姫様もご苦労されてますね……
ナタリアが「お任せあれ―!」と言って王女の部屋から飛び出てから三日。
「あぁ、どうしたらいいのかしら。どうしたらいいのかしら……」
王女アルフラウルは三日前から続いているストレスのせいで目の下に濃いクマをこしらえていて、隣に立つメイド長のインジャパンが気づかわしげな目で見ている。
王女の護衛を務めるプリンセスガードの隊長クッコ・ローズ(独身・自称二十九歳・実年齢三十二歳)は彼女の前に膝をついて深々と頭を下げた。
「申し訳ありません姫様。全力で探してはいるのですがナタリア嬢はまるで煙となって消えたかのように消息がつかめません」
ローズは優秀な騎士なのだが、そんな彼女が直属の部下を総動員してナタリアを捜索しているのに彼女の行方が全く分からない。
「メイド姿で城下を爆走している彼女を見たという目撃証言は多いのですが、旅装の彼女を見たという人はいませんでした。まさかメイド姿のまま王都を出るとは考えられませんのでまだ王都のどこかにいると思われ……」
芳しくない報告を聞かされて顔色を一層悪くしてオロオロするばかりの王女。
そんな王女に代わってメイド長のインジャパンが首を左右に振った。
「ローズ様、あの子を常識で測ろうとしてはいけません。あの子は私たちの想像の斜め上を猛スピードで旋回して反復横跳びをしながら駆け抜けていくような子です。きっとあの子はこの部屋を飛び出した勢いのままノンストップで王都を出たのでしょう」
「ははは、いくらナタリアでも――……え、本当に? いや、でも……」
ローズはインジャパンの言葉を否定したかったが、普段のナタリアを思い出すほど段々とそれが正解のような気がしてきた。
「ねぇインジャパン、私はどうしたらいいのかしら。どうしたらいいのかしら」
王女は溺れた子犬のようにメイド長の袖を握って助けを求めると、眉間に縦皺のある彼女はさらに気難しそうな表情をして即座にいくつかの案を出した。
「姫様がこれから何かをするとしたら三つの案があります。一つはこのまま放置してナタリアが帰ってくるのを待つ。もう一つは国王様に現状を打ち明けて何か指示を仰ぐ。最後はナタリアがやらかす前に探し出して捕縛する。どうなされるかは姫様のお気持ち次第です」
「え? え? どうするか私が決めるの? 何かを決めるなんて私にはできないわ。ねぇローズ、私はどうしたらいいの?」
案を出すだけ出して、後の判断を任された王女は驚き慌てて今度はローズに目を向けた。
思いがけず話を振られたローズは一瞬驚いた表情を見せたものの、先ほどの案を吟味して自分なりの考えを述べた。
「そうですね、まずナタリアをそのまま放置するのは非常に危険だと思われます。彼女が何も事件を起こさずに帰ってくるなんてありえません。なにしろあのナタリアですから」
部屋の壁際で静かに待機している一般のメイドたちも揃って頷く。
「そ、そうよね。私もそう思うわ!」
「次に国王様に打ち明けるのはまだ早いかと思います。姫様が国王様に彼女のことを相談すると話は一気に大きくなって、最悪の場合は王家と有力貴族の政争の原因になるやもしれません」
「私、お父様に怒られるようなことはしたくないわ。それは絶対に嫌よ」
「それならば、姫様が直接バーグマン領に乗り込んだほうがよろしいかと」
「私がナタリアを探しに行けばいいの?」
「いいえ、王都を離れたナタリアを探し出すのは広大な森の中から一匹のウサギを探すくらい困難です。わざわざ探す苦労をせずとも彼女の目標は分かっているのですから、こちらが先回りをして勇者と面会し、事情を話して彼を保護すればいいのです。勇者の側に姫様がいれば、いくらおバk……んんっ、後先を考えない彼女でも凶行を思い止まるでしょう。私はこの対策が一番よろしいかと思います」
「ローズはそれが一番だと思っているのね。そうなのね? じゃあそれでいきましょう!」
アルフラウル姫の沈んだ表情がさっと浮き上がる。けれど何に思い当たったのか彼女は急に恥ずかしそうにモジモジしはじめた。
「勇者様に会うのは良いのですが、婚約もまだ正式に決まっていないのに突然男性の家にお伺いするのは淑女として少々はしたない事ではなくて? 私も少し心の整理をしたいですし? 一度お手紙を出してバーグマン家からの返事を待ってからしてはどうでしょう?」
なんのかんのと箱入り娘な育てられ方をしている王女はもじもじと照れた。
「しかし早くしないと数日中にナタリアが「姫様、ミッションコンプリートですっ!」と得意満面な顔で戦果報告しに来ますよ。あくまでも私の予想ですがきっととんでもないことをやらかして帰ってきます」
僅かに顔色が戻ってきた王女の頬から再び血の気が引いた。
「……なんだかとってもリアルに想像できたわ。あの子ってばやっちゃいけない事に限ってどれほど困難な事でも奇跡的な幸運と悪魔的なタイミングの良さでやり遂げちゃう子なのよ」
壁際に控えているメイドたちがまた分かりみ深そうな表情で頷いている。
「一番印象に残っているのは、お父様でさえご覧になったことのない大聖堂の聖遺物を「姫様が一度見てみたいって仰っていたのでこっそり借りてきちゃいましたー」って持ってきたときよ。あれには心臓が止まるかと思ったわ」
当時を思い出したのか王女は死んだ魚のように目から光を消失させた。
「姫様もご苦労されていますね」
「悪い子じゃないのよ。悪い子じゃないの。むしろとっても良い子なの。いつも私のために頑張ってくれているのも分かっているの。だから強く叱れないのだけれど……」
疲れ切った様子で目頭を押さえる王女にローズは無言で同情した。
「ともかく、ナタリアが何かやらかす前に姫様は勇者様の側に向かったほうが良いでしょう。姫様は王妃様にバーグマン領を訪問する許可を貰って頂けますか? 婚約者候補と直接お会いしてみたいと言えば王妃様なら許してくれるでしょう」
「わかったわ。あなたの言う通りすぐにお母様に面会して許可を貰います」
「バーグマン領までの移動に必要な準備はこちらで全て手配しておきますので、姫様は旅の準備をメイドたちに命じておいて下さい」
「さすがローズ。淀みなく指示を出せる指揮能力が素晴らしいです。これからも貴方を頼りにしてもいいかしら」
「光栄です。お任せください」
ローズはにこりと微笑んで一礼すると足早に王女の部屋を退出して、王都内に分散している部下たちを呼び戻しに行った。
急遽バーグマン侯爵領に行くことになったのでメイドの一人は王妃との面会を取り付けに行き、他のメイドたちも旅程に必要な日用品をまとめるため慌ただしく動き出した。




