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リバース:逆転生

作者: ハマノアキ

タイトルの通り、異世界からこっちの世界に転生してきたら…を書いたひとこまです。

こんな話もあり、と思って頂けましたら幸いです。

――あの日から約二週間。


僕らが住む市内の少し外れにある緑地公園は、本格的なサマーシーズンの到来を前にして、濃密な草木の匂いを蓄えていた。もうしばらくもすると、蝉の鳴き声でうるさくなり、昆虫採集に精を出す親子の姿でいっばいになるはずである。僕たちも幼い時分にはカブトムシやらなんやらを夢中に追いかけていた。今では随分と虫の数も減ったらしい。大学生にもなると今更虫集めなんてしないけれど、周りで跳び跳ねている子供たちをみるとなんだか申し訳ない気持ちになった。

「サト……がすいた……小腹がすいたといっているだろう!」

そんな、大人びた感慨に耽る間もなく、鈍い痛みが左脇に広がり、僕は思わずうめいた。我が妹の鉄拳制裁が落ちたらしい。後ろを振り返ると、ノースリーブからすらりと伸びた腕の指先が、アイスクリームの出店を指差していた。

「チョコレートな」

妹はありがたがるわけでもなく、媚びへつらうでもなく、王様が家臣に命令するかのごとく、僕の背中を押し出した。いや、'今の'彼女の場合、パーティー主が召し使いに命令するかのごとく、といったほうが正しいかもしれない。僕は痛む脇腹をさすりながら、白いタオルでほっかむりをしたおばちゃんから、チョコレート味と抹茶味のアイスクリームをコーンでもらった。一部始終を見られていたようで、彼氏さんがんばんな、とつり銭をもらう時に言われた。これは、自分の胸だけに秘めておこう。こんなことを言おうものなら、このおばちゃんにも鉄拳が飛びかねない。

「ニッポンは暑いがアイスの旨さは格別だなっ!」

僕たちは木陰のベンチに座りながらそれぞれアイスを食べた。豪快に呑み込むように食べる妹に対して、僕は知覚過敏を気にして子犬が水をなめるように端からちびちびと食べている。

「まだ痛むか。悪かったな」

あまり悪そうでなく、僕の脇腹を指差した。

「……大丈夫。スキル(豪拳)が発動していたり、筋力増強魔法(バッシュ)がかかってたら、もっとひどかった、といいたいんだろう?」

ここ最近彼女の拳を喰らうのは二度や三度ではなかった。そして、初めて殴られたときに、この訳のわからない言葉を教えられた。

「ははは。もしそうだったら、お前のレベルなら一撃でアウトだ。骨が砕けるぐらいならまし。最悪、下半身とはお別れだ。」

その場合はお別れするのは上半身と言うべきか下半身と言うべきかなどと下らない思考ができるのは、僕もこの'異世界'の妹に慣れてきた証拠なのだろう。

「ところで、その座り方、止めてくれないかな。……パンツ、まる見え」

「おお、すまんすまん。まだ()()()()()()の服には慣れなくてな。妙にスースーしたりひらひらしたり、よくわからん」

ちなみに彼女は、ふんわりとしたノースリーブのワンピースを着ていて、スカート部のたけが短いのに大相撲のしこ顔負けの開脚をして座っていた。女子高生のこんな姿は、さすがに子供の教育によくない。といっても、今の妹にとっては、パンツもブラジャーもキャミソールもTシャツであってもそれは等しく布であって、もっといえば()()()()()()布としか認識されなくて、甲冑やすね当てがないと落ち着かないのだろう。

すっきりとした風が木立を揺らした。休みの昼下がりの、子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。アイスクリームを食べ終えて、僕たちは会話をするでもなく、ただその辺りを眺めていた。家に帰れば来週の講義の予習だとか、意中のミサキちゃんとお近づきになるにはどうすればいいかだとか、昼休みにゼミ仲間とやるトランプゲームは何がベストかを頭の中でこねくりまわすだとか、それなりにやるべきことはあった。でも、こうして何とはなしにぼけっとする時間が心地よかった。それは隣で頬を緩めている彼女も同じな気がした。そう、少し前まで()()()()()彼女だ。

「この世界は心地がいいな。凶悪なモンスターも、人間を支配しようとする魔王もいなければ、争いも飢えも病気もない」

「いや、そういうわけでもないんだけどね」

「なに? やはりモンスターでもいるのか? それならば、退治してやる!」

彼女は指をパキパキ鳴らして、楽しそうだ。突発的な人殺しやテロリストだったり、国家間や宗教の対立だったり、貧国の存在だったりが相手ですよ、といったところで、彼女にはわからないだろうし、ならそいつらを退治しにいくぞ、と本当に飛び出されても困る。

