ネギ、実は女の子だってことをバラしていいのかい?
今回は〆の回なので長めです。
男湯にためらいなく侵入してきたのはシャズナ様。
ギリギリ裸ではないけれど、紐のようなスリングショットというタイプの水着は全裸よりもいやらしい。
そして、やっぱ胸デカっ! なんだあれ、親戚のお姉様方よりも迫力あるよ!? なんで純血のサキュバスよりいやらしい身体してるのさ!? あの人本当に人間!?
シャズナ様の乱入に驚愕してハワワワ状態に陥っていたボクを主様が突然抱き上げた。
「え? ちょ、何を――」
主様はまるで小麦袋かのようにボクを小脇に抱えるとそのまま湯船にダッシュしてボクを抱えたまま飛び込んだ。
「ガボボボボッ!」
お湯の中に沈められたボクは必死に水面に上がろうとしたけれど、主様に首根っこを掴まれて湯の中を強制的に移動させられる。
あまりの苦しさにパニックになりそうだったけれど、すぐ側に主様の股間があったのでパニックになるよりもボクの全意識はそっちに引っ張られた。
わぁ~、これはこれで趣のある光景だねぇ~。
サキュバスとしての本能がボクの中で目覚める。
お湯の中だとまるで海藻に隠れた小魚みたいに陰毛の中からピョコピョコ顔を出すチンチンの様子がとても可愛らしい。
今なら偶然を装って触ってみても許されるかも?
水圧に圧迫されながらもボクは頑張って手を伸ばした。
けれど、もう少しのところでグイッとお湯の中から引っ張り上げられた。
「すまんネギ、緊急事態だ。お前は俺が守るから出来るだけ姉さんとの会話を避けろ」
「グブッゲホッ! ウエッ!?」
脱衣所への出入り口から一番遠い角の位置に連れて来られていたボクは鼻に入ったお湯に咽ながら返事にもなってない声で応えた。
主様はボクの反応を気にしている余裕も無くボクの両肩に手を置いて小声で伝えるべきことを早口で言い続けた。
「ネギが女の子だったことをみんなに知らせるわけにはいかなくなった。俺と一緒に風呂に入っていたのを見られた時点でもう無理だ。この状況で姉さんにネギが女の子だとわかったら確実にネギは殺される。確実にだ! 太陽が西から昇ることがあっても、俺と一緒に風呂に入っていた女子をシャズナ姉さんが許すなんてことは決して無い!」
主様は鬼気迫る勢いで言い切った。
ボクのタオルは洗い場に落ちていて、今のボクは素っ裸で胸丸出し状態なのにそれにすら気付かないくらいの焦り具合だ(ボクの胸が少々アレなせいでこの部分がおっぱいなんだと認識されてないわけではない……と思いたい)。
「ゲホッ、で、でも、それはいくら何でも言いすぎじゃ?」
「言いすぎなものか。俺は昔、領民の暮らしを見聞する名目で酪農家のところで牛の乳しぼりを体験したことがある。リリィという名の立派な牝牛だった。バケツ半分くらいまで乳を搾れたときにシャズナ姉ちゃんが俺のところに来て『私の目の前で他の女の乳を揉むなんて、これは完全に浮気ね』って言うから、てっきり重めの冗談かと思って『あはは、この子は魅力的だからしょうがないねー』って冗談で返したら……」
「……返したら?」
「その日のディナーのテーブルにはとてもおいしそな牛料理がたくさん載っていて、俺の席には『リリィ』と書かれた見覚えのあるイヤータグが置かれてた」
「ひいいいぃぃ!?」
「いいかネギ。ウチの家族の俺への過保護っぷりはガチだ。こうなった以上おまえはずっと男の子として振る舞え。でなければ俺は調理されたお前を食べさせられるハメになる」
「わかりました! 本気の命懸けで正体隠し――」
「あら、そこにいるのは誰かしら?」
ザバリザバリと湯船の中を歩きながらシャズナ様が近づいてきた。
「ネギだよ。今日こっちの風呂を初めて使ったんだ」
主様はボクを風呂の角に避難させて、シャズナ様の視線から庇うようにボクの前に立つ。
「って、何その水着!?」
「何って、こないだイーノックが全裸で男湯に来ないでって言ってたから水着を着てきたんだけれど。どう、似合うかしら?」
「それ水着って言っていいの? 紐って言った方が早くない?」
「イーノックが喜ぶかなーって少し大胆なのを選んでみたの」
「少し大胆? それ以上大胆な水着は無いと思う」
「それよりイーノック。どうしてネギ君を後ろに隠してるの? 本当はお姉ちゃんに隠してこっそり女の子を連れ込んでたんじゃ……」
主様の背後に隠れているのにヒヤリとした冷たい圧力が押し寄せてくる。
なにこれ、初めて体験する圧力だよ!?
