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めちゃくちゃ過保護な姉たちがチート過ぎて勇者の俺は実戦童貞  作者: マルクマ
第一章 童貞勇者と過保護なお姉ちゃんたち
8/100

おやおや、侯爵家の若様は私みたいなおばちゃんを服従させたいのかい?

「はあああぁぁぁ……」


 イーノックは魂が零れ落ちてしまいそうなくらい大きなため息をつきながら馬を歩かせていた。

 今日こそ従魔契約を結ぶぞ! と意気込んでいた朝と比べるとテンションの落差は山頂と谷底のようである。


 この落ち込みようからも分かるように今日もイーノックは魔物との契約は出来なかった。


 召喚魔法には大別して二種類ある。

 一つはスライムなど知性の無い魔物を召喚して本能のままに暴れさせる『非支配タイプ』。

 もう一つは知性のある魔物を呼び出して屈服させて召喚士の支配下に置き、支配後は召喚士の従魔として意のままに使役する『支配タイプ』だ。


 一般的に『召喚士』として認められるのはCクラス以上の魔物を従魔にしている者なのだけれど、まだ一匹も魔物と契約できていないイーノックに使える召喚魔法は非支配タイプのみで、一般的にはまだ『召喚士』を名乗れないほどのヘッポコだ。


 大地母神よ。今度こそ俺に従魔を!

 願い叶うのならばCクラス以上の魔物を!


 召喚士支局の試験場でイーノックは従魔にするための魔物召喚を渾身の祈りを込めて行使した。


 ……けれど魔法陣の中から現れたのはなぜか青空食堂『鈍色ヘルメット』で給仕をしているアポーペンだった。


「え?」


 護岸作業をしていたときよりも冷たい汗がイーノックの頬を伝って落ちた。


 エールが注がれたゴブレットをトレイに載せたアポーペンは突然召喚されてキョトンとしていたが、足元にある大きな魔法陣と顔から血の気を引かせているイーノックを見て状況を理解した。


「おやおや、侯爵家の若様は私みたいなおばちゃんを服従させたいのかい?」


 アポーペンは少し嫌味な言い方で冷たく笑いながら問いかけた。


「す、すみません! これは、その、手違いっていうか、失敗っていうか……」

「若様。言っちゃあなんだけどね、これで何度目だい? ここから店までけっこうな距離があるから歩いて戻るのも疲れるんだけどねぇ」


「すみません! お詫びに今度素敵な靴をプレゼントさせて頂きますので許して下さい!」


 キツツキ鳥のようにペコペコと何度も頭を下げてようやくアポーペンさんに許してもらった。


 まだ不機嫌さを顔に残したアポーペンを見送った後、気を取り直してもう一度召喚魔法を使ったら今度は魔道具店『深淵の入り口』の店主ラウンドクックが現れた。


「……ボウズ、またか」

「す、すみませぇえええん!」


 イーノックは五体投地をするように地面に体を投げ出してひたすらにラウンドクックに頭を下げた。


 どうして魔物を召喚する魔法で人間を呼び出せるんだよ? と、その様子を見ていた他の召喚士が逆に不思議がっていたくらいにイーノックは有り得ない失敗をやらかしてしまった。




 もう散々だ。


 魔物と契約するとか、戦って服従させるとか以前に、そもそも魔物を呼び出すことが出来なかった。


 スライムのような知性の無い下級魔物であれば何十体も呼び出せるイーノックなのに、渾身の魔力を込めて召喚する従魔契約の魔術はことごとく失敗する。


 アポーペンさんを出現させたのはこれで四度目だし、ラウンドクックさんもこれで三度目だ。他にも冒険者ギルドの事務員や神官、旅商人など、なぜか人間ばかりを呼び出してしまう。


 もしかしたら召喚魔法ではなく転移魔法を使っているのではと魔術術式を再点検したのだけれど、間違っている所はなかった。


「どうしてこんな失敗するんだろうなぁ……」


 試験場を出てバーグマン侯爵邸へと帰る馬上でがっくりと項垂れて気落ちしているイーノック。


 そんな彼を路地裏の陰から忌々しげに見つめる二人の視線があった。




「くそっ。あんのガキ、なんでこの俺様をそこらのザコ魔物のように気軽にホイホイと呼び出せるんだ。俺たちは上位種悪族だぞ?」


 魔道具店の店主ラウンドクックは剥き出しになった牙を歯ぎしりでゴリゴリと鳴らしながらイーノックの後ろ姿を睨んでいる。


「呼び出される度に冷や汗が止まらないよ。あたいらがあの場で人間じゃないとバレた場合もそうだが、召喚魔法に拘束された状態で叩きのめされたら、その瞬間からあたいらはあのガキの従魔だ……あぁ、考えただけでも恐ろしい」


 青空食堂で給仕をしているアポーペンが自分の尻尾を摩りながら身震いしている。


「いつも勘違いしてあのガキの方から『ごめんなさい!』って敗北宣言するから助かっているものの、血の気が退くほど強力な召喚魔法で縛られているあの状態で『我が従魔となれ』と命令されたら拒みきれる自信が無いよ」


 そう言って震えたアポーペンは豊満な胸の谷間に埋まったペンダント型の護符を引き抜いた。

 六枚羽の大悪魔を抽象化して描いた銅板の護符は真っ二つに割れている。


「あ~あ、とうとうこのレベルの護符も無効化されてしまった。これ以上のものを用意するとしたら銀製か? それじゃ高価すぎて経済的に殺されちまうよ。どうすりゃいいんだい」


「仕方ありませんぜアポーペン様。魔王様への報告のついでにこれを経費で落とさせてもらいましょう。銀の護符は俺の店の方で用意しておきますから少しは安くできるはずです」


「金庫番のネギが経費として認めてくれるといいんだがね……。どちらにしても護符が必要だって事に変わりはない。とりま、他の潜入員の頭数分も用意しておくれ。一人でも身バレしたらそこから芋づるに捕縛される危険があるからね」


「分かりました。早急に用意致します」


 ラウンドクックは胸に拳を添えてアポーペンに恭しく頭を下げると、剥き出しになっていた牙を口の中に引っ込めて町の中へと戻って行った。


 夕方と言うにはまだ早い昼下がりの町はそれなりに人の往来があって、ラウンドクックの巨体もすぐに人混みに紛れて見えなくなった。


 部下の姿が完全に見えなくなってからアポーペンは「やれやれ」の声を出しながら深々とため息を吐いた。


「あのガキめ、史上最弱の勇者だと人間族の間で笑い者になっているが……冗談じゃない。アイツはとんでもないバケモノだよ。本人を含めて周囲の人間が気付いていないのが不思議なくらいさ。まるで誰かが意図的にそうなるように」


 アポーペンはその先の可能性について暫く思考を巡らせていたが、勇者が自分の実力を誤認している状態は人間側にとってマイナスでしかない。

 彼女が人間族に紛れて生活しながら収集した情報を解析すると、勇者を弱く見せかけようとしている何者かが勇者の近くにいる。だが、その『何者か』の意図や真意が全く見えてこない。


「どういうことなんだいこれは……」


 それからもアポーペンは考え続けたが……やはり分からない。ふぅと諦めのため息をついてアポーペンは眉間に寄った皺をゆるりと解いた。


「調べ続ければいつか分かるでしょう。ただまぁ、願わくばずっとそのまま気付かないでいてもらいたいのだけれどね」


 アポーペンは無詠唱で足元に小さな魔法陣を出現させると、まるで水の中に潜るようにそのまま沈んで消えた。


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