こんなことなら風呂を上がってすぐパジャマを着ておくんだったぁ!
「強き力よ、重き力よ、弱き力よ、天駆ける雷光よ、根源の四神を我はまだ知らず、魔が神となる世において――」
召喚魔術固有の長い呪文を唱えながら俺は魔力を高めていく。
祝福されし棒を握った両手から魔力が伝わり、俺が見据えている二メートル前方に直径一メートル強の光る魔法陣が出現する。
召喚士ギルドの試験場ならもっと大きな魔法陣が最初から刻まれているので召喚しやすくなっているのだけれど今ここにない物を欲しがってもしょうがない。
俺は浮かび上がった魔法陣に魔力を通しながら祝福されし棒を水平に持ち直して肩の高さにまで掲げた。
魔物の探索範囲を薄く広く延ばすイメージを頭の中に描きながら、祝福されし棒を手の中で滑らすように両手を左右に広げ――、
え!?
探索範囲がこれまでにない速さとかつてない規模で広がっていくので驚いた。
……あ、そうか。ここ、魔族領だからか。
人間が暮らす人類の生活圏内には人々を守護する神々の加護が満ちている。
神々の加護は魔物を排除しようとする力がある。それを正の力だとすると、使役するためとはいえ魔物を呼び出す召喚魔法は負の力だ。
人類の生活圏内で行う召喚魔法は常にリミッターがかけられている状態だと言える。
けれど、魔族領にいる今の俺はそのリミッターが外れている。
よしっ、これなら俺でもなんとかなるかもしれない!
すっごい魔物が従魔になってくれて俺を守ってくれるかもしれない!
決して比喩的表現でなく、そのまんまな意味で『生きる希望』が見えてきた俺はガンガンに上がっていくテンションのまま召喚候補の探索範囲を広げていった。
「虚ろなるこの世にて、移ろう正義に平和なく、惑わぬ正義に進化なく、我が求める真なる友は――」
魔法陣を通して脳裏に浮かぶ効力範囲のイメージははるか遠くにまで広がっていてイメージ映像すら追いつかない。まるで魔族領全体を範囲の中に納めているみたいだ。
ここまで広げれば一体くらいは引っ掛かってくれると思う。多分。
問題はここから。
召喚魔法で呼び出せる魔物の強さは召喚士が込めた魔力によって変化する。ざっくり言うと大きな魔力を使うほど強い魔物が出てくる。
召喚術の理論的にはできるだけ多くの魔力を込めたほうが良いのだけれど、呼び出した魔物の方が強くて従魔契約に至る前に召喚士が殺されてしまう事件もままある。
それを考えれば召喚に使う魔力は全力よりもやや控えめに込めるのが現実的なのだけれど今回の俺は本気で命が懸かっているのだ。
手加減した魔力で呼び出した中途半端な強さの魔物を従魔にしても俺に未来は無い。だから自重なんかしていられない。今の俺に呼び出せる最強の魔物に従魔になってもらわなければ!
俺は全力で絞り出した魔力を声に乗せて、囁くように唱えた。
「来い。我が半身となる最強のしもべよ」
ヴンッ!
「わっ!?」
握っていた『祝福されし棒』が魔法陣の方へに引っぱられて、危うく前のめりにコケそうになった。
なんだこの反応!? 今まで一度もこんな事はなかったぞ!?
俺はもぎ取られそうになっている祝福されし棒を握り直して引き戻した。
『…………』
あ、何かいる! 魔法陣の向こう側に何かいる!
俺が祝福されし棒を強く引いたことで、向こう側にいる何かが焦ったように抵抗している。
ギュギュっと再び引かれる。
俺は祝福されし棒から放出している魔力を途切れさせないように気をつけながらゆっくりと棒を引く。
『…………!?』
ビビビビと必死に抵抗する『何か』。
力任せに引っ張ると魔力の繋がりが切れるかもしれないので、抵抗が強くなったらわざと棒を魔法陣側に近づけて、向こうの抵抗が緩んだタイミングでグイッと引き寄せる。
なんだか釣りをしているような感じになってきた。
強い抵抗がきたら魔力の糸を伸ばして『あそび』を作り、抵抗が弱まったら一気に引きつける。
それを十分ほど続けたら魔法陣の向こうにいる『何か』影が見えてきた。
その『何か』も相当焦っているようだけれど、体力がかなり削られたらしくて抵抗が小さくなっている。
よし、このまま釣り上げる!
俺は『つ』の字を立てたようにしなっている祝福されし棒を膂力全開で引いた。
チュポン!
まるで口の中に入れていた何かを引っこ抜いたかのような淫靡な音を立てて『それ』は魔法陣の上に現れた。ギリギリまで対抗していたのを現すかのように両手を突き出して、足を大きく開いて踏ん張っている姿勢で。
俺は祝福されし棒を引いた体勢のまま固まった。
いや、だってね、全裸の金髪ゴージャス系美少女がそんなポーズで出てきたんだよ?
そりゃ男なら固まりますよ。丸見えだもの。一瞬でカッチンカッチンコですよ。
そしてここに釣り上げられたゴージャス美少女さんも固まっている。
ちょっと目尻の垂れた目を見開いて俺を見たまま思考停止状態になっている。
…………。
えっと、俺はこれから何をすればいいんだっけ?
俺はズボンの中が膨らんで窮屈になっている股間が目立たないように、さりげなく腰を引きながら思考回路を再稼働させた。
てか、この人って魔物?
いや魔物じゃなくて魔族か。
召喚術で呼び出されたからそうだよな? 頭に立派な角あるし。乳でっかいし。
召喚魔術で呼び出されたのが魔物の場合だと、魔物はすぐに防衛本能を発揮して召喚士に襲い掛かるので問答無用で戦闘に突入するんだけれど、今回みたいに魔族が現れた場合どうすればいいんだっけ?
なにぶん召喚に成功したのが初めてなのでどうしていいのかすぐには思い出せない。
ていうか、俺、この子を従魔にしていいの?
ほとんど人間、しかもちょっと他とは比べられないほどにゴージャスな美少女を従魔化……。
そりゃね、毎日のように彼女ほしいなー。とか、
空から女の子が降ってこないかなー。とか、
いろいろを妄想を交えて考えてたりしたけど、
これ、犯罪にならないかな?
というか「この子を俺の従魔にしたよ」って姉ちゃんたちに紹介したらヤバそうな気がする。
いやいやいや、そういう事を考えるのは後でいいんだ。
とにかく今は俺を守ってくれる強い従魔が欲しい。
命が危険な時にこんな美少女貰っても困る。いや、困らないけど。いやいや、やっぱ今は困る。
命あっての種馬。じゃなくて、命あっての物種だから。
あー、もう。思考回路を再稼働させたわりにどうでもいいことばかりが頭の中を駆け巡る。
自分で考えている以上に、この子の出現に俺は狼狽えているようだ。
もっと真剣に考えなきゃと気持ちを引き締めていると、全裸の美少女がプルプル震え出した。
どうやら彼女もやっと現状の認識が出来たらしい。
丸見えなポーズはそのままだけれど、顔を赤くして八重歯の目立つ歯をギリリと噛んだ。
あ、もしかして「きゃあああぁ見ないでぇ!」って流れかな。と思ってたら違った。
「しくじったぁ!」
崩れ落ちるように膝をついてダンッ! と両手で地面を叩く。
……は?
「こんなことなら風呂を上がってすぐパジャマを着ておくんだったぁ! なんでそのまま本読み始めちゃったかなぁ私!?」
いや、知らないよ。というかちょっとは隠そうよ。




