私もその熱い想いになんとか応えてあげることができないものかとずっと悩んでおりましたの(妄想からの使命感)
ブックマーク登録170件!
☆評価☆してくれた読者20人!
ありがとクマ!
弟のイーノックが好きで好きで好きで、弟のためならこの国どころか世界すら滅ぼす覚悟のシャズナは教会という巨大な組織の中で順調に出世していた。
いや、順調どころか異常なスピードで出世街道を驀進している。
二カ月前までは待祭だったのに長雨災害の被災者救済の功で待祭から助祭に叙階され、魔王討伐の討伐隊に自ら志願して随行した功で助祭から司祭の位を賜っている。
司祭という立場は教会内で上から三番目の位で、普通の仕事ぶりではどんなに勤勉に働いても決して到達できない階位だ。
最初から教会内での出世を狙っていたシャズナはその辺をぬかりなく調べ上げていて、出世に繋がりやすいように派手で話題性のある功績を上げ、組織幹部及び人事に影響を持つ要人との人脈を蜘蛛の巣のように張り巡らしていた。
その結果、今では彼女よりも上の立場に立つ者は大司教一人と東西南北の教区を任されている司教四人の計五人だけになっている。
『こんなにも早く教会の幹部の座に座れるだなんて……。ふふっ、世の中ってチョロイわぁ~』
シャズナはギシリと椅子の背もたれを鳴らして内心でそんなことを思っていた。
シャズナが今いるのは西方教区の中枢施設であるコロッツオ大聖堂の中にある執務室。
シャズナが司祭になったことで彼女個人に与えられたご褒美だ。
もちろん与えられたのはご褒美だけではない。
きちんと役職に見合った仕事も用意されている。それは――、
「あぁ司祭様。私はどうしたらいいのでしょう……」
シャズナの執務室の中央に据えられている簡素なテーブル越しにシャズナと向き合っている小太りの男は悩まし気に眉を寄せてため息を吐いた。
司祭になったシャズナは特級懺悔係に任じられていた。
懺悔係とは。
教会は施設内に懺悔室を設置していてそこで信徒の悩みを聞き、それに対してアドバイスをするなどして心の負担の軽減をはかっている。
信徒とはいえ他人の悩みを辛抱強く聞き続けるのは精神的負担が強く、ある程度機知に富んでいなければ適切なアドバイスもできないため中規模以上の教会では悩みを聞くことを専門に行う懺悔係を置いている。
懺悔は基本的に信徒でなくても受けられる無償のサービスだが、宗教を飯のタネにしている教会が社会的地位の高い貴族や裕福な商人を一般の信徒と同じ扱いにするわけがない。
教会に(主に金銭的な面で)多大な貢献をしてくれる彼らは一般人が入れない教会内の個室で高位の神父やシスターがお相手をすることになっている。
それが『特級懺悔係』のお仕事だ。
一般人が小さい箱の中で格子越しにボソボソと話をする懺悔室とは違い、シャズナの執務室は明るく清潔でテーブルの上に置かれたカップからは薫り高い紅茶の湯気が立ち上っている。
現在シャズナが応対している男はバーグマン侯爵領ほどではないものの西方教区に小さな領地を持つ子爵家の若き当主だ。
「先月に父が他界して私が後を継いだのですが、未だ独身であるため親族から早く結婚しろと圧力が凄くて……」
若いといっても三十歳ほどの子爵は追い詰められた小鹿のようにプルプルと体を震わせている。
よほど深い悩みなのか、この部屋に案内されてから五分以上も悩みの内容を言い淀んでいた子爵がようやく意を決して話し始めたことでシャズナは背もたれから体を離して話を聞く姿勢をとった。
「その話をわざわざこちらに来てまで相談をしにきたということは、結婚をしろとせっつかれても結婚できない理由があるのですね。もちろん結婚するお相手がいないというわけではないですよね。レッドカーペット家のご当主なんですから見目麗しい貴族のご令嬢が描かれた釣書の五、六十冊くらい届いているでしょうし」
レッドカーペット家は爵位こそ子爵で領地も小さいけれど領内に漁業が盛んな良港をもっているのでかなりの資産を蓄えている。
その家の当主がまだ三十代の独身ともなれば方々から結婚の打診が来るであろうことは想像に難くない。
「えぇ。私の執務室の机の上には毎日のように釣書の塔が増築されていますよ」
「でしょうね。それじゃあ一番あり得そうな理由で平民の女性を愛してしまったとか?」
「いいえ、平民の女性にそれほど親しい相手はいません」
「次に高い可能性を上げると、子爵は同性愛者だとか?」
「いいえ、こちらの司教様と違って私にその趣味はありません」
「あら、じゃあ私には理由が思いつきませんわ。どういう理由でご結婚を躊躇われているのでしょう」
子爵は深くため息をついて首を振った。
「このことを教会で相談するのは非常に躊躇ったのですが、実は…………」
そのセリフの続きを喋る覚悟を決められなかったのか、またまた言葉に詰まった子爵はたっぷり二分は躊躇した後、ようやく腹から絞り出すような苦しそうな表情で告白した。
