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ナタリア、あなた本当にもうこれ以上はやめて。本当に大変なことになるから!

「しかし困りましたね。ナタリアの工作がバレたのがよりにもよって勇者様の実姉であるシャズナ様とか……」


 路肩に寄せて止まった馬車の中でナタリアたちから聴取した状況はすこぶる悪い。


 下手をするとこれを理由に婚約破棄を突き付けられるかもしれない。

 もちろん王家側からではなくバーグマン侯爵家側から王家に対する抗議という形で。


 国王がどうして評判の良くない勇者をあえて娘の婿に選んだのかを看破しているインジャパンはこの縁談が壊れるのを恐れた。


 そして当事者であるアルフラウル姫は自身の結婚のことよりも父が勧めた縁談を壊してしまうことを恐れた。


「どうしたらいいの? 私は何も指示していないのに婚約者の姉に大変な誤解を植え付けてしまったわ。このままじゃお父様の命令に逆らってしまう事に……」


 できれば時間を巻き戻して何もなかったことにしたいがそんなことは不可能だ。


 インジャパンはこれからどうするかを考え始め、王女は俯いて「どうしよう……どうしよう……」と精神崩壊寸前の様子。


 そこにウェーズリーが嫌そうに口を挟んだ。


「あのよ、これ以上関わりたくないから黙っていたが、工作がバレたことに関しては心配しなくてもいいと思うぜ」


「どうしてそう言えるんですかっ!?」


 バッと血走った目を向けてきたインジャパンの迫力に気圧されながら、ウェーズリーは隣に座るナタリアの肩をつついて促した。


「お嬢、聖女さんに王女宛の伝言を託されていただろ。あれを早く教えてやれ」


「伝言?」


 不安そうに首を傾げる王女。


「はい」


 ウェーズリーは王女を安心させるように微笑みながら頷いた。


「伝言?」


 同じように首を傾げるナタリア。


「おい」


 ウェーズリーはナタリアのおでこにチョップをお見舞いした。


 どうやら伝言を託されたことを忘れていたようだ。

 そしてどんな内容だったかは記憶の彼方へ……。


「記憶容量がニワトリ並に少ないお嬢に代わって俺が伝えてもいいか? 横で聞いていたから内容は覚えている」


「お願いします」


「じゃあ、そのまんま伝えるぜ。『王女殿下からのお手紙にお返事も書かず失礼しております。この度の件は少々思うところがないわけではありませんが、王女殿下に免じて何もなかったことにしたいと思います』」


「姫様に対して上からの発言なのが気になりますね」


 伝言の中に漂う尊大な空気を敏感に感じ取ったインジャパンが頬をピクらせる。


「弟を狙われて怒っているのを我慢しているからこういう言い回しになったのでしょうね。やらかした側である私たちはそれを批判して良い立場じゃないと思うわ」


「んむぅ。確かにそうかもですが……」


「『少し行き違いがあったようですが、頂いたお手紙から王女殿下のお気持ちを察することができました。私も王女殿下と同じ気持ちでおります。弟との婚約の件はこちらでも根回しをしておきますのでご心配なきように』以上だ」


 貴族同士の交信では細かく決められた修飾語や内心を仄めかす隠喩のほかに、行間に隠されている本音などもあって、表層に現れた言葉がそのままの意味で通じることは多くない。


 この伝言もその例に漏れず本音をぼかして行間に本音が挟まっていた。


 シャズナからの伝言をわかりやすく意訳するとこのような内容になる。


『あなたからの手紙は受け取ったわ。返事をする気にもなれない内容だったけど。なんだか変なのがチョロチョロ来ていたので捕まえてみたら王女の手下だったから本気で私とやりあうつもりなのかと殺意が抑えられなかったわ。でも手紙の内容と工作員の派遣で貴女の本心が見えてきたから生かして返してあげる。私もあなたと同じように弟との婚約には反対の立場だからね。まぁその件についてはこっちで裏工作しておくからこれ以上余計なことはしなくていいわよ』


 さて、ここで大きな問題が発生した。


 王女から送られてきた手紙には結婚を受託すると書いておきながら、ナタリアを送り込んで破談工作を行おうとした矛盾からシャズナは『王女はイーノックを婿にする気はない』と推量した。


