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めちゃくちゃ過保護な姉たちがチート過ぎて勇者の俺は実戦童貞  作者: マルクマ
第一章 童貞勇者と過保護なお姉ちゃんたち
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イーノックの手記 2

 王都を出て四日目 朝


 夜明け直後の朝靄の中、騎士たちが交代で食事を摂りながら出発準備をしている。


 俺が一昨日から何も食べていないことを護衛騎士が心配して、わざわざ干し肉入りの黒パン粥を作ってくれた。

 思ってもいなかった優しさに触れて泣きそうになった。


 粥を口に運んでゆっくりと噛みしめていると、俺を逃がさないように側についていた騎士が俺に背中を向けたまま「魔王と戦うのが怖いなら逃げればいいんだ。俺たちの仕事はウルルマルカまで勇者を運ぶことで、勇者がその後どう行動するかは俺たちが関知する事ではない」と大きな独り言を呟いた。

 俺も「うん……」と独り言を呟いた。



 四日目 昼


 魔族領に入って初めて魔族の居住する小さな村を見かけた。

 隊の先頭にいる物見からの報告では、村人のほとんどがゴブリンで数匹のホブゴブリンもいたようだけれど、俺がその村の横を通り過ぎた時には村人全員が逃げ散っていた。



 四日目 夕方


 日没前に目標地点であるウルルマルカの川岸に着いた。


 護送隊はここに野営拠点を敷設して、俺が魔王を倒して帰って来るのを待つことになっている。二日待って俺が返って来なかったら死亡したと見なされて帰途につくらしい。


 俺のために立てられた天幕に夕食が運び込まれた。俺の体調を考慮したパン粥に加えて、すりおろしたリンゴもついていた。

 これが最期の晩餐かと思いつつ二口食べた。もう一口食べようとして口を開けた時に吐き気が込み上げて来て匙を置いた。


 しばらくして護送隊の隊長が俺の天幕にやってきて、魔王討伐の参考になれば、と、ここに着くまでの情報を開示してくれた。


 俺は気付かなかったけれど護送隊の先遣偵察隊が数度魔物と遭遇していたらしい。

 偵察隊とはいえ国王直属の騎士団に所属している騎士たちは強く、難なく撃退したそうだ。

 危惧されていた魔族軍も現れず、護送隊は一人の脱落者も出さなかった。


 ここまで深く魔族領に侵攻しても魔族軍が現れていないということは、今の東方魔王は軍を組織していない。

 魔族の長が軍を組織していない場合は戦闘力で他者を圧倒する幹部『四天王』を配置している可能性が高く、彼らを配下にしている東方魔王自身も相当に強い個体だと推測できるらしい。


 護送隊の隊長は丁寧に分析結果を教えてくれたのだけれど、ただでさえ0に等しい俺の生還率が0になったと教えられたようなもので、話を聞いている途中で膝の震えが止まらなくなった。


 予定通りならここで俺は護送隊から離れて単独で魔王城に向かう事になっているのだけれど、恐怖で立ち上がれなくなっている俺を見かねた隊長が、遅い時間だから今日はここで一夜を過ごして早朝に出ればいいと勧めてくれた。


 出発が明日の朝だとしても俺が生きて帰る可能性は0で、恐怖に怯えて過ごす時間が増えるだけなのだろうけれど俺は団長の勧めに従った。だって怖くて立てないんだからしょうがない。


 あぁもう。怖くて出発できないなんて、そんな情けない俺のどこが勇者なんだろう。今の俺の中のどこを探しても『勇気』なんて一欠けらも見つけられない。


「あぁ、そうだ」


 言うべきことを言い終えて護送隊の幕舎に戻ろうとしていた隊長が去り際に言った。


「部隊の最後尾についてきていたキミの姉さんたちだが、さっき部隊を離れた。俺はてっきりキミの援護をするのかと思っていたのだが、違ったんだな」


 言うだけ言うと俺の返事も聞かずに隊長はさっさと出て行った。


 ……え?


 世界が歪んでしまったかと思った。


 平衡感覚がなくなって、俺は椅子にしていた木箱から横倒しに転げ落ちた。


 嘘だ……そんな……。


 俺が魔王と戦わなきゃいけないとしても、

 俺と共に戦ってくれる仲間がいなかったとしても、

 姉ちゃんたちは最後まで俺と一緒にいてくれると思っていた。


 俺がウルルマルカの川を渡ったら「やっと一緒に行けるね」と途中で合流してくれると思っていた。


 それなのに、部隊を離れてどこかに行ってしまった? もしかして帰った?


 あ、ああ、あああ!

 ヤバイ。これ本気でヤバイ!

 本当に俺一人で魔王の城に行かなきゃなんない!?


 無理無理! 実戦経験0の俺なんか川を渡って最初に遭遇した魔物にさえ殺されそうな気がする!

 いや、多分絶対そうなる!


 どうしよう、どうしよう、どうしよう!


 俺は横倒しに転がったまま頭を抱えた。

 自分で思っていた以上に俺は姉ちゃんたちに依存していたってようやく自覚した。


 でも、もう遅い。

 俺を助けてくれる人がどこにもいない。


 誰か、誰か助けて!


 ガチガチと奥歯を鳴らしながら天幕の中を見回す。

 もちろん誰もいない。


 誰か! もう魔物でもいいから俺を助けて!


 半泣きになりながら頭を抱えて転がっていたら、机に立てかけていた『祝福されし棒』がカランと乾いた音を立てて倒れてきた。


 俺が召喚士として使える唯一の武器だ。


 ……召喚士?

 そうだ……召喚すればいいんだ!


 召喚した魔物に助けてもらおう。

 魔王に殺されないように強い魔物を呼び出すんだ。


 死ぬ気で。いや、死ぬ気とかそんな甘い認識じゃだめだ。

 今召喚できなかったら俺は本当に死ぬ。正真正銘の命懸けで召喚しなくては!


 俺は立ち上がって祝福されし棒を握ると、自分の全てを懸けて召喚魔法を唱え始める。

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