どうしたの姉さんたち。なんだか昨日の晩から様子がおかしいよ?
『おかしい……』
イーノックは朝食の席でわずかに眉間を寄せた。
イーノックの左右にはいつものようにメルセデスとシャズナが椅子を並べて座っている。
食事をする部屋は広くテーブルも大きいので三人が横並びになって座っても余裕はあるのだけれど、長テーブルの片側だけに揃っているのはなんとも異様だ。
三年ほど前のことだが、この状態を不自然だと思ったイーノックが一度二人と向かい合わせになるように対面側に移動したことがある。
するとイーノックに嫌われたと思った二人が無言で涙を流し始めたのでイーノックは慌てて元の席に戻った。
それ以来イーノックは姉たちの好きなようにさせている。
(ちなみにロッティが起きている日だとロッティがイーノックの膝の上に乗って食事を摂るのでその時だけは二人とも大人しく対面側に座る。)
『そういえば昨日から姉さんたちの様子がなんか変だったよなぁ……』
イーノックは改めて姉たちの様子が昨日の夜あたりからおかしかったのを思い出した。
昨日は『癒しの日』ではなかったのにメルセデスは甘えたがりの癖が強く出て、自分の親指を咥えながらずっとイーノックの袖を握っていたし、シャズナはイーノックが入浴しているときに乱入してこなかったのだ。
そして今日。
並んで席に着くのはいつもと同じだけれど、今朝はなぜか食事をするのにも不便なくらい二人の距離が近かった。
フォークを動かすたびに左に座るメルセデスの胸に肘が当たりそうになるし、ナイフを動かしてベーコンを切ろうとしても右腕はシャズナの胸に埋まっている。
「どうしたの姉さんたち。なんだか昨日の晩から様子がおかしいよ?」
たまりかねたイーノックが食事をあきらめて問いかけると、メルセデスがビクッと肩を跳ね上げた一方でシャズナはみじんも表情を変えなかった。
「ん? いつも通りだが? 何か変だったかい?」
嘘を吐き慣れていないメルセデスが目線を泳がせて何でもないふうを装っている。
「それよりも今朝イーノック宛にお手紙が届いていたでしょ。なんだったの?」
一方、口先だけで信奉者を増やし続けているシャズナは微笑みを絶やさずにさらりと話題を変えた。
いくら鈍いイーノックでもメルセデスが何か隠しているのは分かったし、シャズナがあからさまに話題を変えたのにも気が付いたけれど、これ以上の追及をするのをやめた。
二人が何を隠しているのか気にならないと言えばウソになるが、この姉たちが自分に何か隠し事をしているのなら、きっとそれは自分の事を慮ってそうしているんだと確信していたからだ。
「今朝の手紙? 召喚士ギルドからだったよ」
話題が逸れたことでメルセデスの強張っていた表情がホッと緩む。
イーノックはそんな姉の反応が可愛くてちょっと和んだ。
「どんな用件だったんだい?」
「従魔の扱い方についての講習があるから受講しにきてくれって案内と、従魔登録の案内だった。こんな案内が届くなんて知らなかったよ」
「イーノックの従魔が元魔王のネギ君だからだろうな。領民の間でイーノックが元魔王を従魔にしたと大きな話題になっているそうだ。そんな元魔王の従魔が未登録のままなのはギルド側も都合が悪いのだろう」
落ち着きを足り戻したメルセデスは淀みなくギルド側の思惑を読み解く。まるで先に手紙の内容を知っていたかのようだ。
「ねぇ主様。従魔登録ってボクも一緒に行かなきゃいけないのかな?」
執事姿で食後の紅茶を三人にサーブしている元魔王の従魔ネギが小首をかしげた。
「どうだろう? とりあえず一緒に行った方が良いかもな。ネギ、今日は何か頼まれている仕事とかあるか?」
「ん~、今日は別に……」
「ネギに予定がないなら早速だけど今日行こうか。馬の用意しておいて」
「あい、了解だよ。……い、いえ、わかりました。後でお部屋に呼びに行きますデス!」
いつものように気安い口調で応えたらイーノックの両隣から不機嫌な視線が向けられたのでネギは慌てて言葉遣いを改めたのだが――、
「ネギ君? 私の大切な弟と仲良くなるのはいいが立場の違いは忘れないようにするんだよ。わかったかい?」
メルセデスにきっちりクギを刺された。




