なんて素敵!
本日2話更新しています。
前話をまだご覧になっていない方はそちらからどうぞ。
イーノックは内心で首を傾げた。
『んん? 魔物は召喚した直後だと従属させられるのを拒んでめちゃくちゃ抵抗するのが普通だって聞いていたんだけど、この子は戦うまでもなく俺に完全屈服していないか?』
少女はまるで従属することを待ち望んでいたかのように大人しくて従順で、パッと見た感じでは従属を拒むどころか嬉しそうにすら見える。
『もしかして良くわかってないとか? これから従魔にされるって事を。ちょっと確認してみるか。もし知らないだけなら、これからどういう扱いをされるかを知って嫌な顔をするだろう』
イーノックはことさら高圧的に声を低くして、元よりそこまでするつもりのない抑圧の例を言って少女の反応を窺った。
「いいか、お前はこれから俺の命令に絶対服従しなければならない。異論も反論も許さない。俺の命令には素直に従い、俺の命令は何よりも優先し、俺が与えた命令は確実にこなせ。余計なことは考えなくていい。俺の命令だけが絶対だ」
「いいんですか!? こんな私に命令してくれるんですか!?」
なぜか少女の顔が輝かんばかりに華やいだ。
『えっ!? 何この食いつきっぷり!? 逆に怖い!』
ドン引きするイーノックだったが今さら俺様キャラから路線変更するのは難しく、精一杯の虚勢を張った。
「も、もちろんだ。なにしろこれから俺がお前の『ご主人様』になるのだからな。ふわぁーはっはっはっ!」
イーノックは出来るだけ偉そうにふんぞり返って謎の高笑いまでしてみせる。
先ほどの動揺と自分らしくない役作りのせいで早くも演技が限界だ。
一方で、なぜか少女はイーノックを恐れるどころかめちゃくちゃ楽しそうにしている。
「なるほど『ご主人様』ですか。そちらがご希望なのですね『旦那様』とか『あなた』とかではなく。分かりました。『ご主人様』とお呼びするほうが私もドキドキしますので嬉しいです」
『なんでこんなに嬉しそうなんだよ!?』
よく見ると少女は少し腰を引いて体をウズウズと揺らしていた。
もし彼女が犬だったら確実に嬉ションをしている。それくらいの喜びようだ。
『あぁ、もうコレ完全に俺に服従しているよな。そっかぁ魔族の女の子ってこういうのが好きなのか。なるほどねぇ、従魔には最初からこういう態度で接すれば良かったんだな。召喚士として貴重な体験をした』
少女が微塵も抵抗せずに服従したのですっかり気の抜けたイーノックは少女に訊いてみた。
「本契約(従魔契約)をする前に尋ねておく。俺に服従することに不満は無いか?」
すると少女はパチパチと瞬きを繰り返してから真剣に考えて答えた。
「本契約(結婚)をする前に、ですか? えぇと……正直に申しますと、最初の印象は少し頼りなくて不安がありました。でも、人畜無害そうな顔の下にこんなにも荒々しい本性を隠していただなんて! もう、もうっ、最っ高です!」
「お、おぅ。そうか」
「『仲良くしようね』だとか『キミの意見を尊重するよ』だとか、そんな弱々しいことを言いそうなイメージでしたのに、居丈高に、そして傲慢に、どうしようもなく上から目線で私を支配しようとなされるなんて想像もしていませんでした!」
「え、あ、まぁ、そういうことを言う人もいるかもな(やべぇ、全部俺がネギに言った事だよ!)」
「ですよね! それに比べてご主人様の支配者っぷりは最高です! 夢のようです! どうしましょう、どうしましょう! 嬉しすぎて涙が出てきました! 今から本契約(結婚)が待ち遠しいですわ!」
イーノックはグイグイと体を寄せてくる少女に対して後ずさりしそうになったけれど、グッとこらえて威厳のある召喚主に見えるようサード女史のマネをしてみた。
「そ、そうか。そんなに喜しいか。可愛い奴め」
「か、可愛いだなんて。ご、ご主人様のほうが何倍もカッコいいです」
モジモジと照れまくる少女が本当に可愛い。
雑木の茂みからひょっこりと出て来たときはどうしようもなく地味な感じがする子だったけれど、イーノックが命令口調で話しかけるたびに嬉しそうに顔を輝かせて、今では蕾がようやく開いた松葉牡丹のように次々と可憐な表情を咲き誇らせている。
「よぉし、そんな可愛いお前にはこれを呉れてやろう。さぁ、首を出せ」
