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私はこの胸に愛と母性を詰め込んだ清純派聖女キャラだもの

 バーグマン領の公邸の別棟にある浴場でメルセデスの苛立たしげな声が響いていた。


「くそっ! くそっ! あのメス猫めっ!」


 半露天風呂になっている浴場のデッキで全裸のままタオルを振り回している。


 ただの湯あみタオルなのにメルセデスが振ると木刀よりも痛そうな武器に変化する。


 一振りごとに目に見えない真空波が生じていて、それを何度も繰り返したせいで斬撃が雲まで届き、斬られた雲の間から白々とした月光が見えるようになった。


 浴槽の中の浅い場所で寝そべってだらぁと全身の力を抜いていたシャズナがぱしゃりと肩に湯を掛けて、雲間から現れた月明かりを見上げる。


「個人の力で自然現象に干渉するとか、ほんと姉さんたちは規格外よね」


 湯の上に映った月よりも真ん丸な二つの肉を胸元に浮かべながらシャズナが苦笑いをした。


「ふん、『規格外』か。昔みたいに『化け物』と言わないのかい」


 全裸のまま振り向いて仁王立ちをする姉にシャズナはちょっと眼を眇める。


「どうしたのよ姉さん、今日は随分と突っかかってくるじゃない。そんなに嫌なことがあった?」


「あったさ。あったとも」


「ふ~ん? さっき「あのメス猫め!」って言ってたし、もしかしてロメオがまたえっぐいセクハラでもしてきたの? 致命傷の一歩手前くらいまで斬られていたからびっくりしたわ。まぁ、治してあげたけど」


「ロメオを斬ったのは私じゃない」


「姉さんじゃない? まっさかぁ~。あのロメオを斬れる人なんてこの世に姉さんぐらいよ」


「その通りだ。ロメオを斬ったのは人じゃない。大魔王だ」


「……は!?」


 シャズナがメルセデスの言葉をちゃんと理解するまで数秒の間が必要だった。


 それくらい意外な答えだった。


 もしかしたら聞き間違いかとも思ったが、確認する前にメルセデスが繰り返した。


「今日、ウチの領内に大魔王が来ていた」


「大魔王って四人の魔王の上に君臨している魔族の頂点の!?」


 あまりに衝撃的な事実でシャズナは湯の中で起き上がった。

 バルンと暴れるおっぱいの重さに引っ張られて倒れそうになったけれど、いつものことなので二人は何事も無かったかのように話を続けた。


「あぁ、その大魔王がなぜかふらりとこの近くまで来ていた。護衛もつけずにな」


「大魔王が単身で国境を越えて来たってこと? でもどうやって」


「わからない。魔族領との境界には大地母神の結界が張られているからあれほどの強大な力を持つ魔族が侵入しようとすれば最大級の警報が鳴り響くはずだ。しかし王都からは何の通達も来ていない」


「それで魔王はどこに?」


「帰ったよ。帰りがけに私を『バーカ! ブース!』と煽りながらワープポータルの魔法で帰って行った」


「なんなのよそれ。行動がまるでやんちゃな子供みたいじゃない。あ、でもそっか、魔族領に帰るだけならワープポータルで帰れるわよね。大地母神の結界は入ってくる魔族に対しては阻害効果あるけど出ていくのには反応しないから」


 ちなみにネギが魔族領からこちら側に入る時にも結界は反応した。


 しかしネギは魔力抵抗値がずば抜けて高いのに反比例するように攻撃に回せる魔力が悲しいほどに少なかったため、警報音は蚊の羽音くらいの大きさでしか鳴らなかった。


「問題なのは大魔王はどうやってここまで侵入してきたのかだ。魔族領とウチの領地の間に三つも他家の領地がある。しかし奴は結界の影響を受けることなく、誰にも気づかれることなく平然とウチの領内に来た。まるで直接ここに出現したかのように草原のど真ん中に平然と突っ立っていたよ。いったいどういう手段で来たのか皆目見当がつかない」


「新しい魔術でも編み出したのかしら」


「わからない」


「だから姉さんはイライラしていたのね」


「いや、それくらいは些末(さまつ)なことだ」


「些末?」


 シャズナは首を傾げた。


 大魔王は人類にとって脅威そのもの。それが神出鬼没にどこに現れてもおかしくない状態なのだから『些末』の一言で済ませて良いことではない。


 シャズナが納得いかない顔をしているのでメルセデスは付け加えた。


「大魔王はな……派手な美女だったんだ」


 急な話題の転換にシャズナは目を丸くした。


「へぇ? どれくらい美人だったの」


「世の中を舐め切ったような上から目線が似合う退廃的な雰囲気を漂わせた色気のある美女だったな。胸も大きくスタイルが良かった。胸の大きさも含めて身体的には私に近かったが、イメージ的にはエロに寄っている。ジャンルで言えば少しシャズナとかぶっているな」


「全然私とかぶってないわね、私はこの胸に愛と母性を詰め込んだ清純派聖女キャラだもの」


「シャズナが清純派!? 十歳の誕生日に王都から来た調香師にどんな香りの香水を作るか訊かれて「入浴直後の弟の頭皮の香りを再現してください」と真顔で注文したシャズナが清純派だと!?」


「私のことはいいのよ。問題はその大魔王が何しにここに来たのかってことよ。ははっ、まさか私のイーノックに色目使いに来たんじゃないでしょうね」


 姉があまりに深刻な顔をするので冗談のつもりで話を振ったら、


「その『まさか』だ」


 思わぬ形で正解を引き当ててしまった。


「え? ちょ、え? どうして? だってイーノックとその魔王って面識無いでしょ? 私でも会ったこと無いわよ!?」


「大魔王がどこでイーノックを見かけたのか私も知らない。だが私は大魔王に魔族領侵攻時に随員に加わっていた召喚士のことを知らないかと尋ねられた」


「魔族領侵攻に加わった召喚士って……イーノックしかいないじゃない!」


「私が知っていると答えると大魔王は大喜びで召喚士の名と所在を訊いてきた。まるで発情期のメス猫のような顔でな」


 一瞬でシャズナの顔からスンッと表情が抜け落ちる。


「姉さん、なんでそのメス猫を殺さなかったのよ。殺りなやいよサクッと。私なら友人の振りをしてでもその女に近付いて、肩を抱き合った状態から微笑みながら脇腹に包丁を突き入れるわ」


 やけに生々しくて具体的な殺り方にメルセデスは『これで清純派だと言い張る度胸!』と感心した。


「もちろん殺そうとしたさ。だが奴は私と同程度の強さだった。そんな奴に防御に徹されるとすぐには崩せない。連撃で防御を崩し切る前にワープで逃げられた」


「そんな……私のイーノックを狙う女がいるのに野放しになっているなんて。危険だわ、危険すぎるわ!」


 シャズナが体を小刻みに震わせて大魔王の再来を恐れた。


 小刻みに震える体に連動するようにおっぱいがぶるんばるんに揺れている。


「ところで大魔王がどういった方法で領内に侵入したのかについてだが」


「そんな些末なことなんて今はどうでもいいでしょ!」


 シャズナに逆切れされて今度はメルセデスが納得いかない顔をした。

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