくにギルドに依頼したさ!……いや、ギルド自体が……」


街中に居る魔物は"掃除屋"と呼ばれるスライムのみ。

人間は疑心暗鬼へと陥っていく。


『ターゲッと。疑い。同士討ち』

『副団長。トイレ。集合千』

『中。天井。見張り』


憲兵団とギルド。

普段から余り仲の良くない集団は意図的に争わされる。

攻撃力が皆無に等しく、何でも食べるスライムは街のあちこちに居る。きっちり魔法で防諜された部屋にも、ゴミ箱の中にスライムは堂々と居る。人が無防備になるトイレにも。


「ママー。向こうの○○君、引っ越したって」

「この街にキドナップが現れてから、不穏よねえ」

「ただいま。ったく、同僚が夜逃げのように引っ越したから忙しいぜ。……ん?おい、ゴミ箱スライムが逃げてねえk……!」

「……っ」

「──」


『静かに。速やかに。一斉に』

『服。食料。お金』

『人間。喰らう。夜逃げ。』


『門。待ち伏せ。ニガサナイ』


夜逃げする人は毎夜、増える。

いきなり一家で消える家族。

親しい人には告げて逃げても、門から外は魔物の世界。

行方は分からない。

門番は、見張りは、やはり家族が居るのだ。キドナップが蔓延る街から家族を逃がしたい気持ちは同じ……なのかも知れない。


「あああああ!何故!いつの間に!どうしてこうなった!街の民衆は何処へ消えた!?近隣の街からの返事は!?憲兵は何をしていた!」

「落ち着いてください、街長様。憲兵も所詮は平民。半数が居なくなっております」

「何処が落ち着けるかぁ!!!」



叫ぶ街長も、その日の晩には居なくなった。

平民は逃げたんだと口々に罵る。

しかし漸く、いや、とっくに街の人間は気付いていた。

キドナップ。

たかが誘拐犯の集団では無い、と。


何処ぞの邪神教に生け贄だ。

いやいや、国の研究所の実験台だ。

違う、呪いだ、神の罰だ、悪魔の仕業だ……。


既に、街に残るのは街から逃げられない人間だけ。

少しずつ、少しずつ。

人間はスライムに吸収され、スライムは増える。

いよいよ、街はスライムに飲み込まれた。


『喰らえ。喰らえ。喰らえ』





「……!誰か!」

「隊長!この街から連絡が途絶えて1ヶ月でしたっけ?」

「……ああ。とは言え、途絶えたのに気付いたのは1週間前だが。それ以前におかしな所が無かった為、気付くのが遅れた」

魔物や盗賊など、連絡手段は不安定である。

「つまり、1ヶ月前まで普通に街が有ったんスよね?」

「……ああ」

「……1ヶ月で……これっスか……」


異変に気付いた近くの街から、調査隊が派遣された。

そこに有ったのは、無人の街。

いや、壁。

魔物から街を守る為の壁は、外から見ればいつも通りだったが、その中に街は存在しなかった。

人間も人工物も存在しなかった。


地下が有っただろう場所は窪み。

それ以外は平らな地面。

石畳すら残っては居ない。


「……ここの、人間は?」

「……もう居ないだろうな」

「こんな……誰が……」

「人間業では、無いな」

「では、」

「……もう見るモノは無い。一度、我らの街に戻って報告するぞ」


人工物は自然の土や石よりも魔力が多く、スライムにとって美味しい。

因みに木は死ぬまで時間がかかるので、スライムは余り食べない。


『街。次の。狩場』

『ダイエッと。体積。減らす』

『人間。危険。鍛える』

『魔力。圧縮。訓練』


スライムは街を正式に狩場だと認識した。

そして、ただ喰らうだけじゃないスライムは一度、人間から距離を置いて自身の強化に努める。


キドナップ。

一夜にして消えた街として噂になり、広く知れ渡ったその言葉はいつしかスライムに定着した。


『キドナ、街に、食事』


キドナップは噂を経てキドナと移り変わり、数十年に一度、何処かで起きる災害の名前へと変化する。


「……もうすぐ、キドナの時期か」

「最近、スライム学者がキドナの正体はスライムだと……」

「スライム狂の発表など、信じたのか?」

「いいえ、まさか。今回もこの街がキドナに襲われませんように、と」

「はっはっは。スライムならキドナとやらも恐れるに足らんが……」

「……キドナは何なんでしょうね」


プルプルと、スライムはゴミ箱の中で話を聞く。

『キドナは、スライム。生きるのに理由が要る?』

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