「いや、なんていうか、……忘れて。居心地がいいなら、もっとこっちにいたら」

「そういうわけにもいかない。きっとあっちの世界で、今仲間が必死に私のために、復活のアイテムをかき集めているはずだ。なにせ私はレベル72のドラゴンハンターだからな」

「最強拳士様なのにやられたんですね」

「顔の原型を残したければ口を閉じろ。……端的に殺すぞ?」

「すみません」

「素直でよし。……それに、私が戻らないとコイツはいつまで経ってもこのままだぞ」

彼女は自分の胸を叩いた。そこに、寡黙な本来の妹が眠っているはずだった。確かに、彼女がもといた世界に戻らない限りは、僕の妹は目覚めない。

僕たちの足元に毬のようなピンク色のビニールボールが転がってきた。彼女はそれを勢いよく投げ返して、座っている僕に手を差しのべた。

「さあ、サトシ、いこう。リハビリとかいう名の暇潰しの続きだ。ここは飽きた」

きっと、彼女はむこうの世界でも誰かをパーティーに入れる時は、こうやって眩しそうな笑顔で手を差しのべているんだろうな。見慣れたはずの妹の顔がいつもと違って、凛としていた。少し恥ずかしい気もしたけど、僕は素直に手をとって立ち上がった。次はどこにいけばこのワガママ勇者様は満足してくれるのか頭が痛くなりそうだが、自然と笑みがこぼれた気がする。

僕の名前は芹沢サトシ。東京郊外に住む、四人家族の平凡な大学生……のはずだった。ところが、妹のナオがある日突然、異世界からきた女勇者に'仮'転生させられて、人格が変わってしまった。彼女はファンタジアという世界でドラゴンを専門に退治する格闘家にしてパーティーの勇者であったが、暗黒竜の退治の途中、うっかり命を落としてしまった。むこうの仲間が死者復活の儀式をして、彼女の魂が戻れるまで、仮転生して妹の身体を借りる。つまりは、彼女の説明を聞くとそういうことらしい。

ちなみに異世界から来た割には彼女は日本語がしゃべれて、こっちの世界の知識も妹の脳みそから引きだしから出すように分かるらしい。なんてご都合のよい……と僕は口をぱくぱくさせたが、そういうものだ、と彼女に一蹴された。ご都合主義もここまで来ると清々しい。とはいっても、思考はあくまでも異世界の住民であるから、彼女は時々、いやかなり、こっちの世界では異常な行動を取るため、とりあえず慣れるまではーー、ということで僕ができるだけ行動を一緒にするようにしている。

これがリハビリというやつで、ちなみに最初に僕が覚えさせたことは、相手のスキルとレベルを聞くな、ということだ。まあ、大人しかった妹の顔から、いきなり、お前のレベルは? と居丈高に問われた時の両親のマヌケな顔は傑作だった。

こんな、冗談みたいな話を、いや、設定を僕は案外すんなり受け入れられた。多分これも世の中のご都合なんだろう。何より、もう十数年近く会話らしい会話がなかった妹と、中の心は別でも、共にする時間ができたことは素直に嬉しい気がする、くらいはいってもいいんじゃないか。

彼女いわく、いつ向こうに戻れるかは分からないらしい。なにせこっちの世界とむこうの世界では時の流れが違って、こちらの一日があちらの一分かもしれないとのことだった。最初こそげんなりしたもこの、今は、それもいいか、と、少し思えるような気がした。

「ところで、やはりアイスクリームだけでは腹が減らないか?」

彼女は手近に落ちていた木を拾っていた。まるで槍のように先が鋭く尖っていて……なんだか悪い予感がする。

「スキルこそ使えないが、動きは身体が覚えている! お前は落ち葉と枯れ木をたくさん集めてくれ。小休止キャンプだ!」

彼女が投げ放った木は、スルドク美しい放射線を描いて、電柱で羽を休めていた鳩にストライクした。鳩はパタリ、と地面に落ちてヒクヒクしている。マズイ。非常にマズイ。動物愛護的にも、世間的にも、というか()()通報される。

「逃げるよ!」

僕は彼女の手をつかんで走り出した。彼女が何か言っている気がするし鉄拳は覚悟している。ご都合よく今回も切り抜けられるようにと願うしかない。前言撤回。やっぱり早くあっちに帰ってくれ。

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