これ以上ないくらいに屈辱だわ!
ごめんクマ。今回ちょっと短いクマ。
イーノックがネギにからかわれてわちゃわちゃしている頃、遠く離れた魔王領の中心『大魔王城』の中にある闘技場でゴージャスな金髪を首の後ろで束ねた美少女が真剣な表情で武術の鍛錬に励んでいた。
長いまつ毛に縁取られた目尻の垂れた目は三十メートル先にある十センチの的をまっすぐに見つめていて、両手に持ったハンドアックスで狙いを定めている。
息を整えて体のバランスを図りながら投擲姿勢に入り、今だ! というタイミングで、
「ダーラ様ああぁぁ! 入浴の時間ですよぉー!」
彼女の身の回りの世話をする『狂った人形』のヒンギスが肉切り包丁を振り回しながら斜め後方のポジションから襲ってきた。
ちょうどハンドアックスを振り上げた腕で視線が遮られた角度からの急襲。
暗殺者のお手本になるような襲撃だったが、ダーラは全く慌てずに逆手に持っていたハンドアックスを手首の力だけで投げてヒンギスの頭部にスコンと突き立てた。
「ぐげっ!」
ハンドアックスの重みに引っ張られたヒンギスは斧と一緒にくるくる回りながら吹っ飛んで厩舎の板壁に刺さる。
貼り付けになったヒンギスは頭部を割られていても人形ゆえに痛みを感じることなく、まるで虫ピンで止められた昆虫のように手足をかさかさ動かして喚き続けた。
「ダーラ様あぁ、入浴の時間でえぇぇす! これで三日も入浴されていませんよおぉー!」
「うるさいわね、風呂に入っている最中にまた召喚されたらどうするの。次に召喚されてあの男と再び向かい合ったときにまた私が全裸だったら『美人だけど露出狂のお姉さん』というイメージが定着してしまうじゃない。そんなことになったら百年以上大魔王の地位に君臨し続けているこのダーラの尊厳が木っ端微塵よ」
ダーラは吐き捨てるように言って鋭い犬歯のある歯をギリギリと鳴らした。
「私があれほどの辱めを受けたのは初めてよ。あの召喚士は魔族最強の私を召喚したくせに『お前は弱すぎて俺の従魔になる資格はない。残念だったな』って言って(言ってません)、何もせずに私を帰したのよ。なんという傲慢な態度。これ以上ないくらいに屈辱だわ! 私の強さを否定するだけでも許しがたいのに大魔王たる私の尊厳すらも踏みにじったあの召喚士……絶対に許さない!」
ダーラはヒンギスに向けてもう一本のハンドアックスを投擲。
ダーラの魔力を纏ったハンドアックスはヒンギスの胴体を縦に両断して派手に爆発した。
手ぶらになったダーラは闘技場の壁際に置かれている数々の武器の中から今度はハルバードを選んで振り回し始めた。
どちらかと言えば魔術を多用した戦闘のほうがダーラは得意なのだけれど倒したいイーノックには魔術が効かないので、物理戦闘のみに特化したスタイルを体に馴染ませているところだ。
もともとダーラは大魔王になる以前からあらゆる武器の扱いをマスターしているので、いまさら習熟訓練をする必要なんてないのだけれど、あの屈辱を思い出すたびにムカムカとした怒りが沸いてくるのでストレス発散を兼ねている。
「召喚士め、絶対私がこの手で息の根を止めてやる!」
力自慢の男でも取り扱うのが難しいハルバードをブンブンと振り回して気炎を吐くダーラ。
ダーラとしては今すぐ雪辱を果たしたいがイーノックがどこにいるのか分からないので再び召喚されるのを待つしかない。
イーノックの気分次第ではもう二度とダーラは召喚されない。けれどダーラは必ず再会する予感がしていた。
「さぁ、召喚士よ早く私を呼び出すがいい! 私はいつでも受けて立つぞ!」
声を張り上げながら頭上でハルバードを旋回させる大魔王ダーラ。
憎い相手からの呼び出しを待っているはずなのに、なぜか彼女の顔はワクワクとした高揚感で満ちていた。




