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じゃあ私はもう十五歳だから大人のおもちゃとして借りるね

 イーノックたちが暮らすバーグマン侯爵領と王都の間には二つの他家の領地が存在している。


 そのうちの一つがバーグマン侯爵領と隣接しているオロローム伯爵領。


 そのオロローム伯爵家の領館の前に一台の馬車が止まった。


「久しぶりの我が家ね!」


 フンスと鼻息を荒くして馬車から一人の少女が降り立つ。


 メイド服姿のままで王都を飛び出してきたナタリア。


 オロローム伯爵家の三女として生まれ育った彼女は『人の話を聞かない』『思い込みが激しい』『無駄に行動力がある』という生粋のトラブルメーカーだったため、少しでも貴族の娘らしくなるよう人格矯正淑女教育の一環として侍女の元へ送り込まれた。


 そして微塵も淑女らしさを身につけないまま実家に舞い戻って来た。


「ただいまー! お父さんいるー?」


 ダーン! と大太鼓を叩いたような爆音を立てて領館の正面扉を開いたナタリア。


 陳情などの法手続きに領館を訪れていた領民たちは突然の騒音に驚いて身を竦ませて、目を丸くして固まっている役人たちに目もくれず、ナタリアはメイド服姿のままズカズカと領主一家が暮らす上階へと進んで行く。


 とっさの出来事に思考が停止していた警備兵がハッと我に返って珍妙な侵入者を取り押さえようと槍を構えて駆けつけようとするが、警備兵がナタリアを捕縛する前に陽気な男の声が階上から降ってきた。


「なんだい、なんだい。大きな音がしたから何かと思って見に来たらナタリア嬢ちゃんじゃねーか」


 警備兵が視線を上げると、彼らが所属する騎士団の団長が顔に苦笑いを残したまま頷いた。


「おう、ご苦労さん。大丈夫だから持ち場に戻ってくれ。新人のお前じゃ面識がないだろうがこの嬢ちゃんはご領主様の二番目の娘さんだ」

「はっ、失礼しました」


 警備兵を下がらせた団長を見上げながらナタリアは階段を上ると、同じ段で止まって少し不思議そうに首を傾げた。


「ん? どうした嬢ちゃん。俺の男前っぷりに改めて惚れ直しちまったか?」

「ウェーズリーさんまた老けた? 眉間のシワが増えてる気がする」


「余計な事言ってんじゃねーよ。何の連絡もないのにいきなり嬢ちゃんが帰って来たもんだから面倒事の予感しかしねぇんだよ。眉間のシワだって深くなるって――おい、話を振っておいてさっさと上に上がるんじゃねぇ! 相変わらず人の話を聞かねーガキだな!?」


 ウェーズリーの小言を後に残してナタリアは扉の蝶番が壊れそうな勢いで領主の部屋の扉を叩き開けた。


 バーン!


「お父さ――」

「ナタリア! お前は王女付きの侍女になっているというのにまだ扉をまともに開けることもできんのか!」


 ナタリアが何かを口にする前にドラ声の叱責が飛んでくる。


 まだ四十代前半のオロローム伯爵はカイゼル髭を震わせて怒っていた。


「お父さん実は――」


 人の話を聞かないナタリアがいつものように強引に自分の話を始めると、


「む!? どうしてメイド服を着ているのだ? もしや王城からそのままの姿で追い出されたのではあるまいな?」


 オロローム伯爵も娘の言葉に耳を貸さずに自分の言いたいことを言いまくる。


「もう、お父さんったら。私がまだ話をしてる最中じゃない。人の話はちゃんと聞かなきゃダメよ」


「「お前がそれを言うか!?」」


 後から追いついてきたウェーズリーと伯爵が同じ言葉で突っ込んだ。


「あ、そうそう。お父さん。ウェーズリーさんをしばらく貸してよ」


「伯爵家の騎士団長を子供のおもちゃみたいに借りようとするな」


「じゃあ私はもう十五歳だから大人のおもちゃとして借りるね」


 ごふっ! と咳き込む伯爵。


 ウェーズリーは心底迷惑そうに眉間のシワを深めた。


「お嬢ちゃん、その表現は勘弁してくれ。万が一それが俺のカミさんの耳に入ったら離婚案件になっちまう」


 オロローム伯爵家私兵『黒鷹騎士団』の団長ウェーズリー・ブルックス(三十四歳)は四つ年上の妻を誰よりも愛している愛妻家。


 今は少々くたびれた感じのする普通の中年男にしか見えないが、若い頃は好きな女と結婚するために色々と無茶をやらかした凄腕冒険者だった。


「そもそもなぜウェーズリーを連れていく必要がある? 王女付き侍女のお前に必要な武力なぞせいぜいお前自身の護衛くらいだろう。護衛にウェーズリーを使おうだなんて過剰戦力もいいところだ」


「私の護衛なんかどうでもいいの。ウェーズリーさんにしてもたいたいのは私と一緒に隣領に行って、領主の息子の勇者イーノックをボッコボッコにぶちのめした後、キン〇マ潰して子作りできない体にしてもらいたいの」


