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なんてめぐり合わせだコンチクショウッ!

 ウェーズリーはなぜ娼館の最奥に懺悔室(ざんげしつ)があるのか不思議だったが入ってみてすぐに理解した。


 奥の壁に小さな聖印が嵌め込まれた祭壇があり、その前面に豪奢なソファが置かれていて、真っ赤な革張りが色褪せて見えるほど色気のある爆乳シスターが気怠げに腰掛けていた。


 そのシスターの左右後方には護衛と思しき大柄なシスターが直立姿勢で控えていて、天井に頭をこすりそうなくらい高い位置から無言で二人を見下ろしている。


 ゴクリ……。


 横にいるナタリアからつばを飲み込む音がした。


 護衛の迫力にビビったのか、それとも真ん中のシスターの妖艶さに気圧(けお)されたのかウェーズリーにはわからないけれど、真ん中のシスターが只者ではないことだけはナタリアも本能で察したようだった。


 ほぼ間違いなく『元締め』とやらは真ん中のエロいシスターのことだろう。


 彼女は深いスリットが入った修道服から伸びた足を気怠げに組み替えつつ、ハイヒールのつま先で部屋の中央を指ししながら二人に命じた。


「そこに座りなさい」

「え、ここに?」


 ウェーズリーが思わず聞き返した。


 シスターが指したのは床。

 しかも古い血痕と思しき染みがいくつも飛び散っている床だ。


 この懺悔室は横幅三メートル奥行き六メートルほど。

 こんな小さな部屋の中を改めて探すまでもなく一目でわかる。


 この部屋にはシスターが今座っているソファ以外に椅子として使える家具なんて何一つない。


 それもそのはず。

 この懺悔室は神に許しを請う部屋ではなく、彼女に平伏し忠誠を誓うための部屋だ。


 彼女は夜の街を統べる絶対の覇王。


 彼女と対等の者などいない。


 彼女と同じ目線で会話をすることすらおこがましい。


 ゆえに懺悔室には主用の椅子さえあればいい。


 お互いに初対面でまだ挨拶すらしていないのに、立場の差を思い知らされたウェーズリーはひどく困惑した。


『やべぇ、まだ何にもしてないのになぜか敗者のポジションに立たされている。なんなんだこのシスターは!?』


 命じられたままに床に座ってしまう事は、態度でその上下関係を受け入れたと表明するようなもの。


 そうなるのを嫌ったウェーズリーは少しでも立場を対等に近づけようと立ったまま交渉を始めようと口を開きかけた。


 その瞬間――、


「がっ!?」


 護衛のシスターたちが恐ろしいほどの跳躍力で飛び掛かってきて二人の頭を鷲掴みにして力づくで平伏させた。


「ぐぅっ……。なんて速さとパワーだ」


 貴族の私兵とはいえ騎士団長を務めているウェーズリーでさえ恐怖を感じずにはいられない。


 まして戦闘訓練なんてしたことのないナタリアは刺激が強すぎて言葉が幼児退行していた。


「助けてくだちゃい。ごめんなちゃい。ナタリアもう悪いことしないでちゅ。ごめ――」


 二人がまるで潰されたガマガエルのように床に押し付けられているのをシスターは当たり前のように見下ろしている。


「おいおい、こりゃ一体何なんだ。客が娼婦に仕事を依頼しただけでグヘッ!」


 床に押さえつけられた姿勢でウェーズリーがクレームをつけようとすると護衛が問答無用とばかりに押さえつける力を強めた。


 許しもなく勝手に発言するなということだろう。


 二人が力づくで黙らされたのを見て満足そうに頷いた元締めは、まるで聖典を読むかのように、美しく、それでいて蠱惑的な声で独り語りを始めた。


「ねぇ、あなたたちは死人に名乗るなんて無駄なことだと思う? 私はもちろん無駄なことだと思うわ。だって死人に何を言ったところで意味なんてないんですもの。でもね、制裁として殺す相手に名乗ることは無駄ではないと思うわ」


『制裁として殺す相手って俺たちのことか!? そうなんだろうなぁーチクショウ!!』


 ウェーズリーは心の中で突っ込んだが決して声には出さなかった。どうせ言ったところで痛い思いをするだけだ。


「だって、何も理解しないまま殺すんじゃこっちの気が晴れないでしょ? あなたは誰を怒らせてしまったのか、あなたの何がその人の逆鱗に触れたのか。それをはっきり知らせてから、責めて、嬲って、拷問して、自ら死を望むくらい追い込んでからヤらないとスカッとしないじゃない?」


 元締めは目の輪郭の上下を弓のように歪め、美しい相貌に狂気の笑みを載せてクスクスクスと嗤った。


「さて、私も暇じゃないからさっさと先に進めるわね。あなたたちが怒らせた相手は言うまでもなく私。私の名前はシャズナ・バーグマン」


『シャズナ……バーグマン!?』


 バーグマンの家名が出てきてウェーズリーは目を見開いた。


「『聖女シャズナ』と言ったほうが世間では通りがいいかしら。あなたたちがハメようとした勇者イーノックは私の愛しい愛しい最愛の弟よ」


「『聖女シャズナ』!? 嘘っ、だって……」


 ナタリアはシャズナを見上げて何度も瞬きを繰り返した。


 世間では『聖女』と称されているのに、目の前にいる彼女からは『許し』も『慈愛』も感じられず、恐ろしいほどの『憎悪』と『殺意』が吹き上がっている。


『しまったぁー! 勇者の小僧をハメる計画を俺はよりにもよって本人の姉に相談しちまったのか! なんてめぐり合わせだコンチクショウッ!』

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