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めちゃくちゃ過保護な姉たちがチート過ぎて勇者の俺は実戦童貞  作者: マルクマ
第一章 童貞勇者と過保護なお姉ちゃんたち
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『ほら、俺のコレはどうだい?』『あ、大きい。すごく大きぃ……』

「ダーラ様! 部屋の中とはいえ年頃の娘がそんな恰好でいつまでもウロウロしていてはいけませえええぇん!」


 側仕えのヒンギスがバァンと私の寝室の扉を蹴破って飛び込んで私に対する諫言を喚きながら襲い掛かってきた。


 ヒンギスは幼児の身体に老婆の顔がついている三頭身の人形で、厳格さを他人に強要する幼稚な支配欲と抑えきれない殺人衝動を魂に詰め込んだ『狂った人形(マッド・ドール)』だ。


 ヒンギスは心も体もアンバランスな構造なのに笑えるくらいに動きが素早くて、彼女が両手に持っている肉切り包丁はしっかりと私の首筋を狙っている。


 いいね。彼女の本気の殺意が感じられて心地良い。


 でも今はそれで遊びたい気分じゃない。


「はいはい、わかったからまた後でね」


 チョイと指を回して私は小さなつむじ風を生み出し、肉切り包丁もヒンギス本体も塵より細かな欠片に切り裂いた。


 魂まで刻んだわけじゃないから明日には再生してまた元気に小言を喚きながら私を殺しに来るだろう。


 まだ雫の垂れる髪を火魔法と風魔法の複合魔術で一瞬に乾かして、身体にバスタオルを巻いたままの姿でベッドの上にダイブした。


 枕元に散らばっている本の一冊を手に取って続きを読み始める。


 本の悪魔のダ……、ダンなんとかという悪魔が昨日私に献上してきた人間の本だ。その悪魔は書庫に籠って本を読み続けるために誰にも邪魔されない平穏な日々を欲していたので、献上品の褒美として大魔王の名のもとに十年の保護を与えてやった。


 昨日から読んでいるのだけれどこれが中々面白い。実話を元にした人間の恋愛物語なのだけれど、人間らしい道徳とか倫理とかを『良いもの』として肯定しながらも、悪族らしい欲と本能に突き動かされて主人公の周辺の関係性を蝕みながら破滅へと進んでいく。


 なぁんだ、結局魔族が主張する『本能を肯定して受け入れよ』が正しいってことじゃない。って思いながら読んでいるのだけれど、それを必死に否定しようとする主人公にムカついて、ムカつきながらも段々と魔族の主張どおりの欲に染まっていく過程がたまらなく楽しい。


『正直に言えよお嬢様。婚約者の小さなアレにもう満足できないんだろ?』『そ、そんなことは……』『ほら、俺のコレはどうだい?』『あ、大きい。すごく大きぃ……』『欲しいんだろ?』『……』『正直に欲しいって言えば喰らわせてやるんだがなぁ?』『ほ、欲しいですっ!』


 敵対派閥の令嬢に『貴女、最近太り過ぎじゃ?』って笑われて必死にダイエットしている主人公。ダイエット宣言した主人公に協力することになった婚約者は食事の量を減らすよう執事に命じ、パンも小さなものだけに制限している。そこに現れたのが下町でパン職人をしている口の悪い平民。成長期の主人公がダイエットしていることを知って、そんなんじゃ体に悪いぞと呆れながら焼きたての大きなパンを食べさせようと誘惑するのだ。


 素敵な話に胸がときめく。


 主人公はスリムになりたいと願って頑張って我慢しているのに、美味しそうなパンで決意を崩す悪魔的所業。しかも誘惑している方は主人公の体を心配して言ってやってるんだぜ? みたいな薄っぺらい親切でやっているのだから笑える。


 それ、普通に嫌がらせだから!


 人間が掲げる正義とか善意とかほんとバカげている。でも、それが楽しい。あまりにも愚かしくてチョー笑える。


「くっふふふふ……」


 人間って本当に愚かだよねー。

 本能のままに生きればいいだけなのに、それを否定するからおかしなことになるのだ。


 本能のままに寝て、本能のままに食べて、本能のままに遊べばいい。


 眠りたい本能を満たすために寝床を確保すればいい。

 食べたい本能を満たすために食料を確保すればいい。

 色々な欲求を満たすために必要な行動すればいい。


 もっと大きな欲を満たしたいなら満たすだけの行動をすればいいだけだ。


 ただそれだけのことなのに、そこに罪とか罰とか義務とか権利とかの変な価値観を植え付けるからおかしくなるのだ。


 根本が間違っているから努力とか忍耐とかの無意味な苦痛が発生しているのに、それを排除するどころか賛美している人間たちの精神構造が分からなさ過ぎて笑える。


 ベッドの上で腹這いになって足をパタパタさせながら本の続きを読む。


「クッキー」


 そう言って手を伸ばすと、恍惚とした表情の中年男の顔をしたマッド・ドールがお菓子を乗せた皿を捧げるように持ち上げて停止する。


 私の身の回りの世話をする側仕えは十二体のマッド・ドール。昔は何人もの悪魔の側仕えがいたのだけれど、気に入らない事をするたびにプチッと殺していたら側仕えは自己再生するマッド・ドールだけになっていた。


