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お嬢様、今です

 白馬に乗った一人の騎士が野原の木立を抜けてダーラの前に姿を現した。


 短く切り揃えた銀蒼色の髪が涼やかで意志の強さを示す切れ長の黒い瞳がまだ遠い距離から静かにダーラを見据えている。


 一見すると美形な青年にも見える中性的な凛々しさだが、遠くからでもわかる胸の大きさと腰のくびれが騎士が男でないことを強調していた。


「これはまた随分と凄いのがいるね。これだけの存在感を示す魔族に会うのは初めてだ」


 メルセデスはダーラの30メートル手前で馬を降りて手綱を離した。


 よく訓練されている白馬はすぐに全速力でその場を離脱した。本能でここは危険だと察知したのだろう。


「その感想は私も同じね。よもや人間の中にここまでの化け物がいるとは想像もしなかったわ」


 無造作に持ったフランベルジュを下げたままダーラもメルセデスに歩み寄る。


「化け物、か。久しぶりだよ、そんなふうに評されるのは」


 馬から降りたメルセデスも無警戒なふうにダーラへと歩み寄った。


 お互いに視線をぶつけあったまま接近して、相互の間隔が10メートルのところで足を止めた。


「あなたが今の『勇者』? ま、聞くまでもないわね。あなた今までの勇者たちよりもはるかに強いもの」


「今までの勇者たち? これまでに何人もの勇者と戦ったかのような言い回しだね」


「そうよ。とは言え私のいる場所まで来れた勇者なんて片手で足りる数だけどね。それでも弱すぎて全然ダメだったわ。だから驚いたわ。私と互角に戦えそうな人間を見たのは初めて。誇っていいわよ、この私が褒めているんだから」


「その異様な圧力を帯びた存在感と今の話から察するに、キミが大魔王? 魔族領の最深部にいるという伝説の」


 ダーラはフランベルジュの剣先を地面に刺して柄頭に手を重ねるとグイッと胸を逸らした。


「私が大魔王ダーラ。肉の心臓を持たぬ生物たちの頂点に君臨する魔族の王ダーラ」


「これはこれは丁寧な名乗り痛み入る。その礼に対し私も礼で応えよう」


 メルセデスは剣の柄に置いていた手を胸元で軽く握って騎士の礼をとった。


「私の名はメルセデス・バーグマン。バーグマン侯爵家の長子であり次期当主。先の魔族領侵攻戦で東方魔王を捕縛したのはこの私だ」


「はぁ? 魔族の頂点に君臨する私の前でよくもぬけぬけと我が臣民を拉致したことを自慢げに話すわね。いっつもそう! 人間は昔っから魔族を見下して魔族には何をしても許されると考えているのよ! ほんと腹立つわー! その無神経ぶりに反吐が出そう!」


 ダーラが瞳の奥に憎悪の炎を灯す。


 それに対してメルセデスは深々と頭を下げて素直に詫びた。


「それについては返す言葉も無い。そちらの立場で考えれば言語道断な蛮行を行っているのは我ら人類で、彼らの王であるあなたの憤慨は至極真っ当な感情だと思う。私個人としては魔族領侵攻について非常に申し訳ない事をしたと常々思っているんだ」


「……は? え、どういうこと?」


 これから死力を尽くしての殺し合いだと気合を入れていたダーラは見事に肩透かしを食らって上がりつつあったテンションの持っていく先を失って戸惑う。


「白状すると前回の侵攻は完全にこちら側の都合で起こした遠征だった。その都合とやらも私の妹がやらかしたことの帳尻合わせでやったようなものだ。こちらの一方的な都合で人身御供のように差し出された東方魔王のカモ・ネギ君にも申し訳ない事をしたと思っている」


「待って。いろいろと突っ込みたいところがあるけど、まずはカモ・ネギが東方魔王とはどういうこと?」


「どういう事とは?」


「あの子の父親カモ・ノハシは東方魔王だけど、彼の子は父親のお手伝いをしているだけの見習い文官だったはず。未成年だから正式には無職の児童よ」


「……無職? ネギ君が?」


「私のところに挙がってきた報告書だと確かこうなっていたわ『東方魔王のカモ・ノハシが勇敢にも前線に出て獅子奮迅の働きで侵攻軍の迎撃をしていた隙に卑劣にも勇者一行が魔王城にこっそり潜入して無力な子供を攫って行った』って。まるで話を合わせたかのように四天王の生き残りや側近のミノタウロスどもからも同じ報告が上がっていたわよ」


