ギギーギギッ!(ありがとうございます!)
「イーノック受講生。いつまでも机の下で亀のように縮こまってないで出てきなさい」
流れるような鞭捌きでイーノックに十五連打をかましたサード女史は机の下に避難したイーノックに出てくるように命じた。
「もう鞭で叩きませんか?」
「それは私の気分次第です」
「せめて『あなたの態度次第です』って言ってくださいよ。本当に理不尽すぎる……」
「不満を言いながらでもちゃんと机の下から出てくるんですから素直ですね。うふふふ、もっと虐めたくなってしまいます」
のそのそと着席したら全く嬉しくない誉め言葉を与えられてイーノックは心底ゾッとした。
「さて、今回の講義は初めて従魔と契約した召喚士へ『従魔管理』の基本を知ってもらうことが主目的です。実力以上の従魔と契約したあげく、契約を維持しきれなくなって逃げた従魔が一般市民に被害を及ぼす事件が後を絶ちません。召喚士ギルドではそのような事件が起きないように規則を作り、召喚士一人一人に規則の周知と注意喚起を行っています」
さっきまでとても楽しそうに鞭を振り回していた人が急に真面目な態度になったのでイーノックは肩透かしを食らった気分になったけれど、真面目になられて困ることはないので大人しく受講を続けた。
「基本的に『従魔契約』で縛られている従魔は契約主を意図して傷つけることができません。ですが従魔契約は万能ではありません。意図しない、例えばブレスなどの広範囲攻撃に巻き込まれる形で契約主が死亡する場合がありますし、そもそも契約主以外の人間に対してはその制約が及んでいないので従魔がその気になればいくらでも人間をデストロイできるのです」
「デストロイ……」
「従魔が誰かをデストロイした場合は契約主が責任を追うことになりますので、天文学的な賠償金を支払う覚悟がないのなら、そうならないように細心の注意が必要です」
「細心の注意って具体的にはどうすればいいんですか?」
「従魔をしっかり躾ける。結局はそれに尽きます。言ってしまえば従魔契約なんてものは主従関係を作るための『きっかけ』に過ぎません。従魔を文字通り従属させるためには厳しい躾が何よりも重要なのです」
サード女史はしゃがみ込んで自分の足元をピシリと鞭打った。
「来たれ、我がしもべ『ソドム』!」
鞭を打った場所を中心に召喚魔法の魔法陣が浮かび上がると、陣の中から肌色の浅黒い禿頭の小鬼兄貴がサイドチェストのポージングをキメながら出現してきた。
胸も脚も腕もミッチミチに筋肉が詰まったマッチョ小鬼がブーメランパンツ&蝶ネクタイの姿だったのはおそらく契約主であるサード女史の趣味なのだろう。
「キーキーキキ(お呼びですか)、キーキキ(我が女神)」
ソドムと名付けられているホブゴブリンが契約主であるサードに向かって恭しく礼をする。
「呼んでみただけ。もう用は無いから戻りなさい」
「ギッ(えっ)!? キッキーキーッキ(たったそれだけのために)!?」
「私のすることに何か不満でも?」
それ以上の会話は必要無いとばかりにサード女史はソドムのムッキムキな胸板にズバァン! と鞭を入れた。
「ギヒーィ(ギヒーィ)! ギギーギギッ(ありがとうございます)!」
胸に真っ赤な鞭の跡を刻まれたソドムは怒りも怯えもせずに、恍惚とした不気味な笑顔で魔法陣の向こうへ吸い込まれていった。
「とまぁ、このように躾ができていれば従魔は意のままに操ることができます。ちなみに躾の極意は『飴と鞭』です」
「先生の場合は『飴も鞭』ですよね。というか先生はゴブリン会話できるんですか」
「会話はできませんが何を言っているかはニュアンスで分かります。私の下僕はゴブリンも人間もだいたい同じ反応をするので」
「あぁなるほど、種族は違っても同じ業界の紳士たちは同じ反応をするんですね」
「どんな業界を想像しているのかわかりませんが、従魔の躾はここまでやって一人前だってことを見てもらいたかったのです」
「なるほど」
本当は『倒錯した性癖を見せつけたかっただけなのでは?』と考えていたのだけれど、それを正直に言うほどイーノックは愚かではなかった。




