ボク、実は女の子なんだ
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「実はボク女の子だから、主様は遠慮なくボクに惚れてもいいんだよ」
って言いに行くためにボクはお屋敷の中を主様を探して回った。
とても間抜けな事をしようとしているみたいで自分のことながら『なんだかなぁ』って気分だけどね。
そもそもボクがこんな間抜けなお話をしなきゃいけないハメになったのは、四天王のノッブタさんが『逃げた東方魔王の跡を継いだ息子』だと紹介してボクを生贄に差し出したことが始まりになっている。
ボクは「違うよ。息子じゃなくて娘だよ」って訂正しようとしたんだけれどヒンヤリとした殺気を周囲に撒き散らしている討伐モードのメルセデス様に「おや、違うのかい? キミを捕まえてきた四天王とやらは東方魔王の息子だと言ってキミを差し出してきたんだが? 臨時東方魔王ってのは嘘なのかい?」と問われてボクはブルッってしまった。
反射的に「違いません、ボクは魔王の息子です。口答えしてすみませんでした」と頭を下げてしまったせいでボクの男の子設定が決定的になってしまったんだ。
確かにね、ボクがあの場で怖がらずにはっきりと「確かにボクは前の東方魔王の跡を継いだけど、息子じゃなくて娘だよ」と言えればこんな面倒なことにならなかったと思う。思うけどね? 今から時間を巻き戻してあの場に戻れたとしてもだよ? ボクはまた「違いません、その通りです。すみませんでした」と頭を下げていると思う。だってあの場で否定の言葉を捻り出せるほどの勇気なんてボク持ってないよ。
魔族領で『東方の暴れん坊』と怖れられていたノッブタさんでさえメルセデス様の前だと失禁しながらパシリしてたくらいだからね。しょうがない。しょうがないんだよ。ボクは悪くない。
魔族領にいた時は殺戮の魔神のようだったメルセデス様だけれど、人間領に戻ってからはすごく大人しくてむやみに殺気を振り撒いていないからそんなに怖くない。もし今状態であの時と同じことを訊かれたら「違うよ。ボクは女の子だよ」って言える……と思う。たぶん。
ポキュポキュと靴音を鳴らして使用人部屋から屋敷の正面に回り込んで、お役人が働いている一階に入った。
「すみませーん。イーノック様ってここにいますかー?」
主様の部屋にいったら留守だったのでどこにいるのかお役人に尋ねてみた。
「あ、ネギ君。イーノック様なら今日は自主練してるんじゃないかな。庭の東にいると思うよ」
「そっか。おじさんありがとー」
ボクがここに来てから十日。元魔王のボクが人間に混じって暮らしていけるのか不安だったけれど、びっくりするくらい簡単に馴染むことが出来た。
ここで働いている人に「元魔王のボクがこの家で働いていても怖くないの?」って聞いたことがあるけど「ここにはネギ君よりずっと怖い人たちがいるからね」って苦笑いをされた。
なるほど。納得だよ。
微笑むだけで四天王をパシらせたという伝説を作ったメルセデス様。
バーグマン侯爵家の次期当主でもあるメルセデス様は午前中は領主代行として上級行政官と政務をして、午後からは私兵騎士団の団長として領内警備の指揮を執るお仕事をしています。
大変忙しい日々を送っている一方でボクの主様は暇です。
魔族領から帰還してきたばかりの頃はメルセデス様のお仕事が山積みになっていたので四日ほど雑務をお手伝いしていたようですがそれが一段落してからはまた暇な日々を送っています。
一応ボクは従者なので主様を弁護しますが、主様自身は普通に真面目なので勇者らしいお仕事を希望しているのです。決して無職を愉しんでいるわけではないのです。
人間社会では勇者=冒険者という認識があるようで、主様も冒険者になることを望んでいるのですが、侯爵家の息子という身分の主様に冒険者ギルドは仕事を斡旋してくれなかったそうです。もし斡旋した仕事先で死なれたら責任問題になるからだとか。
本当に冒険者として仕事をしたいのなら親権者に免責状をもらって来いとギルド長に言われたそうですが、ご家族がなかなかそれを認めてくれないようです。
主様が母親のパネー様に冒険者になる許可を求めたときに「そんな事より王家への婿入りについて話しましょうか」って、危うく政略結させられそうになったので免責状を書いてもらうのを諦めたそうです。
親があてにならないので次期当主のメルセデス様に代筆で免責状を書いてもらおうとしたところ、厳しい条件を出されたそうです。
「一度でも私に剣で勝てるようになって、そのうえで妹たちからも承認を得られれば免責状を書こう。頑張って私より強い男になるんだ。期待しているよ愛しの弟よ」
なんだかもうその時点で無茶な要求をされている気がしましたけど、主様曰く「頑張ればなんとかなる!」そうです。
希望を持ち続けるって凄い事だよね。さすが勇者様だよ。うん。
