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んもぉー、しょうがないわねぇ!

「私としたことがいくらヒンギスたちの妨害があったとはいえ、こんな遠いところまで引き摺り出されてしまうなんて……しくじったわ」


 アイアンリバーの南約10㎞の地点にド派手な美女が裸足で立っていた。


「足元から大地母神の加護を感じるからここが人間どもの領域だって分かるけれど……あの忌々しい召喚士はどこかしら?」


 まるでライオンの鬣のように広がった頭髪を左右に振りながら大魔王ダーラは夕暮れ色に染まる田舎の風景を眺める。


 どこかで牛を放牧しているのか、微かに『もぃ~~』と気の抜ける鳴き声が聞こえた。


 ゴージャス系美人の彼女には全く似合わない牧歌的な景色。


 軽く探知魔法を発動させたら小さな魔力反応が数十個南西から北へと動いているのを捕捉した。


 おそらくそこに街道があって牛飼いが牛を連れて移動しているのだろう。


 そこに召喚士らしき魔力反応は見つけられなかった。


「久しぶりに楽しい競り合いだったから、ちょっとくらい顔を見て話をしたかったんだけれどな……」


 ダーラが呟いた通り召喚魔術による引き合いはおよそ半年ぶりだった。


 悪魔族であるダーラからすれば半年という時間は気にも留めない程度の時間でしかないのだけれど、イーノックとの再戦を強く望んでいたダーラは再び召喚魔法を仕掛けられるのを一日千秋の想いで待っていた。


 待ち望んでいた魔力の動きを察知したのは今日の昼過ぎの事。


 きょろきょろと周囲を見回すリスのような動きをする魔力の波を察知したダーラは歓喜で身体が震えた。


「来たわね! うふ、うふふふふ! 待っていたわよ!」


 イーノックの魔力を感知したダーラはまるでご主人様が帰宅する足音を捉えたワンコのような反応を見せているけれど、最初はこうではなかった。


 ダーラが初めてイーノックに召喚されてからの半月ほどは非常に荒れていた。


 なにしろ初めて敗北を喫したうえに、召喚されてみれば戦力外だと侮辱され、気が付けば全裸で、服を取りに戻ったら一方的に召喚魔法を切られてしまうという辱めを受けたのだ。


「大魔王ダーラをここまでコケにした人間は初めてよ! 絶対に思い知らせてやるわ下等生物め! ぐぬぬぬぬぬ」


 歯ぐきから血が出るほど歯ぎしりをしてダーラはイーノックを憎んだ。


 しかし時間が経つにつれ「あれ? よく考えてみればこの私と対等にやりあえる存在って初めてだったんじゃない?」と気が付いた。


 どれほど強い相手でも生まれつきの強者であるダーラには暇つぶしにもならない。


 先代の大魔王と戦った時でさえ欠伸がでそうなくらい退屈だった。


 ダーラは強すぎるゆえに悪魔族が共通して持っている破壊衝動や殺人衝動の本能を一度も満たされることなく過ごしている。


 体をいくら切り刻んで塵にしても二十四時間で復活する七体の『狂った人形マッド・ドール』を身近に置いて壊すことで日々の欲求不満を僅かながらに慰めているけれど、それが楽しいと思ったことはない。


 そんなときに出会った『完全魔力無力化』のスキルを持った人間の召喚士。


「あら、あらあら。ちょっとこれは運命的な出会いってやつかしら?」


 前大魔王を一撃で屠った濃縮小型爆裂魔法(ダーラ・エクスプロージョン)を腹に受けてもノーダメージ。


 さらに向こうはダーラの強さを歯牙にもかけず、殺伐とした殺意も見せず、それどころかダーラに対して「守ってあげなきゃいけない系」なんて印象を抱き、あろうことかダーラの姿を見て勃起していた。


「……そこはもうちょっとソフトに見つめ合って頬を染めるくらいのプラトニックな反応であって欲しかったのだけれど」


 でもそれは全裸で登場したダーラにも責任があるので一方的に責めるわけにもいかない。


 そんなこんなで、特にイーノックが何をしたわけでもないのだけれど時間が経つほどダーラのほうが勝手に盛り上がってきて、再びイーノックが召喚魔法でダーラを求めて来るのをワクワクしながら待ち続けた。