魔力とは全く違うけど、凄く危険なことだけは嫌でもわかる。
温かいお湯の中に半身浸かっているのに首筋から肩にかけてブワッと鳥肌が立った。
怖い! 怖い! 怖い! 怖いいいいぃぃ!
「ち、違うよ。ボクだよ!」
恐ろしかったけれどこのまま後ろに隠れていたらもっと恐ろしい事になりそうだったので主様の背中から顔を出したら、主様がボクに背を向けたまま肘でボクを強引に後ろへ押し戻した。
「あら、本当にネギ君じゃない。そっか、ネギ君はイーノックの専属従者になったからここを使う資格があるのね。うっかりしてたわ。……でも、なんでネギ君を私から隠そうとしたのかしら」
シャズナ様はボクであることを確認して疑惑を晴らしたけれど、それはそれで別の疑惑を展開させる発端になった。
あ、これマズイ感じ?
なんだか段々とボクが本当は女の子だってバレる方向に向かってない!?
嫌な予感がボクの中で駆け巡る。
嫌だ。嫌だ。ボクはディナーになんてされたくないよ!
血気盛んなオスたちの『夜のオカズ』にされることはサキュバスの誉れだけれど、本当の意味でのオカズになんてなりたくない!
狼に目をつけられたウサギの気持ちが魂で理解できたくらいに怯えていたら、主様が信じられないくらいに強気な発言をした。
「ネギを俺の後ろに隠したのはシャズナ姉さんが来たからだよ。姉さんのせいだ。姉さんが悪い」
「えっ!?」
今までに無いほどの主様の反抗的な態度にシャズナ様はとても驚いて、不穏な圧力もフッと掻き消えた。
……主様なぜそんな反抗的なことを? もしかして自殺願望でもあるのかな?
「えっと、ど、ど、ど、どういうこと? お姉ちゃん何がイーノックに嫌われるような事をしたかしら?」
あれ? 声だけでわかるほどにシャズナ様が動揺している。
主様とシャズナ様だとヒエラルキーはシャズナ様の方が上だと思ってたんだけど違うの?
「嫌うとかじゃなくて、単純にシャズナ姉ちゃんの裸をネギに見せたくないだけだよ。姉ちゃんからネギを隠しているんじゃなくて。ネギの視線から姉ちゃんを守っているんだ」
おぉ凄い! 逆転の発想きた! それなら辻褄が合う!
「でも、お姉ちゃん裸じゃないよ? ちゃんとイーノックに言われた通り水着だよ?」
「それはほとんど裸。だからネギに見せたくないんだ。……分かってくれよ」
主様が小さく首を振りながら「ハァ……」と溜息を吐く。
その姿を後ろから見上げているととてもわざとらしくて見れたものじゃなかったけれど、こんなダイコンな演技でもころっと騙される人がいた。
「そういう事なのね。イーノックはお姉ちゃんの肌を他の誰にも見られたくないって嫉妬心を大爆発させちゃったのね!?」
声がとても嬉しそうなんだけど……。
もしかしてシャズナ様チョロイ?
いや違うか、主様が相手だとシャズナ様にラブラブ特攻が入るんだと考えたほうが自然だね。
「いや、嫉妬とかじゃなくてね……」
むしろ演技が利きすぎて主様の方が慌ててるよ。
「分かってるわ。嫉妬と言うよりこれは独占欲ね! 独占欲、欲……ああっ! 実の弟にこんなにも欲に塗れた目で見られていたなんて、お姉ちゃん嬉しい! 興奮しちゃう!」
「あの、シャズナ姉ちゃん?」
「ごめんねイーノック、お姉ちゃんもっと自分を大事にするわ。これから男湯に乱入するときはちゃんとイーノックだけの時を狙ってくるようにするから安心してね!」
「前から言ってるけど、そもそも男湯に来ないでよ」
そこの否定は都合よくシャズナ様の耳には届かないらしい。それに対する返事は無かった。
「じゃあお姉ちゃんはネギ君に身体を見られないうちにお部屋に帰るわね。ごめんねネギ君お騒がせしちゃって」
「い、いえ、お構いなく……」
すっかり上機嫌になったシャズナ様はザバザバとお湯を掻き分けながら風呂を出て行った。
シャズナ様の気配が遠くなって完全にいなくなったところで僕と主様は揃って安堵のため息を吐いた。
「……良かったですね主様。ボクがいないときはシャズナ様とイチャイチャ入浴できるみたいなのでボクは今後こっちの風呂は使わな――」
「ネギ。これからはこっちの風呂を使う事を命じる。これは召喚主としての命令だ」
主様はボクに背中を向けたままとんでもない事を言い出した。