ちなみに、この話をシャズナ様にしたら『冒険者なんて危ないわよ怪我したらどうするの? イーノックは私が生涯養ってあげるからお仕事なんてしなくて大丈夫。全部お姉ちゃんに任せてね』と言われて、ロッティ様には『冒険者のお仕事するの、もうちょっと強くなってからにしよ? せめてロッティと同じくらいの魔法使えるようになってからにしよ? じゃないと心配』と言われたそうです。
「大丈夫、シャズナ姉ちゃんもいつかは分かってくれると思うし、ロッティだっていつかは一人立ちする大変さを理解して俺を応援してくれるはずだ」
主様はすごく前向きな精神を持っている方でした。
これを不可能じゃないと言い切る主様にボクはあきれ、いえ、感銘を受けました。さすが勇者ですね。不屈の精神が素晴らしいです。
さて、ぶっちゃけ家族公認の無職さんがボクの主様だというなかなかシビアで笑えない状況なんだけど、不労所得が保障されているお貴族様なのでボクは全然オッケーです。
いつでも暇な……いえ、時間的な余裕がたっぷりある主様の日常のルーチンは起床後にランニング、その後に水浴びをして朝食。朝食後はメルセデス様に手伝いが必要な仕事があるか訊ねて、なければお昼まで学問か鍛錬です。
で、今日の主様は鍛錬しているみたい。
主様は大きな馬場が三つは作れそうなくらい広い庭の東にいるようなので、ボクはその近くの東屋にタオルと飲み物を運びます。
東屋に着くとそこからは主様の練習がよく見えました。
主様は木刀と小さな丸盾を装備して素振りをしています。
木刀を上から振り下ろし、身体を捻りながら丸盾を前に出して棒を引き戻す。それだけの単調な動作をずっと繰り返しています。
主様が練習で使っている武器がありきたりな木刀だったことが意外でした。
勇者だからもっと特別な何かがあるはずだと警戒していたボクは取り越し苦労をしていたようです。
ボクが従魔という立場じゃなかったら「なぁんだキミって案外普通だね」って見下した感じで気安く肩を叩いていたかもしれません。
うふふん? ボクの未来が明るく拓けてきたような気がする。
ボクの主様がメルセデス様みたいなバケモノだったら反抗する気も起きなかったと思うけれど、この程度の人間がボクの契約主なら何とかなりそうだよ。
東屋の屋根の下でタオルを持ちながらそんな事を考えてニコニコとしていたら、稽古に区切りをつけた主様がやってきたのでボクは従順な従魔の従者らしくサッとタオルを渡します。
「お疲れさまです主様。お飲み物も用意してあるよ!」
「ありがとうネギ。なんだか楽しそうに見てたね」
「うん。ボクにもできるかなーって思ってました」
あれくらいなら武闘派じゃない淫魔のボクでも張り合えるかもね。
「お? 稽古に興味があるのかい?」
主様はちょっと驚いて、すぐに嬉しそうに目を輝かせました。
「じゃあ一緒にトレーニングしよう! 最近ずっと一人でしてたから一緒にできる相手が欲しかったんだ!」
あれ? なんか変な方向に話が進み始めちゃった。
主様はボクの肩や腕を無遠慮にペタペタ触ってきて、思わず「あふん♡」って声を上げそうになったのを必死で我慢してると、主様は「ちょっと筋肉量が足りない感じかな……」って難しい顔で考え始めました。
おやおや? なんだかヤバイ感じがするですよ?
これは早めにボクが女の子だって事を知ってもらわないとダメな雰囲気だね。
「ネギ、とりあえず訓練するための体作りから始めようか。まずは腕立て五〇回。腹筋、スクワット、それを三セットこなしたら、あの山の麓までみっちり走り込み。筋肉ムキムキになるまで鍛える必要はないけれど、脱いでも恥ずかしくない程度に男らしい身体を作ろう!」
「あ、その……それよりもボク、主様に聞いてもらいたいことがあるんです」
「ん? なに?」
「ボク、実は女の子なんだ」
ボクの告白を聞いた主様は、ニッコニコだった顔を急に素面に戻してデスマスクのような冷たい表情になった。
「……なぁ、ネギ」
「なぁに?」
お? さっそくボクに惚れたのかな? 今までボクに惚れるのを我慢してたとか?
「そんな嘘をついて訓練を回避しようってのはズルいと思うな。そういうのは良くないよ」
「え? う、嘘じゃないよ? ボク本当に女の子だから! 着痩せするタイプだからそうは見えないだろうけど、ちゃんとおっぱいも膨らんでるし! そうは見えないだろうけど!」
必死に女の子アピールしてみたけど主様は「違うよ。おっぱいってのはもっと大きいんだよネギ。俺の姉ちゃんたちを見て知ってるだろ?」って、ゆっくりと顔を横に振った。
ひどい! 比べる対象が残酷すぎるっ!
「でも大丈夫だネギ。今の話は聞かなかったことにする。どんなにトレーニングが辛くてもきちんとやり遂げられるように俺が全力でサポートするから。さぁ、気合を入れて訓練を始めよう!」
そう言って、張り付けたような笑顔でボクの肩を掴んだ主様の握力はストーンゴーレム並に力強かった……。




