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しつけ、必要?

「従魔を戦闘に参加させる場合は命がけの戦場に飛び込めと命じなければいけません。今みたいにちょっと理不尽な扱いをされたくらいで従魔が反抗・拒絶する程度の躾では戦闘時に使えませんからね。召喚士の命令は絶対。召喚士は従魔に舐められたら終わりです」


 サード女史の教えはイーノックにとって奇妙に聞き覚えのあるフレーズが混じっていた。


『舐められる?』


 そのフレーズをいつ聞いたのかと思い出してみると、それはネギがバーグマン家で暮らすようになって数日過ぎたある日の一幕だった。


 身体からあふれ出る魔力のせいで命あるものに触ることのできないロッティは魔力抵抗が異様に高いネギをペットとして可愛がることにした。


 ネギの立場からすれば、自分を強制的に隷属させている憎い人間の妹に愛玩動物と同じ扱いをされるわけで、それほどプライドが高いわけでもないネギでも少し心がモヤっていた。


 それでもお人好しなネギは幼いロッティの『おままごと』に付き合うくらいの寛容さはあった。


 だから『ま、子供の遊び相手くらいならしてあげてもいいよ』という感情が態度に出てしまい、ついロッティのことを「この子」と呼んだ。


 その直後だ。ロッティの雰囲気ががらりと変わったのは。


「違くない? ペットが飼い主を『この子』って言うのはロッティ違うと思う」


 側にいたイーノックがちょっと居住まいを正したくらいロッティの様子は危うく、さっきまで自然に浮かんでいた彼女の笑顔はスンと消えて、瞬きもせずにネギを凝視している。


「えっ?」


 ロッティが急に真顔になったのでネギのチキンハートは縮み上がり、鞭のように長いシッポは股下をぐるりと回ってお腹にぺたりとくっついた。


「ねぇ、しつけ、必要? どっちが『上』か体で覚えさせたほうがいい?」


 真顔のロッティに正面から問い詰められてネギは涙目になりながら平伏した。


「すみませんでした。ロッティ様!」


「ん。ペットには舐められないようにするのが大事だってシャズナお姉ちゃんが言ってた。ロッティはネギと仲良くしたいけど、対等じゃないから。そこ大事。わかる?」


「身に染みてわかったんだよぉー!」


 それ以来ネギはロッティに対して絶対服従の態度をとり続けている。


 なにしろロッティが目覚めている間のネギはイーノックのことなんか放置して、まるでロッティこそが主であるかのように恭しく傅いているのだ。


 ふとイーノックは現在の自分と従魔ネギの関係性を思い返してみた。


 友達のように対等な関係でいて欲しいとイーノックのほうからお願いしたのは確かだが、仮にも契約主であるイーノックの命令をネギはけっこうな頻度で拒否している。


 例えば、一緒にトレーニングしようと誘ったらほぼ百パー拒否。


 例えば、入浴中にシャズナが乱入してきたとき「ネギ、俺を守れ!」と命令しても自分の性別がバレるのを恐れたネギは逆にイーノックの後ろに隠れて主人が犠牲(デコイ)になっている隙に自分だけスタコラピューと逃げた。


 例えば、ついさっきネギと一緒に昼食を摂ったのだが、そのときランチのプレートにネギの苦手なブルーチーズが乗っていたのだが、ネギは一言の断りもなくイーノックのプレートにブルーチーズを移すと「ボクが一品あげたんだから主様も一品ちょうだい」と勝手にソーセージを一本強奪していった。


『あれ? 俺ってもしかしてネギに舐められてないか? というか完全に舐められてるよな? なんか対等な友達関係とかよりも扱いが下な感じじゃね?』


 気付かなければ幸せなままでいられたのにイーノックはとうとう気付いてしまった。


『そっかぁ、あのときは可愛くて優しいロッティにしては随分と厳しい態度だなと思ってたけど、従魔への対応はあれで正解だったのか……』


 イーノックにとって唯一の従魔であるネギが訓練すら拒否するようでは、召喚士である彼はいつまで経っても冒険者デビューができずに実戦童貞のままだ。


 イーノックは今更ながら焦りだした。このままじゃマズイ。と、


「先生、正直に白状すると俺、従魔に舐められてる感じがするんですけど、どうやったらここから挽回できますか? いつかそいつと一緒に冒険に行きたいんだけど全く言うこと聞いてくれないんです。こないだなんか何度呼んでも尻尾をピクンと持ち上げるだけで振り向きもしなかったんですよ」


「あなたの従魔は機嫌の悪い時の猫ですか? 完全に舐められていますね」


 想像以上に情けない実態を告白されてさすがのサード女子も鞭を振らずに溜息を吐いた。


「初期段階で失敗したのなら、普通はその従魔との契約を破棄して違う従魔を従えるほうが手っ取り早いんですけどね。完全に見下されていると直接攻撃こそしないものの大声で恫喝してくるケースもあるそうなので」


「手遅れってことですか……」


「噂によるとあなたの従魔は元魔王だそうですから簡単に手放すわけにはいかないでしょうけれど、一度反抗心が芽生えてしまえば簡単には屈服しないでしょうね」


「簡単に……屈服しない?」


 イーノックはネギが自分以外の人間には驚くほど簡単に屈服している姿を思い出して、なんだかやるせない気持ちになった。

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