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『勇者イーノック様が率いる魔王討伐隊は魔王を生け捕りにする大戦果を挙げた』
行政官が王都の辻々にそう記した速報板を立てて以来、王都は数日にわたってお祭り騒ぎにになった。
討伐隊の主戦力であった国王直属の騎士が十名ほど大きな肉団子になって帰ってくるという痛ましい損害もあったが、戦果のほうが遥かに大きかったので世間の反応は良かった。
イーノックを中心に据えた魔王討伐隊が王都に帰還するとそのまま戦勝パレードが始まり、夜には盛大な祝賀会が開催されて、翌日には犠牲者の慰霊祭や論功行賞などが行われ、イーノックが王都を辞する五日目までには数えきれないほどの記念式典が慌ただしく行われた。
そして一月後――、
浮ついた祝賀ムードが収まり、長雨で被害を受けた難民たちの保護や主力級の騎士を多く失った騎士団の再編も完了して、それまで殺人的な仕事量に忙殺されてずっと睡眠不足だった政務官たちがようやく十分な睡眠を摂れるようになった頃――、
そんな束の間の平和を吹き飛ばすかのように一人の侍女が東宮(王の家族が住む宮殿)への渡り廊下を駆け抜けていた。
彼女は大胆にエプロンドレスのスカートをたくし上げて主人の部屋に向かって爆走し、靴底から煙を上げるくらいの勢いで横滑りしながら王女の部屋の前で急停止した侍女は大きく足を振り上げて、
ダーン!
ノックもせずに扉をぶち開けた。
「ひっ!?」
室内で穏やかに本を読んで午後のひと時を過ごしていた王女が突然の爆音に驚いてビクッと身を竦ませた。
「落ち着いてください! 落ち着いてください姫様ぁー!」
「えっ、何、何!?」
普段なら瞼が半分下りて眠そうな表情をしている王女アルフラウ姫は心臓が飛び出しそうになった胸を押さえながら目を大きく開いて動揺している。
侍女は大きな目を吊り上げて山猫のように素早い動きで王女に走り寄るとガッシリと肩を掴んだ。
「どうか落ち着てお聞きください姫様!」
「あ、あのね、落ち着くのはナタリアのほうなのよ。あとね、部屋に入ってくる前にちゃんとノックをして。びっくりしちゃうの。心臓が止まるかと思ったわ」
王女のアルフラウは十七歳、侍女のナタリアは十五歳。身分的にも年齢的にも王女のほうがはるか上の立場にいるはずなのにナタリアはそんな立場の差など少しも気にせずに吠えた。
「これが落ち着いていられますかぁー!」
「え? なんで私のほうが怒られちゃうの? 違うんじゃない!? 色々と違うと思うわ!?」
思わぬ逆切れをされて王女のほうが戸惑った。
「それはともかく姫様、実はさっき私はとんでもない噂話を耳にしたんですよ。姫様の婚約者が内定したって! しかも相手はあのヘタレ勇者だっていうんですよ!?」
「そ、それはもう知っているわ。昨晩母様がおっしゃってたもの。それよりもナタリア、私の婚約者をヘタレって言うのは私の侍女としてどうかと思うわ」
「大丈夫ですよ姫様!」
「何が大丈夫なの? というか、やらかしている側のナタリアがどうして自信満々に『大丈夫』って言えるのかしら。気づいていないかもしれないけど私はあなたを叱っているのよ?」
王女は気弱そうなタレ目の上に細い弧を描いている眉を持ち上げて、頑張って怖い顔を作っているがナタリアには全然効果がなかった。
「だから大丈夫ですって姫様! あのヘタレはまだ姫様の夫でもなければ婚約者でもありません。あくまでも『婚約者』に『内定』しただけです。まだ『婚約者』ですらありません。だから今の時点で私があのヘタレ勇者をどう罵ったところで不敬罪とかにはならないんです!」
ナタリアはドヤ顔で言い切る。
「あのね、そもそも伯爵家の三女でしかないナタリアが侯爵家の長男で勇者の託宣を受けた彼を悪く言っている時点でダメなのよ?」
王女がナタリアにもわかるように易しく諭しても彼女は全く気にしなかった。
「そもそも今代の勇者イーノック・バーグマンは『勇者』と名乗るのがおこがましいほどのヘナチョコなんです。聞いた話だと実は勇者は魔族領に行っても一度も戦ってなくて、実際に魔族の四天王を仕留めたのは妹の『魔女ロッティ』で、魔王を生け捕りにしたのは姉の『戦姫メルセデス』だそうです!」
その話は王女の耳にも入っていた。実際に四天王を下した場面に居合わせたという討伐隊の隊員の証言もあるので事実なのだろう。
