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めちゃくちゃ過保護な姉たちがチート過ぎて勇者の俺は実戦童貞  作者: マルクマ
第二章 姉たちがイーノックが大好きで過保護になったワケ
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次女シャズナの場合

 十二年前。


 その頃まだ五歳だった私は年齢に釣り合わないほど黒くてドロリと鬱屈した悩みを抱えていた。


 『私はダメな子かもしれない……』


 そんな劣等感に私は苛まされていた。


 誤解の無いように断っておくけれど、他の子と比べて私が劣っているわけではない。

 両親も家庭教師も私は優秀だと褒めてくれていたし、月に一、二度あるお茶会などで出会う同年代の子たちと比較すれば魔術の習熟度も学問の進捗具合も私の方がずっと進んでいた。


『そうよ。私は劣っていない。普通。むしろ普通より上!』


 そうやって自分を励ますけれど、心の中で育てた自己肯定の感情は日常生活の中で容易く消えた。それはまるで芽吹いたばかりの麦が踏み潰されるかのように、もしくは石臼に入れられた麦粒のようにゴリゴリと磨り潰された。


 私が自信を失ってしまう原因ははっきりしている。

 私より二つ年上のメルセデス姉さんがあまりにも凄すぎたせいだ。


 姉さんと一緒に暮らしていると少しばかり他の子よりも優れている程度じゃ自信なんて持ちようが無かった。


 姉さんは学問も魔術も家庭教師が手放しで褒めちぎるくらいに優秀だった。

 それはもう普通の人が愚かなゴブリンに見えてしまうくらいに。


 そして武術においては天才と言っても足りないほどに隔絶した才があった。


 姉さんの才能が判明したのは姉さんが武術を習い始めた初日だった。


 ウチでは子供の習い事は教科に合わせて専門の家庭教師を雇ってくれている。

 唯一の例外が武術。建国期に武功を重ねて侯爵の位を得たバーグマン侯爵家では当主自らが自分の子に教えるというしきたりあるので、そのしきたりに則ってお父さんが姉さんの師匠になった。


 ちなみに私たちのお父さんマースォ・バーグマンは神殿騎士団テンプルナイツの副団長をしていた経歴を持っているのでけっこう強いらしい。


 お母さんと結婚してバーグマン家の家督を継いだために騎士団を辞したのだけれど、腕に自信のあるお父さんが久しぶりに私たちの前でかっこいいところを見せられると張り切って、その日は関係の無い私やお母さんまでも練習場に連れ出した。


「メルセデス、そしてシャズナ。よぉく見ておけよ。今から父さんが剣術の手本を見せてやるからな」


 家族が見守る中、父さんは自信満々に模範演技として剣術奥義のひとつ『兜割り』を披露した。


「きえええぇい!」


 気合いの声を張り上げて放った全力の一撃で兜割りを成功させたお父さんはドヤァな感じで私たちに振り返ると、口髭の端を吊り上げてメルセデス姉さんに滔々と訓示を垂れ始めた。


「いいかメルセデス。今日からこの父がお前に武術というものを教える。今やって見せたように剣を極めればこれくらい出来るようになるのだ。とても難しい技であるが五年、十年と弛まず驕らず真摯な心で習練を重ねていれば、いずれ――」


 お父さんは遠い目をしてこの技を修得するまでの苦労話を長々と語っていた。

 その最中――、


 キンッ!


 お父さんの長話に飽きたメルセデス姉さんが、刃引きされている練習用の剣であっさりと『兜割り』を再現してみせた。


「……へ? 今、どうやったんだ?」


「どうやったんだと訊かれても……。こうすれば斬れるかなって、勘で」

「勘で!?」


 今の今まで『どうだ、お父様はスゴイんだぞぉ。フフフ~ン☆』な感じで胸を反らしていたお父さんの立場はまるでピエロ。ううん、ピエロというよりも噛ませ犬に近い状態だった。


 初めて剣を握った六歳の娘に易々と奥義を使われてすっかり自信を無くしたお父さんは「ははっ」と乾いた笑いをもらしながら項垂れた。


「俺、これを修得するのに十五年かけたんだぜ? 誇れる事はこの剣技しか持ってねぇのに、俺の今までの努力ってなんだったんだろうなぁ……」


 まるで雨に濡れた野良犬のようにしょぼくれたその姿があまりにも不憫だったのでお母さんがヨシヨシとお父さんの頭を撫でて慰めていた。


「ねぇマースォさん。他に何も誇ることがないのなら、この私に愛されていることを誇りなさいな。何十人もの貴族や王族の男たちが求めていた私の愛を平民出身の騎士団員でしかなかった貴方が独占したのよ。それだけでも誇るに値する偉業じゃないかしら?」


 自分に愛されることを『偉業』だと言い切れる母さんの自信家っぷりに驚かされる。私もあれくらい自分に自信が持てるようになりたい。


「パネー。君に愛されていることは嬉しいがこのタイミングでその話題を出されるのは少し違う気がする。なんていうか……そう、俺は娘たちの前で堂々と胸を張り『立派なお父様』と尊敬される男でいたいんだよ」


「あら、ごめんなさい。でも貴方は十分に立派だと思うわ」

「パネー……。ありがとう、気休めでも嬉しいよ」


 お父さんが疲れの滲んだ顔で微笑むと、お母さんは「気休めだなんてとんでもない」って憤慨した。


「だって、これほどの優秀で可愛い子供たちを次々と私に生ませたのだから貴方は種馬……じゃなかった、婿養子としての役目を誰にも真似できないレベルで果たしているのだから、あなたは間違いなく立派よ」


「待て。今俺の事を種馬って言ってなかったか?」


 お父さんの質問をまるっと無視して母さんが言葉を被せるように父さんを褒めまくる。


「メルセデスやシャズナみたいな子を私に生ませたマースォさんは婿養子の代名詞になれるくらい輝かしい功績を残しているのよ。今お昼寝しているイーノックだって期待できるわ。だから自分に自信を持って! 貴方は剣技で娘に負けたかもしれないけれど股間にあるほうの剣はまだまだ健在! 夜のソードマンとしてこれからも頑張ってね! 今夜も期待しているわ!」


 お母さんはビッとサムズアップしてお父さんを全力で褒めちぎった。


 けれど、その褒め言葉は逆にお父さんの自尊心的なものをさらに深く傷つけたようで「俺の価値はちんちんだけかよ……」と肩を落としながら呟いたお父さんはその後一週間ほど引きこもりになった。

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