「ちょ、姉弟のドロドロな関係に巻き込まないで下さい! ボクは安全な立ち位置から気楽に傍観していたいんですよ!」
主様の背中をペチペチ叩いて抗議したら、主様は少しもためらわずに振り向いてガシッとボクの両肩を掴み、必死な形相で懇願してきた。
「俺だって安全に入浴したいんだよ! ネギがいれば入って来ないって言ってたんだからこれからずっと風呂の時は一緒にいてくれ!」
「嫌ですよ! 主様はボクが女の子だって忘れてませんか!? なんで男の主様と一緒にお風呂入らなきゃいけないんですか」
「俺は今ネギを守ってやっただろう!? 今度はネギが俺を守ってくれよ! 頼む! 絶対変な事はしないから! 一緒に風呂に入ってくれるだけでいいから!」
「丸裸のボクの肩を真正面から掴んでおいて全く興奮しない主様ならボクにエッチな事はしないって嫌でも確信出来ちゃいますけど、それはそれでサキュバスとしてのプライドがへし折れそうになるんでやめて下さい!」
その後、お湯で指先がしわしわになるまでボクと主様の言い合いが続いて、話が終盤になるとお互いを脅迫するくらいにまで過熱しました。
「ネギ、実は女の子だってことをバラしていいのかい?」
主様にド直球な脅迫をされれば、ボクはそれに対抗策をぶつける。
「だったらボクはシャズナ様が乱入しやすいように手引きするって条件で恩赦を勝ち取るんだよ! いいんですかそれで!?」
「ぐっ! おまえは召喚主を生贄にして生き延びるつもりか!? なんて卑劣な!」
「そのお言葉をそっくりそのままお返しするんだよ! ボクだってディナーのオカズにはなりたくないんですー!」
それからもお互いのメンタルを削りながら言葉の応酬は続いて、最終的には『今後は一緒に入浴するけれどお互い水着を着用する』という妥協案で落ち着いた。
「ハァ……ハァ……すみません主様。途中からタメ口になっちゃいました」
「い、いや、構わない。二人の時はこれからもそれでいいよ。こっちこそひどいことを言って済まなかった」
怒鳴り合いのような駆け引きで疲れ切ったボクたちは背中を合わせて湯船の中に座り込んだ。
今までお互いに遠慮してたところがあったけれど、今回の件で無礼講どころじゃないくらいに本心をぶつけ合って、果ては脅迫し合うくらいぶっちゃけた関係になれました。
確かに心の距離は縮まった気はするけど、こういう関係を作るために無礼講ってのはあるのかな?
……たぶん違うんだろうなって思う。
「ネギ、とりあえず……」
「なんですか主様」
ボクの肩越しに主様が上向きに手を伸ばしてきた。
「ウチはこんな家族がいて、俺はこんなだけど、これからよろしくな」
「え、この手を握って握手すればいいんですか?」
どういう握手の仕方なんだよって思ってしまう。
「こういう時は訊き返したりしないで素直に手を握っておくもんだ。それが暗黙のルールだ」
なんだか主様の声が拗ねているっぽい。
「知りませんよそんな面倒なルール。まったくもぅ、面倒な主様ですね」
そう言いながら指を掴んであげると「面倒って言うな」って笑いながら手を上下に揺らした。
後から考えると、きっとこの時が僕と主様が『パートナー』になった瞬間だったのだ。
歴史書の一ページには決して載る事の無いボクたちの繋がりの始まりは、決して子供に聞かせられるような健全性は無く、神秘性も、常識性も欠けていた。
でもまぁ、それでもいいんじゃないかな。
歴史なんてどうせ時の権力者に都合が良いように誰かが勝手に綴って、読んだ人が勝手に思いを馳せるものだ。
ボクたちの真実はボクたちだけが知っていればいい。
この時のボクたちがお互いに「早く先に上がってくれないかなぁ、頭が茹だってしまいそうだ」って思っていた事もまた歴史に残しておく必要はないのだから。
プロローグがようやく終わりました。
引っ張り過ぎてごめんなさい。
次に閑話で姉たちがなぜイーノックを好きになったかを6~7話くらい?書いて、
それから第一章に入りたいと考えています。
(二人の方に感想で指摘されていたけれど「プロローグ」しか章設定してなかった事に『ついさっき』気が付いたなんて恥ずかしくて言えません。正確に言えば『今回の後書きなんて書こう……』って思いながら管理ページを見てた時。もう開き直って次が第一章だー!って感じの勢いで誤魔化すしかないよね!)