そう言ってイーノックがベルトから外して見せたのは肉厚な革の首輪。
首輪を突き付けられて少女は目を見開いて驚きの表情を見せた。
「も、もしかして、それは召喚士が支配した従魔につけるという『従魔の首輪』!? それを私の首に!?」
「そうだ。これはお前が誰のモノであるかを周囲に証明する物だ。着けたら俺にしか外せなくなる。お前はこれを着け続けることによって誰が自分の主人なのかを心に刻むことになる」
「なんて……なんてことを……」
少女は両手で口を覆った。
「そこまで、そこまで徹底的にご主人様は私を支配したいのですか?」
「ん?」
「普段からそんなのをつけてしまっては私の自尊心は地に落ち、社会的には全ての人に見下されてしまいます! あぁ、こんなのって、こんなのって!」
イーノックは一瞬『あ、ヤベ。支配を急ぎすぎたか!?』と焦ったが、少女は思っていたのと真逆の反応を見せた。
「なんて素敵!」
少女は歓声を放った。
「素敵っ! 素敵、素敵、夢のようです! お母さまと違って地味で社交性も無くていくら夜会に出席しても浮いた話の一つすら出ない私なんかにご主人様からこれほどの独占欲を向けて貰えるなんて! その首輪はご主人様の意志の象徴なのですね。ありがとうございます、きっと生涯の宝とします!」
少女はまだ湿っぽい髪を両手で掻上げて白いうなじをイーノックに晒した。
「さぁ、どうぞ! それを私に着けてください!」
「あ、うん。つけるぞ?」
「お願いします!」
召喚主のほうが押され気味になるという珍しい従魔契約になった。
それからイーノックは地面に落としたまんまだった祝福されし棒を拾って少女に契約魔法をかけた。
『…………あれ?』
かけた契約魔法はなぜか少女の体を滑り落ちていくような感覚がした。
まるで魔族や魔獣にしか効かない契約魔法を人間にかけたかのような手応えの無さだったけれど「わざわざこのような儀式までするなんて、徹底して私を支配したいのですね。そういうところも素敵です」と、イーノックを見つめる少女の目がハートマークでいっぱいになったいたので、魔法は正常に掛かったとイーノックは判断した。
「よし、今日はもう遅いしお前も疲れているだろう。元いた場所に帰ることを許す。しっかりと休んで、次に俺が呼び出した時には何よりも優先して我が下に来い。いいな?」
「もちろんですご主人様! 呼び出されれば何を置いても即座に駆け付けます! 私、アルフラウルは一生を掛けてイーノック様の言いつけを守ります! 決して逆らいません!」
王女はつけてもらったばかりの首輪を愛おしそうに撫でながら服従を誓った。
『あ、アルフラウルって名前だったんだ。……ん? どこかで聞いたことのある名前だな。それより俺の名前を教えたっけ? ……会話の中でぽろっと言ったかな?』
ちょっと疑問に思うことはあったけれど、召喚したときの長丁場の競り合いで体力も魔力もほぼ尽きかけていたのでこれ以上考えるのはしんどいのでやめた。
「よぉしよし、良い心がけだ。これからもその気持ちを忘れずにいるんだぞ」
「はいっ! では、とても名残惜しいですけれど私はご主人様の命令通り帰らせていただきます。それでは」
スカートを穿いてないのでちょっと間抜けなカーテシーで一礼したアルフラウル王女は来た時と同じようにガサガサと雑木の茂みの中に入って行った。
『なんで魔方陣から帰らないんだ?』
足元の魔方陣に魔力を通せば簡単に魔族領へ帰れるのに、わざわざ茂みの中に入って行った王女の行動にイーノックは首を傾げた。
『あ、そうか。俺が「元いた場所に帰れ」って言ったから出現した地点まで戻ってから自力で魔方陣を開いて魔族領に帰るのか。律儀な奴だな』
自分で答えを導き出したイーノックは納得して自分も家路へつくのだった。
それから十分後――、
王女はようやくインジャパンたちと合流できたのだが、王女がパンツ丸出しで、ガーター&ストッキング。
それだけならまだしも、さっきまで無かったはずのゴツイ首輪をつけられていて、一時間前までの地味な彼女からは想像もつかないほどくちゅくちゅに蕩けたメスの顔になって戻ってきたのでインジャパンは泡を吹いて卒倒した。
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