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めちゃくちゃ過保護な姉たちがチート過ぎて勇者の俺は実戦童貞  作者: マルクマ
第二章 姉たちがイーノックが大好きで過保護になったワケ
49/100

泣いてしまいたいんだけど、いいかな?

 そんなカオスな状況で、場の空気がまだ読めない六歳児のイーノックが演技を始めた。


「じゃあ次は僕の番? えっと、しゃずにゃねーちゃお帰りなひゃい」


 イーノックの演技がスタート。そしてさっそく噛んだ。噛み噛みだ。


 そんな弟の演技にシャズナのジャッジは――。


「控えめに言っても最高。素晴らしいわ」


 さっきまで必死に笑いを堪えていた感情なんてどこかへ置き去りにし、満足そうに大きく頷いてサムズアップするシャズナ。


 うん、分かってたさ。私の妹はこういう子だ。


「さぁ、次はお迎えのチューをしましょうね。働いて疲れて帰って来た愛しい妻を愛情たっぷりのキスでお迎えするのは夫の義務よ」

「あ、うん」


 シャズナに促されて素直に頷くイーノック。

 お帰りのキスはウチではあまり見かけない光景だけれど、帰宅を迎えてくれた家族の頬に軽くキスをする家庭があると聞いたことがあるのでおかしなところは無い。


 しかし、この時私は強烈に悪い予感を覚えた。


 ハッとしてシャズナを見ると、トコトコと歩み寄って来ているイーノックを獣のようにギラついた目で見ている。

 それはまるで子ネズミが無警戒に寄ってくるのを舌なめずりしながら待っているドラ猫のようだ。

 そして気付く。シャズナはそっと舌を這わせて唇を濡らし、受け入れの準備を整えていた。


 あっ! ままごとのフリをして本気のベロチューをするつもりだな!?

 さすがにこれはマズイ! 姉弟でそれはマズイ!


 今のイーノックに理解は出来ないだろうけれど、成長後のイーノックが今日の事を思い出せば確実にトラウマになる事案だ。


 私はイーノックを止めるために慌てて右手を伸ばして遮断機のように二人に間を遮ろうとした。

 しかし――、


 なにっ!?


 伸ばそうとした腕に全く力が入らなくなって腕が上がらなかった。


 戦慄しながらシャズナを睨むと、ベンチの上に寝転がっている私を横目に見ながらニヤリと黒く笑った。


 やられた!


 いつの間にかシャズナが無詠唱で私にデバフ魔法『パワーダウン』をかけていたらしい。


 そこまでするのか私の妹は!?


 私なりに自分の妹がどれほどぶっ飛んだ人物なのかを分かっていたつもりだったがまだまだ認識が甘かったようだ。


 幼いイーノックには何も気づかせないままでこの危機から救出したかったけれど、こうなっては仕方がない。


「ほあれいーほっふ! ひへんら!(止まれイーノック! 危険だ!)」


 なにいぃ!?


 私の舌が麻痺している!? 意味のある言葉が喋れない!

 焦る私を見てシャズナが黒い笑みをますます強くした。


 まさかデバフ魔法『パワーダウン』と呪詛魔法『麻痺』の重ね掛けを!?

 しかも、それをこの私に気付かせずに無詠唱でやりきったのか!?


 どうやら私はシャズナの事を見くびっていたようだ。


 武術はともかく、魔術においても私の方がシャズナよりずっと優位にあるはずなのにイーノックの事が絡んだ限定条件下でならシャズナは瞬間的に私を上回る魔力を出せるらしい。


 シャズナ、恐ろしい子!


「メルセデス姉ちゃん、どーしたの?」


 私の異変に気付いたイーノックが足を止める。


 おぉ!?


 イーノックは足を止めただけでなく、くるっと回って私の方に寄ってきた。

 あと三歩でシャズナに抱きしめられる位置に達するところだったのをギリギリで回避!


 こっちに向かって来るイーノックの背後ではシャズナがまるで獲物を取り逃がした女郎蜘蛛のように憤怒の気配を撒き散らしてカチカチと歯ぎしりをしている。

 その形相があまりにも凄まじかったので、私は比較的仲良く遊んでいた二年前のシャズナがどんな顔で笑っていたのかが思い出せなくなってしまった。


「わらひほほほはひーはらひーほほっふはひへお(私の事はいいからイーノックは逃げろ)」

「ひひほほふー?」


 私が発した声は言葉にならずイーノックは首を傾げて私の口真似をした。

 すっごく可愛いけど今はそういうのいいから逃げてくれ!


「シャズナ姉ちゃん、メルセデス姉ちゃんが何いってるかわかる?」


 イーノックが振り返ると今の今まで悪鬼のような顔だったシャズナの表情が一瞬で天使のような慈愛に満ちた笑顔になっていた。それなんて魔術だ!?


「メルセデス姉さんは忠実に赤ちゃんの演技をしているだけよ。赤ちゃんはまだ喋れないからね。さぁイーノック、あなたも早く演技に戻らないと。ほら、お仕事から帰って来た妻に夫としてしなきゃいけないことがあるでしょ?」


 舌を回すように上唇をぺろりと舐めてイーノックを誘うシャズナ。

 八歳児の幼女にして早くも悪女の匂いを漂わせている。末恐ろしいとは正にこの事!


「ほら、早く早くぅ」

「う、うん」


 壁なんて無い東屋を家に見立てたおままごと。

 出来るだけリアリティを出すためかシャズナは律儀に東屋の外周に立ち止まったまま入って来ない。

 きっとシャズナの作ったルールでは東屋の床を作っている赤い煉瓦が敷いてある部分が『家の中』になるのだろう。


 まだ『お帰りのキス』をされていないシャズナは頑なにその一線を越えようとはしない。

 あくまでも夫役のイーノックに自分を出迎えさせるシチュエーションを実現させたいようだ。


 他人から見ればどうでもいい変なこだわりのように思えるかもしれないけれど私にはわかる。

 そうやって『出迎えてくれる』こと『キスをされる』ことが『大事にされている』『愛されている』と感じられる行為なのだから、誰よりもイーノックの愛情を求めているシャズナには決して疎かにできない部分なのだろう。


 シャズナがそれほど一途にイーノックを愛しているのならば、と思わないでもないけれど、やはりマズイものはマズイ。


 二人の姉として弟にトラウマが植え付けられるのを傍観してはいられない。

 何としてでもイーノックがシャズナの手の届く距離に行かせてはいけない!


 でもどうすれば?


 私は今『パワーダウン』と『麻痺』の重ね掛けの影響で舌が痙攣して喋ることは出来ない。立ち上がることも無理。まさに赤ちゃん状態。


 くっ、無力な私には何も出来ないのか?

 ……いや、出来る。やってやるさ!


 シャズナがこの場をままごとだと設定したのだから、私もその設定の内でシャズナの罠に対抗すればいい!


 私に与えられた役割は赤ん坊。


 ならば父親の役を演じているイーノックを私の方へ来させる手段はこれしかない!


「おぎゃあああああああああ!」


 私、泣いてみました。


「おぎゃあああ! おぎゃああああ! おぎゃああああ!」


 羞恥心を全力で投げ捨てて、思いっきり泣きました。


「ちょ、姉さん!?」


 珍しくシャズナがドン引きしているが、私ももう後には引けない。


「おぎゃあああ! おぎゃああああ! おぎゃああああ!」


 声の限りに泣き叫ぶ。


 大切な弟を守るために私は私の中の大切な何かを今失った。そんな気がする。


 ……なんだかもう本当に泣いてしまいたいんだけど、いいかな?

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