「「何を言ってるんだお前は!?」」


 また二人同時に突っ込んだ。一時期はパーティーを組んで一緒に冒険した仲なので主従の息がぴったり合っている。


「ん? 難しいことは言ってないわよ。勇者のキン○マ潰すだけの簡単なお仕事!」


 伯爵たちは思わず股間に手をやって呻いた。


「なんて恐ろしいことを……。ウェーズリー、俺の娘だが容赦はいらん。地下牢にぶち込んで頭の中が落ち着いた頃にゆっくりじっくり尋問してやれ」

「はっ」


 小麦袋のようにひょいと肩に担がれたナタリアはジタバタと暴れて抗議する。


「ちょ、待って! 別に私は錯乱してこんなこと言ってるんじゃないの! 王女様のために、ひいてはこの国のために動いているだけなの! 私は王女様の密命を受けているの!」


「王女からの密命だと?」

「マジか!?」


「話をまとめると、ようするに王女殿下はあのヘタレ勇者との婚約が嫌で、お前になんとかするように命じた。ということなんだな?」


 ナタリアからの話を聞き終えた伯爵は背に大きな岩を背負ったかのように肩を落とした。


「しかし、その話はちょいと変だな」


 一緒に話を聞いていたウェーズリーが眉間に皴を刻んで疑問を呈する。


「なんで王女はよりにもよってお嬢にそんな仕事を頼むんだ? 人選が悪すぎるだろ。それに王女様にしては計画があまりに荒っぽい。陰謀策術が渦巻く王城の中で生まれ育った貴人が考えた計画だとは思えねぇ」


「それはそうよ。この作戦名『悪役令嬢』はここまで来る途中で私が考えたことだもの」


「は? 王女さんの命令じゃないのかよ」

「どういうことだナタリア」


「姫様はね、万が一の時を考えてはっきりと口に出しては言わなかったの。ただ、私に察してほしそうな表情で懸命に私に助けてほしいと訴えていた(ように見えた)の」


 ずっと疑わしそうに眼を眇めていたウェーズリーがようやく納得して頷いた。


「あぁ、作戦が失敗して責任問題に発展したときに『私は何も命じていません、侍女が勝手にやったことですぅ~』って実行犯をしっぽ切りできるようわざと明確な命令にはしなかったんだろう。やり口は褒められたものじゃねーが、ま、いかにも権力者らしい命令の仕方だ」


「しかし、それだとウチとバーグマン家の関係がこじれた場合に王女は助けてくれないということだぞ。あのバーグマン家と対立して内戦になればウチが一方的にやられるだけだ」


 伯爵は少し考えただけで顔色を青くした。


 内地に小さな領地を持つ伯爵家と国境を守れるだけの領地を拝領している侯爵家では勝負にならない。加えて言うならバーグマン家には人類最強『戦姫メルセデス』と戦略級人間兵器『魔女ロッティ』がいる。戦う前から結果は見えていた。


「いいや、作戦が失敗してもバーグマン家との直接対立にはならんでしょう」

「なぜそう言い切れる?」


「いくらしっぽ切りをしたところでこの作戦に王女が関与していた事実は変えられない。もしバーグマン家が全力で真相の追求なんてしようものなら最終的に王家と直接対立するはめになるんです。それはバーグマン家としても避けたいはず、どれだけ腹立たしくとも武力衝突が始まる前に手を引くしかないでしょう」


「そ、それもそうか!」


「と、いうことはですよ旦那」

「む?」


「この密命は、成功すりゃお嬢は王女殿下に大きな恩が売れて、失敗したところで最終的なケツ持ちは王家が引き受けてくれるってことじゃねーですか。これはおいしい仕事ですぜ、次世代の王妃にほとんどノーリスクで恩を売れるチャンスだ」


 難しい顔でカイゼル髭を引っ張っていた伯爵はニヤリと口元を緩めた。


「なぁるほどぉ。それは確かにおいしい話だ。だがナタリアが考えた作戦だと勇者に身体的な欠損を与えることになる。それはさすがにマズイ。有力貴族に後々まで続く恨みを買うような真似は利口な手段ではない」


「じゃあ勇者を不能にして婚約者候補から除外する『悪役令嬢』作戦はやらないんですかい?」


 せっかくの好機を見逃すのかとウェーズリーは渋い顔をしたが伯爵はゆっくり首を振った。


「やるとも。ただしナタリアの案は却下だ。結果的にあの勇者が王女の婚約者にふさわしくないと世間に認めさせればいいんだろう? ならば他にいくらでもやりようはある」


「具体的には?」


「スキャンダルを起こせ。王女から一方的に婚約破棄を宣言しても誰もが納得するくらいドロッドロなハニートラップを勇者の小僧に浴びせかけてやれ」


「へへっ、確かにその方法なら実現できる可能性は高そうだ」


 ただでさえ悪人顔なウェーズリーが悪人そのものな表情でニヤリとほくそ笑む。


「ということでウェーズリー、作戦の実行指揮はおまえに任せる。ナタリアと一緒にバーグマン領に潜入して勇者の顔面に『女にだらしない最低男』のレッテルを張り付けてこい」


 とたんにウェーズリーの顔から笑みが抜け落ちて真顔になった。


「旦那、出張の仕事は勘弁してくだせぇ。休みが少なくても毎日定時に帰れるから私設騎士団の団長なんて面倒な仕事を引き受けてるんですぜ? 出張なんか行ってカミさんと一緒に過ごす時間が削られるのはお断りだ」


 ウェーズリーの反応を予想していた伯爵はニヤリと目を細める。


「そういえばお前の奥さんがウチに来た時にもの凄く気に入っていた絵画があったなぁ。客間に飾ってあるムラージ作の『赤い服を着た踊り子』。あれをこの仕事の特別手当としてつけてやろう。どうだ?」


「喜んでやらせていただきます!」


 超がつくほどの愛妻家のウェーズリーは深々と頭を下げた。

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