うぉい!? 生々しい脅しはやめてくれ!
ウェーズリーは額からダラダラと冷たい汗を垂れ流した。
今の状況は普通の人からすれば完全に『詰み』だが、元冒険者の生存本能がウェーズリーに最後まで諦めない粘りを発揮させた。
『考えろ俺! なんとかこの場をやり過ごすナイスな言い訳を考えろ! さもなければ俺たちは死ぬ! この姉ちゃんは人を殺すことになんの抵抗も感じないだろう。というか俺を見ているその目がすでに養豚場の豚を見るような目になっていやがる!』
ウェーズリーは懸命に考えた。ここで何もしなければ処刑確定なのでまさに文字通りの命懸けだ。
『いっそのこと計画を全部ゲロっちまうか? いや、そんなことに意味はねぇ。むしろ俺たちが殺されたうえでオロローム家とバーグマン家の全面抗争に突入するだけだ。本当のことを言えば殺される。それなら嘘で騙すしかないが、どうやったらこのおっかない姉ちゃんを騙せる? そもそも俺たちが何をしようとしていたのかバレている時点で危機回避不可能なんじゃないかコレ!?』
脳みそが熱くなるほどウェーズリーは知恵を絞ったがなかなか良い案が浮かばない。
「メリー・アン。メリー・ウン」
シャズナに名を呼ばれた二人の護衛はウェーズリーたちの頭から手を放す。
ようやく頭を上げることのできたウェーズリーは一瞬このまま解放してもらえるかもと淡い期待をしたが、護衛の一人はシャズナの横に戻ったものの、もう一人の護衛は唯一の出入り口を塞ぐようにドアの前に立った。
二人を逃がす気はサラサラ無いようだ。
「さて、名前を明かして絶望の表情も堪能したから、後はもう処分するだけなのだけれど、今回はその前に確認しておきたいことがあるの。だから答えることを許すわ。あなたたちの目的は何?」
「目的? なんのことだい?」
まさか正直に「勇者のガキをハメて姫様の婚約者でいられなくなるくらい悪評ばらまこうとしてます!」なんて言えわけがないウェーズリーは首をかしげてスットボケてみせる。
その様子にシャズナはイラっとした表情を見せたがちゃんと説明してくれた。
「あなたたちがしたように、私の弟に誘惑をかけようとする女はそれなりにいたわ。バーグマン侯爵家と縁を結びたい下級貴族の娘とか、貴族の側室になって成り上がりを目指す野心家の娼婦とか。極稀に純粋にイーノックのことが気に入って距離を詰めてくる女もいたけど」
「はぁ……」
「家の都合とか、野心のためにとか、気の迷いだとか、動機がそれぞれ違っていても、みんな最終的にはあの子の『嫁』の地位に就こうとしていたから、あの子を狙っている女は本人が直接近づいて来るのよ」
「まぁ、本人同士が直接会わなきゃロマンスってのは始まんねぇからなぁ」
「ところがあなたはそこにいる小娘を使わずにわざわざ縁のない娼婦を雇って弟を誘惑しようとした。今までにないパターンよ。だから私は知りたい。あなたたち何が目的? あなたたちは何者?」
明らかにイラついているシャズナを見てウェーズリーは『ここだ!』と閃いた。
「俺ぁ、勇者に恩返しをしたかっただけなんだ」
「恩返し?」
ウェーズリーの答えが意外過ぎてシャズナの顔がますます怪訝そうに曇った。
「あぁ恩返しだ。女のあんたじゃ聞いたこともないかもだが、野郎同士の付き合いで大きな貸し借りができたときに『おう、あの時は世話になったな。今度きれいな姉ちゃんを奢ってやるよ!』てな感じで娼婦を抱かせてやるのがお礼になっていることがあるんだ」
「……ふぅん? それでどうしてウチのイーノックが絡んでくるのかしら」
