1:よくある異世界ものです
「…あなた、正気ですか?」
俺の目の前の美少女が問う。見た目は14,5歳の可憐な少女で、大きなオフィスデスクを前にチェアにちょこんと座っている。
白い壁、天井、床…窓もなくまったく飾り気のない簡素極まる部屋。ここがどこかすらもはっきりとわからない、そんな曖昧な雰囲気だ。
「俺は本気です!ぜひヤらせてください!」
それでも俺は元気なようで、頭を床につけ、自分ができる精いっぱいの土下座を以て目の前の美少女へ懇願した。
彼女が着ている神官服のような衣装の長いスカートにはスリットがあり、そこから白い太ももがチラチラと見えていて非常になまめかしい。
「私はイヤじゃないですが…ですがその…経験もないわけですし…」
少女は少し戸惑うように目線をそらしながら、悩んでいる。
「いやいやいやいや、初体験だからこそいまヤってみるべきでは!?」
なおも俺は食い下がる。絶対にここで引くわけにはいかないのだ。自分としてはこのチャンスを無駄にはできない。
「そういうものでしょうか…?…こういのってもっとお互い知り合ってからではないですか…?」
少女は恥ずかしそうに脚をもじもじさせながら顔をあかくしてチラチラとこちらを見る。
これは押せばイケそうだ、そう思った大人な紳士がやることはこれしかない。
「いいえ、それでも私はあきらめられません!」
俺は意を決して大きく息を吸い込むと、深く、そして丁寧に頭を地につけ、大きな声でお願いした。
「 俺を! 部下にしてください!!!!!!!」
「…あなたみたいな人は本当に異例です…。よろしいでしょう。あなたを弟子とし、ここへの転生を許可します。ですが、本気で働いてくださいね。」
少女はなにかあきれたような、ほっとするような、うれしいような表情でほほ笑んだ。
この日、俺は少女の部下となった。
最近よくある、所謂「異世界転生モノ」と言われる物語の概要は、主人公が事故か何かで死んでしまって、それをトリガーに異世界にいきなり転生してしまうというものだ。大抵主人公はその際になにか能力だとか、スキルだとか、スマホとか持って行ったりする。
そういうものなのだ。
しかしその日の俺は大きくイメージを裏切られたのだった。
初夏のことだったと思う。
ふと気が付くと、驚くことに俺の目の前にはシュールな光景が広がっていた。
「なんだここは…」
何かの建物の中なのか、真っ白い廊下に横一列に並べられた椅子に俺は座っていた。その廊下の椅子の前には扉があり、さっき俺が座っている目の前を小太りな男性がその扉を開けて入っていった。
その扉には「転生面接中につき、静粛にお願いします」と書かれた張り紙がしてあった。
部屋の中の声はうっすら外まで聞こえており、中では少女の声と、さっきの男性のものであろう声が順序に聞こえてくる。どうやら何かの問答をしているようだ。さしずめ、面接か何かだと、すぐに予想はついた。いったい何の面接だ?どこの空間なんだここは…?
そんな考えを巡らせていると
「お疲れさまでした・・・あなたは魔法と亜人属の・・・世界への転生が認可・・・ました。現在から召喚を行います・・・お気をつけください。それではよいセカンドライフを!」
と言う声が聞こえた。次の瞬間、扉の隙間から外側のこっちまで光があふれ出してきた。
一体何が起こったんだ…?
訳も分からないうちに、その扉がひとりでに開いた。中には先ほどの男性の姿はなく、代わりに声の主である少女が部屋の奥のビジネスデスクに座りながら、俺に微笑んでいた。
「次の方どうぞー。」
「あ…はい。」
次の方というが、ここに俺以外人がいない。つまり俺のことだろうというのはすぐに察しがついた。
扉を開けると、14歳、15歳ぐらいの神官服のような衣装を纏った少女が身の丈に合わないような大きなオフィスデスクを前に座っている。
「ふむ、次の方はあなたですか。」
デスクに広げてある資料に目を通しつつ、交互に俺をチラチラ見ている。
・・・まるで就職面接のような感じだ。
「えーっと・・・・・・ん?主だった情報がないですね。」
「えーっと、ちょっと待ってほしい・・・君は・・・?」
「私はここの転生管理課担当のアリス1等管理官です。あなたの転生をサポートいたします。」
「なんだこれ・・・悪い夢か?」
俺がそうつぶやくと神官服の少女はくすっと笑って言った。
「夢だとしても悪くはないでしょう?こんなに美しい少女を目の前にしているのですから。」
などとアリスとやらが冗談めかしながら笑って言う。
かわいいじゃないか。
なるほど、確かに夢だったとしても悪くはないだろう。だがしかし、この必要なもの以外何もない白っぽい部屋にも飽きてきた。悪いが目を覚まさせてもらおう。
いやぁ、自分で意識を操れる夢は初めてだったなぁなどと思いながら、夢から覚める古典的手法-頬っぺたをつねってみた。
さぁ夢が・・・・覚めない?