「勇者は戦うどころか野営のテントから一歩も出ずに、道中なんか緊張と恐怖でゲロ吐いてたようですよ。そんなの全然勇者じゃないです、チキン野郎です! 姉と妹の戦功を譲られただけの役立たずなんです! そんなヘナチョコに私の大切な姫様を任せるわけにはいきません! 婚約なんて破棄ですよ、破棄!」
「破棄って……。ナタリア、あなたは私の親にでもなったつもり?」
王女は深くため息をつきながらこめかみを押さえた。
「だいたい勇者様がどのような戦功を立てたかはこの際問題じゃないの。お父様たちが熟慮した結果お決めになられた婚約者だということが大事なの。その決定を批判することは王家に対する反抗とみなされるかもしれないからナタリアはそのへんをよく考えて発言を――」
「なるほど、確かに誰が聞いているかわかりませんから話す内容がばれないようにしなきゃダメですね! 他人に聞かれてもいいように暗号を作りましょう。これからは婚約破棄計画のことを『悪役令嬢』と呼称することにします。オペレーション『悪役令嬢』です!」
息がかかるくらい近くで顔を向かい合わせながら話をしているのに、全く話が噛み合わなくて王女は胃がずっしりと重くなるような疲労感を覚えた。
「あぁもう、ナタリア。だから私はそういう方向で注意しているんじゃないの。貴族の子女として礼儀を弁えた――って、話の途中なのに『わかるわかるー』みたいな感じで頷かないでちょうだい。絶対話聞いてないでしょ!? でしょ!? お願いだからちゃんと私の話を聞いて。というか私自身が婚約破棄を望んでいるみたいな感じで勝手に話を進めないで」
「へ? もしかして姫様はあのヘナチョコ勇者が婚約者になってもいいんですか?」
「良いも悪いも無いの。私は国王の一人娘なのだから私の結婚相手選びは高度な政治判断が働くのよ」
王の子の婚姻は政治上強力な交渉カードになる。そのカードの使い方は大きく分けて二つ。一つは外交、他国との講和のための人質という意味も含まれる。もう一つが内政、王権を強めて政情を安定させるためのコネクション作りだ。
国王は一枚しかないこのカードを臣下のバーグマン侯爵家に使うことで国内の統制力を高めるつもりらしい。政治的な思惑で結ばれる婚約なので王女が婚約者に対してどう思うかなんて考慮されないのと同じように、イーノックが今回の遠征でどのような戦果を挙げたかなんてきっと埒外のことなのだろう。
「私は王女として王の決定には従うし、王女としての義務を果たすことになんの不満もないわ」 どこか寂しそうに視線を下げてナタリアから顔を反らしす王女。
「姫様……」
ナタリアはそんな主人の横顔をじっと見つめて、それから何かを決心したようにゆっくりと頷いた。
「分かりました。姫様は王女として今回の件を受け入れるんですね」
「そうよ私は義務を果たすの。王女として。だからナタリア、くれぐれも余計なことを言いふらしたりはしないでね。絶対、絶対、しないでね」
普段のナタリアの言動がアレなので心配だった王女はくどいくらいに念押しをした。
真剣な表情で余計なことはするなと繰り返す王女にナタリアは最初ポカンと口を半開きにして不思議そうに首を傾けていたが、少しの間をおいてハッと何かに気づいたように手を打って「あぁ、そういうことですか!」と大きく頷いた。
「なるほどなるほど。つまり『私は王女として今回の決定を受け入れるつもりだったんですよ? でも侍女のナタリアが独断で勝手にやったんですぅー』ってな感じで今回の婚約話をぶっ壊せばいいんですね!」
「へっ!?」
「さすが姫様です。婚約の内定をぶっ壊した後に責任問題が起きてもちゃっかり逃げ道を作っておくなんてとってもクレバーです! このナタリア、姫様のために喜んで泥をかぶりましょう! お任せあれー!」
ナタリアは顔の前でグッと拳を握り込んで決意を固めると、すぐに身を翻して王女の部屋からサンダーアローのような勢いで飛び出していった。
「だ、だめよナタリア! 私そんなこと全然考えてないから! なんで勝手に深読みするの!? ちょっ、ナタリアー!?」
王女は慌てて警護の衛士たちを呼んでナタリアを捕まえさせようとしたけれど、衛士たちがが事情を聞かされて彼女の捜索を始めた頃にはすでにナタリアは王宮を飛び出していた。
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