「やっぱり私のことが忘れられなかったのね召喚士! いいわ、来なさい! 受けて立ってあげるから!」


 ダーラは両手を広げて受け入れ態勢を取った。


 しかしイーノックの魔力はダーラの少し前まで来ると、ちょっと迷ったように左右に揺れて、そしてソロソロと戻り始めた。


 そんなイーノックの魔力にダーラは自分の魔力を絡みつかせて引き戻した。


「はぁん!? 待て待て待って! この私を見つけたくせに召喚しないとはどういうつもり!?」


 まるで満開の笑顔で挨拶した学園のアイドルがただのモブ男にそっと目を逸らされて無視されたかのようなキレ加減だ。


 ダーラの怒りが魔力越しに伝わったのか、イーノックの魔力はシブシブとダーラの腕に巻き付いた。


「んもぉー、しょうがないわねぇ! そんなに私を従魔にしたいのかしら。でもこの私を容易く召喚できると思わないことね! 私が欲しいなら全力で挑んできなさい!」


 ダーラはいつイーノックに召喚されてもいいように準備は万全に整えていた。


 引っ張り合いの勝負に強いグリップ力の高い床。

 魔力糸が掴みやすいように表面を加工した革製のグローブ。

 物理戦闘に突入した場合の武装。

 体力と魔力を回復させるポーション類が入っているウエストバック。

 ナチュラルに見えるゆるふわメイク。

 男受けの良さそうな淡い暖色のマニキュア。


 そして、エロい下着。


 あらゆる意味で勝負の準備は万全だった。


「さぁ、本気で行くわよ!」


 ……で、本気で競り合っているうちに悪魔族の本能がガンガンに盛り上がってきて「人間なんかに絶対負けない!」と超エキサイティン!


 浮かび上がっている魔方陣の向こうにいるイーノックも本気で張り合っているのが伝わってきてダーラはゾクゾクしっぱなしだった。


 それからまさかの六時間耐久。


 さすがのダーラも体力が尽きかける。


 このまま体力切れで負けてしまってあの男の従魔にされてしまうのもやぶさかではないが、どうせ負けるなら全力を出し切った結果だと納得して負けたい。


 だからまだ諦めない、まだ踏ん張れるだけの力がある。


 最後の最後まで足掻いてみせる。


 疲れ切った体に闘志を漲らせていたら、部屋の影でダーラが弱っていくのをずっと見ていた影が動き出した。


 七体の狂った人形マッド・ドール


 普段からダーラに隙があればここぞとばかりに命を狙って攻撃してくる人形たちが今日は何か特別なものを感じたらしく、襲うタイミングを慎重に測っていたようだ。


 そのタイミングが今だと判断した狂った人形マッド・ドールのヒンギスが大きな立ち切狭を持って動き出したのを契機に他の六体も一斉に殺到してきた。


「ちぃっ! こんな時に!」


 普段のダーラならパチンと指を鳴らすだけで塵になる程度の人形たちなのだが、体力が削られた状態でイーノックとの引っぱり合いを継続させながら七体全部を同時に殲滅するのは難しかった。


 だからパチンパチンと二回指を鳴らした。


 恐ろしく鋭利な風の刃の塊をぶつけられた狂った人形マッド・ドールたちは一体残らず塵と化した。


 大魔王ダーラがいくら弱っていたところで人形程度に苦戦するわけがないのだけれど、一瞬だけバランスを崩されてしまった。


 それを見逃すイーノックではない。


 最後の勝負だと決めて、全力を振り絞って糸を引いた。


 バランスが崩れたダーラは片足が浮いて踏ん張れない。


「いや、まだ諦めない!」


 大魔王としての意地か、それとも初めて出会った好敵手には全力を見せつけたいというこだわりか、とにかく彼女は最後の一瞬まで見苦しいほどに足掻いてみせたかった。


 浮いてしまった足をベッドの足に引っ掛けて抵抗した。


 それが良かったのか、それとも悪かったのか。


 ダーラの体が完全に魔方陣を潜ってしまう前に魔力の糸が切れて、イーノックが魔方陣を描いた地点から八㎞ほど魔族領側に離れた場所にダーラは出てしまった。

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