「ま、夢じゃないから覚めないんですけどね。」
アリスと名乗った少女が笑いながら言う。
「なんだこれ?夢じゃない?じゃあここは・・・?」
「ここは転生管理局です。様々な世界から転生してこられる方の転生を管理し、適切な世界に適切な人材を振り分け、その後のサポート等も行うとても崇高な機関なのです。」
ドヤァと胸を張りながら小柄な少女は言う。
ふむ・・・なるほど、いたずらか?
「そろそろ返してくれないかお嬢ちゃん。ごっこ遊びは一人でいいだろう?それとも新しい宗教の勧誘か?」
「この期に及んでまだ信じないというのですか!」
神官服の少女はむすっとほっぺたを膨らませる。
俺をどうやって拉致し、ここに連れてきたのか知らないが、なんか帰りたい。あの懐かしい家に・・・あれ?俺の家ってどんなだったっけ、どこにあったっけ・・・?
まぁいいや。
「あなたがここを認められないというのならとびっきり素敵なものをご覧に入れましょう。」
アリスはそう言うと、チェアから立ち、腰に下げた大きな鍵の束から一本選んで、
「こちらへ。」
面接室の奥の「関係者以外立入禁止」と書かれた扉を開けて中へと入っていった。
その中は長い一本廊下だった。
廊下には荘厳な扉が6枚並んでいた。それぞれに番号が振ってある。
少女は廊下の途中、もっと具体的に言えば「第3」と書かれた扉の前で立ち止まった。
「こちらはあなたがきっと思い描く世界です。」
少女はおもむろに扉の鍵を開け、扉を開いた。
あふれんばかりの光が扉を包んだ。次の瞬間-
俺の目の前には市場が広がっていた。
西洋風の・・・欧州はフランス、コルマール地方みたいな造りの建築物の建物が並び、その前に出店がずうっと並んでいる。その出店の通りは多くの人でにぎわっている。・・・正確には人ではない。人のような耳の長い・・・エルフ?のような生き物から、背の低いドワーフのような生き物まで。獣人も亜人も、所謂ファンタジーで見るような生物が通りを闊歩している。
「どうです?これであなたも信じるでしょう?」
「ああ・・・まるで夢のようだ・・・。」
「だから夢ではないと先ほども言ったでしょう?」
扉を開いたまま、少女はどやぁと笑みを向けてくる。
「だが・・・そうしたらなぜ俺はここにいるんだ?その転生?管理局とやらには縁がないような人間なはずだが・・・」
「知らないですよ。あなたが存じないだけであなたはすでに死んでいるのでは?」
「そんな無体な・・・」
急になげやりだなぁ
「仕方ないでしょ。それは私の管轄の仕事じゃありませんから。あなたが現世で死のうが生きようが私には関係ありません。」
「じゃあ俺はどうすればいいんだ・・・?死んでいる・・・のか?だとすれば転生できるのか?」
「でも、あなたの死亡申請書と転生願書は届いていません。どうやってここに来たのですか?ここは死んだ人間、かつ転生を生前に強く望んだ方しか来られないのですよ?」
「なんだ?申請書?転生?なんの話をしてるんだ?君は。」
「ここは転生管理局です。皆さんの転生を陰ながらサポートしています。」
「ふむふむ。」
「転生には条件があります。1つ、生前に転生を強く願っていること。2つ、死ぬこと。3つ、申請書です。この申請書はその本人が死ぬと自動的に発行され、生前のデータと希望転生先が自動的に入力され、発行されたものが私のもとへ届きます。」
「ふむふむふむ。」
なるほどわからん。
読者諸氏は理解されたかな?
私にはよくわからなかった。が―
「つまり俺は転生とやらもできないということか。」
「そうなりますね。」
なんてこった。
「じゃあ元の世界に戻してくれ。」
「それはできません。」
「なぜだ!」
「ここに来たということは元の世界ではもう死んでいます。」
「死んだら転生できるんじゃ...」
「でも申請書がないので...」
埒があかない。しかし申請書申請書って...こっちは命かかってんだぞ!死んでるけど!
「このマニュアル人間!申請書なくても転生させてくれてもいいじゃないか!」
こんな困ってるんだし、ねぇ?
「そうはいきません。申請書のないまま異世界転生は危険です。申請書には転生後のサポートの役割もあるんです。それに申請書なしの転生は規約違反です。」
「規約違反だってきっと上の方に言えばわかってくれるさ、君の上がどこかは知らないけど...」
「私も知りません。しかし、私の前職の方はある日突然消されました。規約違反によって。」
「え...?」
「死んだとか殺されたではありません“消えた”んです。」
困った。ならば話は別だ。こんなきれいな女の子は世界の超希少価値共有財産であるべきだ。そんなの失うわけにはいかない。
俺はなぜか死んで、元の世界に戻れず、申請書とやらもない。申請書なしで転生はリスクがでかい。となれば....
「俺がここで働けば...?」
「え...?」
いや、それしかない。というかこんな美少女のもとで働けるなら全然ブラックでもいい!
そう思ったとき、気づくと俺はもうすでに土下座をかましていた