カモ・ネギの新生活
次章のお話が始まるまでの繋ぎのお話クマ~。
召喚主である勇者の家に連れて来られて六日目。
ネギはついに怖れていた日を迎えた。
召喚主イーノックの妹ロッティが目覚めたのだ。
まるで『恐るべき魔神が封印を破り再び目を覚ました!』みたいなおどろおどろしい文句だけれど、ネギにとってはそれに近い恐怖が伴っているのでそれほど間違った言い回しではない。
出来るだけロッティに見つからないようにしようと決意したネギは、従者の仕事も放棄して朝から厩舎の近くに潜んでいたのだけれど、探知魔法一発で居場所がバレた。
そして今。
「はい、ご褒美あげる。アーン」
見た目だけは可憐な幼女だけれど、近づくだけであらゆる生物に死をもたらす『魔女』ロッティがニコニコとご機嫌な様子でネギに角砂糖を食べさせようとしていた。
「ご、ご褒美を頂くようなこと、ボクしてないよ?」
ネギが怯えながら一歩下がると、ロッティは角砂糖を摘まんだ手を前に出しながら二歩距離を詰めてくる。
「こないだ馬車の中で「一番強い人誰?」って訊いたとき、ちゃんと空気読んでお兄ちゃんを指してくれたでしょ。そのご褒美」
ロッティが近づくほど皮膚が焼けるような痛みが強くなる。
まるで巨大な火の玉がゆっくりと目前に迫ってきているような痛みだ。
『い、痛い、痛い、痛いぃー! こんなの絶対ご褒美じゃないよ! 罰ゲームだよ!』
ロッティが突き出している手とネギとの距離はすでに一メートルしかない。
魔族領東方地区で最も魔力耐性が高かったネギだからこそ耐えていられるのだけれど、普通の魔獣ならとっくに魔力焼けで死んでいる距離だ。
「ロッティ、ストップ! 素の状態でネギに近づくのはやめるんだ!」
ネギの皮膚の表面に麦粒ほどの小さな水膨れが出始めた頃になってようやく助けが来た。
「あ、お兄ちゃん」
どうやらイーノックは敷地中を走り回って二人を探していたらしく少しだけ息が上がっている。
イーノックがロッティの肩に手を置いた瞬間、ロッティの体にまとわりついていた余剰魔力が一瞬で霧散した。
肌を焼く魔力が消失してホッと安堵の息を吐いたネギ。
それとは対照的にロッティは不服そうに頬を膨らませた。
「むぅ~。この子ならお兄ちゃんの手を借りなくても頭ナデナデくらい出来ると思ったのに」
「チャレンジ精神は大切だけれど、付き合わされる方が大怪我するチャレンジは控えような。それをやるとかなりの高確率でネギの頭皮がズル剥けになると思うし」
「ずるっ!?」
ネギは目を見開いて頭を抱えた。
「じゃあ、角砂糖だけでも食べさせたい。餌付けしたい」
「う~ん。それも危ないから止めたいところだけど、初めてペットを飼うんだから餌付けをしたい気持ちもわかるし……」
「え? ボク本当にペット扱い!? 従魔で執事じゃなかったの!?」
愕然とするネギを気にもかけず兄妹は話を続ける。
「じゃあしていい? 餌付け」
「餌を持っている指がネギの口に触れないように気をつけるんだぞ。俺がロッティに触れている状態でもロッティ自身の魔力がなくなったわけじゃないから直に接触したらダメージは通ってしまうんだからな」
「手から直接食べさせようとしなければいいんじゃないの!? お皿とかに置こうよ!? というか阻止してよ、なんで餌付けOKの流れにしてるの!? そもそも餌付けとか言われるのも嫌なんだけど!?」
ネギが必死に抵抗したら、ロッティは「ん?」と首を傾げた。
「お兄ちゃんへの言葉遣いが雑になってる。ね、お兄ちゃん、ロッティが眠っている間にこの子とそんなに仲良くなったの?」
「ん~。そこそこ?」
「ズルイ。ロッティも仲良くなりたい」
「仲良く……」
なぜかイーノックは「くっ!」と肩を震わせながら呻いて目頭を押さえた。
「家族以外に決して心を許さなかったロッティが自分から誰かと『仲良くなりたい』と言う日が来るなんて……」
どうやら感動しているらしい。
「これがペットによる情操教育の効果というやつか。素晴らしい!」
「わかったよ。この子の前ではボクはペット扱いされるの確定なんだね」
ネギが肩をすくめてみせるとロッティがパチクリと目を瞬かせた。
「んん? 今ロッティのこと『この子』って言った?」
少し首を傾げたロッティは未知の生物を見たかのような表情でネギを見据えた。
「違くない? ペットが飼い主を『この子』って言うのはロッティ違うと思う」
「えっ?」
「……躾、必要?」
子猫のようにつぶらな瞳が瞬きを止めてジッとネギを見ている。ルビーのように鮮やかな赤の瞳の奥に嗜虐性のある苛立ちを感じたネギは即座に姿勢を正して深々と頭を下げた。
「すみませんでした。ロッティ様」
「ん。ペットには舐められないようにするのが大事だってシャズナお姉ちゃんが言ってた。ロッティはネギと仲良くしたいけど、対等じゃないから。そこ大事。わかる?」
ネギは頭を下げた姿勢のまま小刻みに身体を震わせた。
「身に沁みてわかりました。ボクが思い違いをしたせいで、ヒンヤリとした死神の鎌がボクの首に触れた気がしますです」
ネギの顔から血の気が引いていた。ロッティの斜め後ろから彼女の肩に手を置いているイーノックも『え!? もしかしてロッティまでシャズナ姉ちゃんみたいになるのか!?』な当惑した表情で顔を青褪めさせていた。
次章予告。
母パネーと父マースォが長年にわたって根回ししていた縁談話が実を結び、王様の一人娘とイーノックの婚約が締結寸前。
そんな状況で『最弱勇者』と名高い貧弱なボウヤとの結婚を嫌がる王女殿下は婚約が確定してしまう前にこの話をブチ壊そうとバーグマン領に乗り込んでくるのだが……。
みたいな感じにしようと思ってるクマ~。
もうしばらくお待ちください(^(工)^)




