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運命の恋人

『えっ?』


 イーノックは困惑した。


 どこかに召喚してしまった魔族を探しに行こうと立ち上がったら、ひょっこりと雑木の茂みの中からパンツ丸出しの少女が出てきたのだ。


『何? 何? 何この子? 痴女!?』


 モジモジと俯き加減で近づいて来るその少女はイーノックのことを上目遣いで見つめながら近寄ってきてイーノックの手前で立ち止まった。


『ちょ、なんでこっち来んの?! 怖い怖い! あ、でもそこは――』


 少女が立ち止まったのはイーノックが描いた魔方陣の上。


 少女があえてそこに立ち止まったということはきっと意味があるのだとイーノックはすぐに察した(もちろん王女にはなんの意図もなく、たまたまイーノックと話しやすい距離がそこだった)。


「あの……呼ばれたので出てきました」


 恥ずかしそうに顔を背けてチラチラと横目でイーノックを見る王女。


「あ、うん」


 イーノックはちょっと間抜けな返事をしただけだが頭の中は大忙しだった。


『わざわざ魔方陣の上で立ち止まったから『もしかして』と思ったけど、本当にこの子が俺の呼び出した魔族だったのか。召喚のときに魔力糸から伝わってくる感覚が以前と同じだったから、てっきり前と同じあのゴージャズなお姉さんとやりあっているもんだって思っていたんだけれど別の子だったんだな』


 改めて少女を観察するとなぜか少女の全身が濡れていて服も肌に張り付いている。


『汗で濡れているのか。しょうがないよな、長い勝負だったし。やっぱりこの子はさっきまで俺と競り合っていた子で間違いない。まるでさっきまで水の中にいたみたいに髪もあんなに濡れているし』


 この子は自分が魔族領から召喚した子だとイーノックは断定した。


 けれどそれ以外のところでおかしなことがあった。


『でも……この子って本当に魔族か?』


 見た目はまるで人間。


 頭に角が無いし、尻尾も無い。


『それに、なぁ~んか、どっ……かで、見た覚えがあるような? 気もするのだけれど……う~ん、気のせいかなぁ?』


 ただでさえ印象に残りにくい地味で内向的な王女。


 そんな彼女の唯一の特徴ともいうべき、目が隠れそうなくらい伸ばした前髪が濡れていくつかの束にまとまっていてしまい、目がはっきり見えるようになっているせいで印象がだいぶ変わっていた。


『そもそも普通の人間が「呼ばれたので出てきました」なんて言いながら魔方陣に乗るとは思えないんだよなぁ。う~ん、本当にどっちだ? 見た目は完全に人間なんだけど……』


 ここまでの彼女の言動で判断するなら、彼女はイーノックと競り合っていた対戦相手で間違いない。


 けれど外見が全く魔族らしくない。


 何か変だ。


 この時点でイーノックが考えた《突然現れた女の子=競り合っていた魔族》の推論が破綻しかけた。


 そもそも推論が間違っているので破綻するのが当然なのだ。


 しかし――、


『あ、そういえば悪魔族の中には人間に化けるのが得意で人間の社会の中に溶け込んで暮らしている者もいるってネギから聞いたことがあったな。この子はそのタイプの悪魔族なのかもしれない。いや、きっとそうだ』


 イーノックは自分の考えを事実に寄せずに、事実の方を自分の考えに寄せた。


 さらに――、


『よく考えれば普通の人間の女子がスカートも穿かずにこんな野外をうろつくはずがない。……いや、待て。その論法で言えば、人間の女子なら絶対しないことを魔族領の女の子は当たり前のようにやっているってことで、つまり魔族領で暮らす女の子はパンツ丸出しで野外をうろつくのが普通!?  ははっ、さすがにそれは……え? 本当に!?』


 イーノックは穴だらけの推論を思春期全開な妄想で補填してしまった。


『冷静に考えてみればそれが正解のような気がする。だって前回召喚したゴージャスなお姉さんなんかは全裸で出て来たし。……すげぇ。なんて素晴らしい文化を持っているんだ魔族領!』


 イーノックはまるで世界の真理を見つけたかのような驚き顔で目を見開いて戦慄する。


『そっかぁ~。魔族領で暮らす女の子たちはこれが普通なのかぁ……。いいじゃないか魔族領! 色々と夢が広がるっ! よしっ、俺が家を出てどこか別の場所で暮らすとしたら魔族領が最有力候補だ!』


 イーノックが家を出るなんてことは過保護な姉たちが許すはずもないのだが、空想するくらいはいいだろう。


 少女が魔族だと確信したイーノックは気を引き締めて少女と向かい合った。


「お前は俺に呼び出されてここに来た。そうだな?」


 イーノックは少女にあえて厳しめの口調で訊いた。


 普段のイーノックなら決して使わないキツい言い方をするのには、もちろんそうするだけの理由がある。


『今度こそ、従順な従魔を育てたい!』


 その悲願を達成するためだ。


 先日、召喚士ギルドのサード女史にさんざん『イーノック受講生は召喚士としてヌル過ぎる!』と叱責された。


 そして最初の従魔であるネギには常に舐められっぱなしで、今日なんかも「そーゆーところ! 主様のそーゆーところがダメなんだよ、まったくもう!」て意味不明なキレかたをして、主人を放置して勝手に帰宅している。


『次に魔物を従えることになったら、今度こそきちんと躾をして素直な従魔に育てよう。そのためには召喚直後の態度が肝心! きっちりマウントをとって、俺に心服させて、俺の命令には決して逆らわないよう教え込まなきゃ!』


 まぁ、ネギに関してはほどほどに近い距離感が別に嫌じゃないで良いのだけれど、それはそれとしてイーノックは従来型の召喚主と従魔という関係性にもちょっと憧れている。


 少女はイーノックが訊いた先ほどの質問に何も答えずに、おどおどとした目でイーノックを見上げていた。


「オイ、黙ってないでちゃんと答えろ。もう一度訊くぞ。お前は俺に呼び出されてここに来た。そうだな!?」


「え、あ、はいっ! そうです!」


「よし、俺の言葉に素直に従った従順さを誉めてやろう。俺とお前がこうして出会ったのはきっと偶然じゃない。運命だ。どういう形であれ俺との縁ができたからには、今後決して俺の命令には逆らうな。いいな?」


 イーノックは精一杯悪そうな顔をしてニヒルに笑ってみせた。


 これがイーノックのイメージする『絶対的召喚主』の態度らしいのだが、演技が下手過ぎて、もしこれを姉たちが見ていたら眉尻を限界まで垂らして「かわいいぃぃ!」と身悶えするところだろう。


 だが目の前の少女には抜群の効果があったようだ。


「ふわああぁぁ……」


 イーノックを見る少女の表情がとろりと溶けて、まるで運命の恋人に出会ってしまったかのような恍惚とした顔を見せはじめた。

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