「それはおかしいね。私はさっさと遠征を終わらせるために、少人数で魔王城近くまで行ったのだが、途中で面倒になったのでたまたま遭遇した魔族に魔王を連れて来いとお願い(脅迫)したんだ。そしてミノムシのように簀巻き状態で差し出されたのがネギ君だった。本人も臨時魔王だって言っていたし」


「臨時!? そんな簡単に魔王の役を預ける権利なんて与えた覚えはないわよ?!」


「ネギ君が言うには東方魔王だった父親は我らの侵攻と同時に隠居してどこかに雲隠れしたらしい。そのせいで彼の子であるネギ君が責任を取らされて臨時の魔王にされたそうだ。ちなみにネギ君を簀巻きにしたのは側近だったミノタウロスで、ダッシュであの子を運んできたのは四天王の一人だ」


「東方魔王が勝手に隠居!? 側近が簀巻きに!? ダッシュで運んだのが四天王!? 待って、待って、ちょっと理解が追いつかないわ!」


 頭を抱えてその場にしゃがみこむダーラ。


「お嬢様、今です」


 いつの間にかメルセデスの背後に忍び寄っていたロメオが斬られた肩を押さえながら復讐の一撃を促した。


「『今です』じゃない。空気を読め。今はそういう会話の流れじゃなかっただろう」


 メルセデスはダーラから視線を外さずに顔を少しだけ後ろに傾けて小声でロメオを窘めた。


「お嬢様の恋人であるこの私が斬られたんですよ? 空気とか言っている場合じゃないと思います」


「おまえが私の恋人だったなんて事実は一度たりともないのだが」


「いいからやっちゃってください! すっごい痛いんですから! あ、私には無理ですよ。たぶんもう一度刃を向けたら確実に殺されるのがわかるので。だから代わりに殺ってください! お嬢様ならイケます!」


 小声ながらも語尾を強くしてメルセデスをその気にさせようとロメオは粘る。


「自分で出来ないなら大人しくしているんだ。というか早くシャズナのところに行って治癒魔術をかけて貰え。そのままの出血量だと危険だぞ」


「お嬢様が私の敵を討ってくれるまでどこにも行きません!」


「無駄だからさっさとシャズナのところへ行け。まず間違いなくあれは魔族最強の大魔王だ。ただの強敵なら殺して終わりだが、大魔王という地位にいる者が相手では戦いの意味が違ってくる。だから軽々に剣を向けるわけにはいかない」


「貴族としての政治的判断ですか」


「……まぁ、それもある」


 メルセデスは言葉を濁したが実は貴族の立場なんか彼女にとってはどうでも良かった。


 彼女が大魔王と戦いたがらない理由はただ一つ。


 愛しい弟に『勇者』の託宣をもたらした三聖者が彼女たちの父に伝えた予言。


(なんじ)の息子イーノックは勇者となりて四人の魔王を下し、最後に大魔王をも打ち破るであろう。しかしその功績は報われることなく、大魔王が命を落とす同じ日に勇者イーノックもまた尊き人生を終えるであろう』


 そんなバカげた予言が実現してしまうのをメルセデスは恐れた。


 三聖者の予言が必ずしも当たるとは限らないが、歴史的事実としてそうなる確率はかなり高い。


 それを回避するには前提条件を揃えさせないのが一番確実なので、できることなら大魔王にはずっと魔族領の奥深くにいてもらって、イーノックが人としての生に飽きるまでこの先何百年も末永く生きてもらいたいのだ。


 ロメオの敵討ち? そんなのはイーノックの生死に比べれば紙切れほどの価値も無い。


 そもそもイーノックさえ生きていればこの世が滅んでもいいと真剣に思っているメルセデスお姉ちゃんなのだ。

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