 ところがナタリアの工作はナタリア個人の暴走の結果であってそこに王女の意思はなく、王女は本気でイーノックとの結婚を許容するつもりでいる。


 ちなみに王女とインジャパンは伝言の内容をこのように受け止めた。


『お手紙ありがとうございます、しかしこちらから返信も出せないくらい急な連絡は困ります。ところで、そちらで飼っているメイドがやらかしてくれたわけですが未然に防げたことだし王女殿下の顔を立ててなかったことにします。てっきりウチの弟と結婚することを嫌がっているのかと邪推しましたが、王女殿下ご自身が手紙でそうではないと否定されているので信用することにしました。私も王女殿下と弟の婚約に賛成です。今後の事ですが、今回のように弟の結婚を邪魔する者が他にもいないとは限りませんので、そうならないように全てこちらで手を打っておきます。ご心配なきように』


 完全に真逆である。


 双方の間で根本から認識のずれが発生していることにどちら側もまだ気付いていない。


 認識のずれを発生させた張本人であるナタリアはゴマ粒ほども自分の行動が間違っていただなんて思っていないし、ナタリア発信の事情しか聞いていないウェーズリーも認識のずれに気づいていないので訂正してくれるが誰も人もいない。


 それゆえにシャズナからの伝言を聞いた王女とインジャパンは伝言の中にあった『私も王女殿下と同じ気持ちでおります』の一言を『私も王女殿下と弟の婚約に賛成です』という意味で受け取った。


「良かった。シャズナ様は私と勇者様の結婚に賛成なのですね」


 心の底から安堵したのか大きく息を吐いた王女の目に光が戻って涙を潤ませている。


 ウェーズリーは王女の言葉に『あれ?』と違和感を覚えたが『あぁ、部外者の俺がいるからそういう振りをしてるんだな。お偉い立場の人は大変だねぇ』と納得した。


「そもそも姫様と勇者様との婚約はバーグマン侯爵夫人が熱望した案件です。男子で勇者の託宣を受けたイーノック様を次期当主に据えず、あえて長女のメルセデス様をその座につけたのは、勇者様を姫様の婿にするためだと聞いております。もはや執念とも言えるほど入念な下準備をしてバーグマン家は王家に食い込もうとしているのですから、ちょっとやそっとの障害で婚約の破棄はしないでしょう」


「その執念に今回は助けられた感じですね。でも未来の義姉様になる方に全てをお任せするのはなんだか申し訳ないわ」


 ここ最近ずっとオロオロしていた王女の顔にようやく笑顔が戻ってきた。


「え? ヘタレ勇者と姫様は婚約破棄にならないんですか?」


 ナタリアの言葉にピシリと場の空気が凍り付いた。


「あなたは何を言っているのですか。姫様は婚約破棄なんて望んでいませんっ!」


「ナタリア、あなた本当にもうこれ以上はやめて。本当に大変なことになるから!」


「え? え!?」


 かつてない真剣な表情で二人に詰め寄られて困惑するナタリア。


 ウェーズリーはそんなナタリアの腕をつついて耳打ちする。


『ばっか、お嬢。姫さんたちは部外者の俺がいるから本音が話せないんだよ。それくらい察しろって』


『あ、そっか。そうだよね。『誰であろうと弟と結婚させるもんですかっ!』って暗黒波動を撒き散らしてた聖女様と同じ立場なんだから、王女様はやっぱり婚約破棄したいんだよね』


『おそらく王女様は不満なんだよ。さっきの聖女さんの伝言は『婚約破棄の裏工作は私がやるから手出しすんな』って内容だった。ところが婚約を進めている侯爵夫人の執念を脅威を感じている王女様は『彼女だけに任せっきりにするのは不安』って遠回しな言い方で言っているんだ』


『あ、そういうこと? 今の話でそれが分かるとか、おじさん実は頭良かった? 見直したよ』


『おいこらお嬢、帰ったら俺のことを今までどんなふうに思っていたのかじっくり聞かせてもらうからな』


『うえっ、今のセリフって恋人同士の『なぁ、俺のどこが好き? 俺のことどう思ってる?』みたいなスイーツトークでなんかヤダな~』


『そういう意味で言ってんじゃねぇ!』


 ウェーズリーはナタリアのおでこを再びチョップした。

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