 話し相手になるような側仕えがいない事に少しだけ退屈さを覚えることはあるけれど、本能のままに行動した結果としてこの状況になっているのでこれが私の生活環境の最適解なのだと受け入れている。


 物語が終盤に近づいて残りのページが少なくなってきたときにそれは起こった。


 突如紫色の魔法陣が私を囲むように発生した。


 え? なにこれ。


 魔法陣が召喚魔法のものだとはすぐに看破したけれど疑問は発生する。


 なんで大魔王の私にこんなものが浮かぶのか? という疑問だ。


 原則として召喚魔法は召喚士の強さより二〇%程度強い魔物が召喚できる限界だったはず。


 私を呼び出せそうなほどの実力もった魔族はとっくの昔に抹殺しているので召喚魔法の陣が私に浮かぶはずがない。


 まさか、人間が!?


 かなり久しぶりに私は『焦り』を覚えた。


 ベッドから飛び出た私はすぐに対抗魔術を展開する。


 ヴンッ!


「くっ!?」


 抵抗魔術を展開しても召喚魔法陣が消えない。ということは、この召喚術を使ったやつは私と同等かそれ以上の強さを持つ者。


 まずい! それは非常にまずい!


 私と同等以上の実力を持つ召喚士に召喚されてしまえば敗北は確定だ。召喚陣を通過した時点で私の能力は全て一〇%ダウンしてしまうし、現時点でさえ私の抵抗値を上回る召喚士に契約を求められれば意思に関係なく従魔にされてしまう。


 抵抗できるのはまだ召喚陣を通過していない今しかない!


 私は心臓を掴まれるようなキュウとする焦燥に鼓動を早めながら低く腰を落とし、肩幅以上に大きく足を広げて抵抗の姿勢をとる。


 身体に巻いていたバスタオルが床に落ちるが今はそんな事なんて気にしていられない。


 身体に絡みつく魔力の糸を力任せにむしり取ろうとしたけれどすでに体の奥深くにまで魔力が侵食していて、むしり取ろうとしたら意識が飛びかけた。


 くっ、こうなったらこの状況を逆用して召喚士をこちら側に引きずり込んでやる! そうすれば不利な状況で戦わなくて済むし、最悪でも従魔契約は免れることができる!


 私は体に絡みつく魔力の糸を束ねるように掴んで思いっきり引いた。


 弓を引き絞るように腕を引いたところまではできたが、魔法陣の向こうにいる召喚士も少しよろけただけですぐに踏み止まった。


 召喚士のくせにえらく力強い。相当の筋力を持っているのかどれだけ引いてもまるでブレない。


 ブレないなら重心を崩せばいい。


 私は握り込んだ魔力の糸を引きながら左右に細かく振った。ビビビビと空気を裂く音が鳴るくらいに激しく動かしたら私を引き寄せようとする糸の力が緩んだ。


 よしっ! これはイケる!


 この隙に思いっきり糸を手繰り寄せた。しかし、ある程度まで巻き上げると急に引く力が強まってこれまでに稼いだ糸の長さを一気に取り戻される上にちょっとだけ多く引かれる。


 負けるものか!


 こうして一進一退を十分ほど繰り返す。


 気が付くと召喚陣ギリギリのところまで引き寄せられていた。


 うううぅっ! 腕力は互角なのに足の踏ん張りがきかない!


 ここ百年ほど真剣にやりあえる敵がいなかったせいで筋力が落ちているのもあるけれど、とにかく汗が凄い。


 せめて全裸じゃなければシャツなどが汗を吸ってくれるのに、身体から浮き出た汗が艶が出る程磨き込まれた床へダイレクトに流れ落ちていく。汗で足が滑らないように加減しながら踏ん張らなきゃいけない状況がもどかしい!


 もっと腰を落として足を広げて重心を下げて……。


 引っ張られる力に抵抗しながら姿勢を修正していたら今までで一番強い引きが来た。


 負けてたまるかぁー!


 思いっきり引き返す。


 ツル――……

「あっ……」


 足が滑った。まるで氷上で滑走するペンギンのように私は綱引きの姿勢のまま魔法陣の中に引き込まれて行った。


 チュポン!


 まるで口の中に入れていた何かを引っこ抜いたかのような淫靡な音を立てて私は魔法陣の向こう側に出てしまった。


 終わった。私の人生は終わってしまった。


 私の目の前には弱々しい人間の少年がいる。


 人間の少年は私の姿を見るなり目を大きく見開いて腰を引かせた。


 さもありなん。自ら行った召喚魔術であまりにも美しくて強そうな私が出てきたせいで肝をつぶしているのだろう。


 情けない。この程度の子供に召喚されてしまった自分が情けなくて心が折れそうだ。


 どうしてこの程度の奴に呼び出されてしまったのだ?


 大魔王として五百年以上も魔族の頂上に君臨し続けてきたこの私が、何十人もの勇者を屠ってきたこの私が、なぜこんなひょろい人間に従わなくてはいけないのだ。


 くっ、私が汗で足を滑らせていなければ……。


 私はくやしさに耐えきれず膝から崩れ落ちて、ダンッ! と両手で地面を叩きながら吠えるように慟哭した。


「しくじったぁ!」

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