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ふわわわ!? 命令されちゃいました? 今、私、命令されちゃいました!?

今回はちょっと長めです。

長いので2話に分けようと思いましたが、いい感じで切れるところがなかったのでそのまま載せました。

がんばって読んでください!ファイト!

 川に落ちてからだいぶ下流に流されてしまった王女は運良く浅瀬に流れ着いて、今は上流に向かって川沿いをとぼとぼと歩いている。


 流されている間に少し溺れかけたのでがっつり体力を削られ、川岸に流れ着いた直後はしばらく起き上がることもできなかったくらい疲労していたのだけれど、見知らぬ土地で一人きりでいるのが不安だったので気力を振り絞って立ち上がり、早くみんながいる場所に戻ろうとしていた。


「うぅ……ひどいめに遭いました……」


 幸いどこにも怪我はないので歩くのに支障はないのだけれどスカートが無いせいでひどく落ち着かない。


「スカートが流されてしまったのは不幸ですけれど、パンツだけでも死守出来て良かったと思うべきかしら」


 どちらも膝下まで下ろしていた状態で川に落ちたので、場合によってはノーパン状態だってあり得たのだ。


 王女は川上に向かって歩きながら不安そうに周囲を見回している。


「誰もいませんよね? 淑女としてこんな姿を誰かに見られるわけには……いえ、助けてもらうためには誰かに見られることを覚悟しなければならないのかしら」


 困難な状況から脱出するために誰かを見かけたら一時の恥を忍んで素直に助けを請うべき?


 それとも乙女の尊厳を守るために、誰かを見かけても声を掛けずに隠れてやり過ごすべき?


 判断が難しいところだ。


「こんな時こそ誰かが私に代わって決断してくれればいいのに……。そもそも私がこんなめに遭ったのは私なんかが馬車を止める判断をしたからだわ」


 誰の目から見ても彼女をこんな状況に追いやった主因はナタリアで、遠因で言うならナタリア個人の適性を見ずに家柄と血筋だけで侍女に採用した王家家宰のせいなのに、王女は全部自分が勝手な判断をしたせいだと思い込んだ。


 まだ全身がずぶ濡れで服が重くて、体力も尽きかけていて、ただでさえしょぼくれて見える王女がさらにダウナーな気分になって肩を落として歩くいていると――、


「なぁ、俺の声が聞こえるか!」  

「ひっ!?」


 それほど遠くない距離から妙にハイテンションな少年の声がして、王女は反射的に両手で股間を隠して周囲を警戒した。


「え!? え? どこ? どこから?」


 ビクビクと肩をすぼめながら見回してみる。


 けれど王女のいる位置からでは川面と川岸の土手にある雑木の茂みしか見えない。


「あの向こうかしら?」


 王女はそろそろと足音を忍ばせながら土手を上って茂みの中に潜り込んだ。


 まるで野ウサギのように茂みの中に潜みながら覗き見ると、王女の位置からわりと近い場所で一人の少年が長い棒を持って何かの魔術を行使していた。


『あれ? もしかしてあの方はイーノック様?』


 これから会いに行く予定だった相手がなぜかこんな辺鄙な場所にいた。


『いったいこんな所で何をしているのかしら?』


 声の主が面識のあるイーノックだったと分かったとたん王女はぺたんと腰を下ろした。

 どうやら少し緊張が解けて全身の力が抜けたらしい。


 親しい相手だったらこのまますぐに声を掛けて助けてもらうところ。


 けれど王女は声掛けをためらった。


 王女はパンツ丸出し状態だ。


 この格好で異性の前に出るのはかなり恥ずかしい。


 異性でもかなり親しいのなら話は別なのかもしれないけれど、王女とイーノックの対面はこれまでに数度しかなく、それも挨拶程度のごく短い会話しかしていないので『面識がある』くらいの親密度だ。


 王女がイーノックと初めて会ったのは彼が八歳になったときの貴族の子供たちが顔合わせをする茶会。


 その時の彼は二人の姉に挟まれるように守られていて挨拶もろくにできなかった。そのせいでイーノックは始終肩身が狭そうに愛想笑いをしていた。


 その少年が実は勇者の託宣を受けた子だと聞かされて意外に思ったので印象に残っていた。


 イーノックは高位貴族の子弟なのだから普通なら王都の交流会で友人を作り、将来のために自分の派閥を作ったりする。


 けれど彼の場合は夜会の招待状が送られても何故か姉の代筆でお断りの返信が来るばかりで一切の交流会に顔を出そうとはしなかった。


 久しぶりに顔を見たのは先々月の魔王領からの凱旋祝賀パーティー。


 勇者の託宣を受けた少年がどれほどの成長をしているのかと興味はあったのだけれど、そこで再会した時でさえ彼は覇気みたいなものは微塵も感じられない柔和な雰囲気を纏っていたので『勇者って案外誰にでもなれるのかしら』と失礼な感想を抱いた。


 王女はそんな彼が自分の結婚相手に選ばれたと知った時には、それほど不満もなかったけれど嬉しさも無かった。


『けれどどうしましょう、ここはあの方に助けを求めたほうがいいのかしら? それとも隠れてインジャパンたちが来てくれるのを待つ? 助けを求めるにしてもパンツ丸出しで大丈夫かしら』