「実は俺ぁ勇者に助けられたことがある。そんな昔のことではなくて、この前の魔王討伐のときなんだけど、えぇと、俺あの討伐隊の一員で、魔族領に入ったときにオークの群れに囲まれて危なかったときに勇者に助けてもらったんだ」
ウェーズリーは嘘をつきながら必死に脳みそを働かせて、ぽわっと頭に浮かんだ小話を重ねて繋げてそれらしい美談に仕立て上げた。
「で、その恩返しに今回の依頼をしたってこと?」
「そうっ! そうなんでさぁ!」
即興で嘘ストーリーを作りきったウェーズリーは心の中で凱歌を上げた。
『よしっ、よくやった俺! これなら娼婦を雇ったことに辻褄が合うし、勇者に対して害意があるどころか感謝しているポジションだ。姉としては弟に娼婦を斡旋しようとした俺のことは面白くないだろうが、弟に恩を感じている俺をむざむざ害そうとはしないはず! いいぞ俺、これなら無罪放免確定だ!』
しかし夜の街を統べる覇王の判決は無慈悲で残酷だった。
「ダウト。そして有罪、極刑に処すわ」
「え、ちょ、なんでだよ!? 俺は嘘なんて言ってねぇ!」
「いいえ、今の話は紛れもなく嘘。わざわざ確かめるまでもないくらい明確に嘘だってわかるわ。だって私の可愛い弟は童貞だもの」
「……は?」
ウェーズリーはシャズナがいったい何を話し始めたのか理解できなかった。
シャズナはフンと鼻で嗤う。
「勇者に助けられた? そんなわけないじゃない。あの子は一度も実戦を経験したことのない実戦童貞。魔王討伐のときだって行軍中は軍の一番奥まった位置で真っ青な顔になりながら、まるで市中引き回しの刑を受けている罪人のように馬に揺られていたわ。魔王を討伐した夜なんか恐ろしさのあまりテントの中でゲロ吐いて震えていたくらいよ」
「は? え、ちょ、嘘だろ? 仮にも勇者の託宣受けている男が実践童貞だとか」
「本当よ。だって私たち姉妹が全力であの子から実戦の機会を奪っているんですもの」
「どういうことだ?」
「私たちはイーノックのことが誰よりも大好きなの。大好きな弟がもし戦闘で怪我をしたらと思うと心が張り裂けそうになるくらい心配になるわ。だって昔のあの子はとっても不器用で弱かったから」
昔のことを思い出したのかシャズナはホゥッと甘い溜息を吐いた。
「だから私たちは考えた。そもそもイーノックが戦わなければ怪我をすることもないでしょって。それ以来私たちは全力であの子を実戦から遠ざけてきたわ。本人に戦闘を禁止するのはもちろん、イーノックが行きそうな場所には騎士団の巡回を増やしてゴブリンの一匹さえ出ないように魔物の殲滅をしたわ」
「過保護過ぎだろ!?」
「あなたにどう思われようと関係ないわ。とにかくあなたがさっき頑張って創作した嘘は私にはバレバレだってこと。嘘の独創性に免じて今回だけは許すけど、次も嘘を吐くようなら今夜この店であなたのお尻の処女が売り出されることになるわ」
「うぉい!? 生々しい脅しはやめてくれ!」
「おじさん負けないで! おじさんが処女じゃなくなったとしてもベリーさんなら許してくれるわ! 崇高な目的のために耐えて!」
今の今までじっと口を噤んで存在を消していたナタリアが俄然張り切り出した!
「ちなみに嘘を吐かない代わりに黙秘でやり過ごそうって考えているなら沈黙十秒につき一枚づつ爪を剥がしていくわ。あ、あなたの爪ではないから安心して。そこの小娘の爪を使うから」
ナタリアはしゅるりと流れるような動きで床に頭を擦りつけて恭順の意を示した。
「なんでも話します。おまかせあれ」
「おいこら、お嬢。崇高な目的とやらはどこに消えた?」