「私には二人の姉と一人の妹がいるのですが……私は姉を、次女のカトリーヌを家族としてではなく一人の女性として愛しているのです。もちろん神の教えで近親婚は禁忌とされているのは知っています。ですが私はカトリーヌ以外の女性を愛することができない。こんな私が無理に他の女性と結婚しても妻となった女性も、私の愛を受け入れてくれたカトリーヌも幸せになれない。このような悩みを神の教えを説く教会で懺悔するのもおかしな話だとは分かっているのですが、もう、もう、自分ではどうすることもできなくて……」
あぁ……と、また苦渋の顔で頭を抱えようとした子爵の手をシャズナががっしりと握りしめた。
「素晴らしいわ!!」
「えっ!?」
小太りの子爵は子豚のような小さい目をぱちくりと瞬かせた。
「愛ゆえの葛藤、実に素晴らしいです子爵!」
シャズナはテーブルに身を乗り出して鼻息を荒くしている。
「想いの相手が実の姉! 素晴らしいじゃないですか! しかも長女ではなく次女のほうを選ぶなんて正に理想的! ブリリアントにパーフェクトです!」
握りしめている子爵の手をブンブン振って興奮気味に子爵を褒め称えるシャズナ。
一方で思わぬ賛辞を浴びせられた子爵は嬉しくなるどころか逆に怖くなってきた。
「え、あ、ありがとうございます。しかし神の教えでは近親婚は禁忌のはず。それをシスターである貴女が賞賛して良いのですか?」
「良いのです。良いのですよ子爵。えぇ、もちろん。愛は誰にも止められない崇高なものですもの」
やっと子爵の手を離して席に腰を戻したシャズナは長い息を吐いて興奮を冷ました。
「レッドカーペット子爵。勇気をもってその悩みを打ち明けてくれたことを感謝します。そしてこの幸運に私は神へ感謝の祈りを捧げましょう」
シャズナはそっと手を組んだ。
「幸運?」
「子爵。実は貴方と全く同じ悩みを抱えている一人の若者がいるのです」
シャズナは少し憂いを帯びた顔で目線を少し下げて子爵に打ち明けた。
「今まで誰にも言えませんでしたが、私の弟が子爵と同じ想いを抱いているのです」
「聖女シャズナ様の弟と言いますと……勇者イーノック様!?」
低位とはいえレッドカーペット子爵家も貴族の一員だから当然侯爵家の家族構成ぐらい頭の中に入っている。比較的領地が近くて何かと話題に上るバーグマン家のことならなおさらだ。
「お二人の実家であるバーグマン家の次女は……あっ!?」
本人が子爵の前でモジモジと照れている。
その姿はとても可愛らしいのだが……どうしてだろう、ほんの少しだけ演技くさい。
「え、えぇ。こうして誰かに打ち明けるのはお恥ずかしいのですが、イーノックは昔から私のことが好きで好きで大好きで、私の推理ではかなり前から家族の枠を超えた感情を抱いていたようですの。あれはイーノックがまだ四歳、私がまだ六歳の頃からかしら」
「そんな幼少の頃から……」
「私のことが好きでたまらないイーノックですから小さなころから私の側にいることが多くて、そんな弟が私もかわいくてよく構ってましたの。だからイーノックが第二次性徴を迎えるころには私のことを性的な目でも見るようになって(くれていたら良かったのに)……」
恥ずかしそうに顔を伏せて声が小声でごにょごにょ聞こえにくくなってセリフの後ろは聞き取れなかったが、子爵は『まぁそりゃそうだな……』と納得した。
色気がないはずのシスター服を着ているのにシャズナの色気はどんな服を着ていても関係なく発揮されている。
『こんなのが家にいたら思春期男子なんてみんな猿になるに決まっている』
想いの相手は姉一筋の子爵だがシャズナの色気に無反応でいられるほど枯れていない。実はこの部屋に入ってからずっと子爵のズボンの中が充填率五十%を超えている。
「毎日毎晩私のことを想い、叶わぬ想いに枕を涙で濡らし、パンツを汁で濡らしている弟のことを思うと(妄想)、私もその熱い想いになんとか応えてあげることができないものかとずっと悩んでおりましたの(妄想からの使命感)」
「おぉ! ではシャズナ様も我が姉カトリーヌと同じように弟の想いを受け入れているのですね!?」
「えぇ、あそこまで情熱的に想われてしまえば男と女の感情を持たざるを得ませんもの」
子爵は悩みを打ち明けに来たはずなのに思わぬ形で同志を見つけて感動した。
そんな子爵の手にシャズナは手を重ねてに柔らかに咲く花のようにニコリと微笑む。
「子爵。同じ悩みを持つ私から一つ提案があるのですが聞いていただけますか?」
「な、なんですか? まさか私たちで偽装結婚を「あ゛?」いえ、なんでもありません!」
偽装結婚でもするのかと邪推した瞬間、慈母のように微笑んでいたシャズナの顔から一切の温もりが消えて殺人鬼のように狂気を孕んだ目で睨まれた。
「うふふ、子爵様ったらご冗談を。思わずその緩そうな頭蓋骨にナイフを埋め込みそうになったじゃありませんか。たとえ偽装でもこの私がイーノック以外の男性と婚姻を結ぶなんてあり得ませんわ」
「も、もちろんそうですよね! じゃあ何を提案なされようと?」
「それはですね――」
シャズナが再び聖女の顔で微笑みながら子爵に提案した計画はこの後に大陸全土に波及する宗教改革の波になっていった。
↓で評価☆ポチ☆してくれると嬉しいクマ!