 普通の人でもちょっと迷う選択肢。


 ましてや決断力を欠いている王女、悩む種が湧き出るばかりで頭を抱えて悩み続ける。


『どうしましょう、どうしましょう、一応お互いに面識はありますけどイーノック様は私のことを覚えていて下さってますでしょうか……不安です。私って地味だから人の記憶に残りにくいってよく言われているみたいですし、もし覚えていらしても婚約者としての初めての顔を合わせでパンツ丸出しなのは淑女としてあまりにもはしたないのでは……』


 決断できないまま茂みの中で身体を縮こまらせていたら、


「そこまで近くに来ているのに姿を見せてくれないだなんて、随分と焦らしてくれるね!」

「――っ!?」


 まるでこちらの動きを察知しているかのようなことを言わた。


『えっ!? 私がここにいるって分かっているんですの!?』


 驚いた王女は思わず腰を浮かして逃げ始めた。


「おいおい、こっちは君に会えるのをずっと心待ちにしていたんだ。今更帰るだなんて寂しい事はしないでくれよ!」

『ええっ!?』


 まるで見えているようなことを言われて王女は驚いたが、それ以上にイーノックの口調が思いのほか荒くて戸惑った。


 なんだかイメージが違う。


 王女の中にあるイーノックのイメージはヘナッとした内向的な性格で、ちょっと強いことを言われたら姉のスカートの中に隠れてしまうようなヘタレ。


 そんな彼がまるで物語の中に出てくるジゴロのような誘い文句で引き留めようとしているのだから王女は激しく動揺した。


 振り返って茂みの隙間からそっと向こうの様子を伺うと、イーノックは額に汗を浮かべて不敵な笑い顔を浮かべながら魔方陣を凝視している。


 視線から少しだけずれたところに潜んでいる王女にはチラリとも目をくれない。


『あれ? もしかして偶然それっぽいせりふが出ただけ? こっちには気づいていない……のかしら? なんだかそれっぽいわ』


 しかし王女の分析を覆すようなセリフが続いて出た。


「気づいていたんだ。きみは俺に会いたくて来たんだろう? だったら素直にこっちに来て姿を見せてくれ」


『あ、これ気づいている! 絶対気づいていらっしゃるわ。私が居ることに気づいてないとこんなにぴったりと会話が嵌るわけないもの』


 王女はもっと疑うべきだった。偶然でぴったりと会話が嵌ることもあるのだと。


 イーノックが魔方陣の向こうにいるダーラに話しかけているのを自分への語り掛けだと勘違いした王女。


『どうしましょう。どうしましょう。婚約者であるイーノック様に来てほしいってお願いされているんだから出ていくべきなんでしょうけれど……』


 やはりパンツ丸出しの格好でイーノックの前に出ていくのは恥ずかしかった。


『恥ずかしいわ。とっても恥ずかしいわ。あぁ、こういう時誰かがずばっと私に命令してくれたらいいのに!』


 そしてまた偶然が重なる。


「いつまでもそんなところに隠れていないで、俺たちを隔てているそこを抜けて、さぁ、来るんだ!」


『ふわわわ!? 命令されちゃいました? 今、私、命令されちゃいました!?』


 ちょっと自尊心が高めの王族ならば高位とはいえ貴族の子弟なんかにそのようなことを言われればムッと気分を害する場面。


 なのに、なぜか王女は高揚した顔で引きつり笑いを浮かべている。


 もちろんイーノックはそこに王女がいるなんて気づいていないし、ダーラとの引き合いに全神経を注いでいてそれどころではなかった。


 ダーラとの長時間の競り合いの決着をつける最後の駆け引き。


 イーノックはほとんど勝ちかけていたのに魔力制御が僅かに乱れて魔力の糸が切れてしまった。


「う、嘘だろ……ハァハァ、こ、こんな……ギリギリで、失敗とか」


 イーノックは息も絶え絶えに膝をついて、ずっと握りっぱなしだった祝福されし棒(ブレストロッド)をカランと落とした。


「いや、完全では、ないけれど……ハァハァ……召喚そのものは、成功している感じがする。どこか……ハァハァ……この近くに、出現しているはず……あ、これって……ハァハァ……逆に、マズい状況かも」


 力を出し切った勝負が終わって疲れ果てていたイーノックの声は弱々しく、茂みの中で悶えている王女の耳には届いていない。


「中途半端に、召喚に……ハァフゥ……成功、したせいで、困ったことになったな……」


 召喚した『何か』を自分の目の届かないところで出現させてしまった。


 その事実に気が付いたイーノックは、昨日サード女史から教わったばかりの一言を思い出した。


『従魔が誰かをデストロイした場合は契約主が責任を追うことになりますので、天文学的な賠償金を支払う覚悟がないのなら、そうならないように細心の注意が必要です』


「ヤバい。これは……マジでヤバい。こんなところで休んでいる場合じゃない。下手するとすごい賠償責任を負わされて、強制的に勇者から借金奴隷へジョブチェンジだ!」


 イーノックは気合を入れ直して地面についていた膝を立て、すぐに探しに行こうと立ち上がった。


 そんなとき――、


 ガサッ。


 イーノックに命令されたと勘違いした王女が恥ずかしさに耐えながら雑木の茂みから出てきた。

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