せめて外に! 外に出して! 中はダメぇ!
止まりがちになっていた行軍速度を元に戻して進んでいると、少し離れたところで炸裂音が響いた。
「……戦闘が始まってるのかしら」
「赤竜騎士団の選抜隊だと思う。四天王を一人倒してイーノックが王都に帰れる口実にするようなこと言っていたから」
「勝てそう?」
「どうだろう。団長はロメオよりも弱そうだったが、彼以上の実力者が五人ほどいたら四天王の一人くらいは倒せると思う」
炸裂音が聞こえてすぐに私たちはその場にしゃがんで様子を窺っていたが、戦闘の気配がこちらに近づいて来る様子が無いので行軍を再開することにした。
炸裂音が聞こえてきた方からは戦っているような気配が僅かにしたのだけれど、それも一瞬で終わった。
遭遇と同時に撤退したのだろうか?
そんな事を考えていると、
「探知魔法、当てられた」
ロッティがイラついた声で知らせてくれた。
探知魔法はある程度の魔力量を持っていないと知覚できないのだけれど、ウチのロッティは当たり前に感知できる。そして探知魔法を当てられる感覚がロッティは大嫌いだった。
以前に探知魔法はガラスに爪を立てられたキキキィーって音を鳴らされているような感じだと言っていたが、たしかにそれは不快なことだろう。
探知魔法を使うだけならロッティもシャズナも随行している団員でも出来る簡単な魔法だけれど、これを使うことで逆探される危険があるので知能を持つ敵がいる場合はなるべく使わないのがセオリーだ。
「あ、また……この感じ、人間じゃない」
もう一度使ったらしい。
どうやら探知魔法を使った魔族は人間を格下に見て自分の居場所を晒しても良いと判断したようだ。
「ロッティ、嫌いなのに……。探知魔法されるの、嫌いなのに……」
ずっと不機嫌を抑え込んでいたロッティから暗紫色の魔力がバチバチと漏れ始めている。
「ロッティ落ち着け。城から出ている魔族ならそいつは魔王じゃない。せいぜい四天王だ。今回のターゲットじゃない」
「魔王じゃないの? じゃあ、殺していい? 殺す。殺す。ロッティ、もう我慢できない」
狂気に取りつかれた我が妹は片手を振り上げて巨大な魔力の塊を生み出した。
……助けてイーノック。私たちの妹が魔王より怖いんだ。
「ダメよロッティ! 赤竜騎士団のザコが近くにいるかもだからぶっ放しちゃダメ! 巻き添えで王様直属の騎士団焼いちゃったら今度こそバーグマン侯爵家が無くなっちゃうから!」
「……え? もう無理。ここまでギンギンになったら一回出さないと収まらない」
ロッティが焦った様子で自分の手首を握った。
その言葉選びに倫理的な不安を感じるが、ロッティは体外に出した魔力をなんとか抑え込もうとしているようだ。
よし、これならなんとかなるかも。
「ともかく騎士団を爆裂範囲に入れないように範囲の外へ放ってくれ!」
「そう、せめて外に! 外に出して! 中はダメぇ!」
ウチの妹たちの言葉選びがいろいろおかしい!
「ダメ……もう出ちゃう!」
こらぁー!
今にも飛び出しそうになっている魔力の塊をロッティは別の魔力で抑え込もうとしていたのだが――。
「あ、また……」
三度目の魔力探知の波を知覚したロッティ。ギリギリで抑えていた怒りが臨界突破して思考が急停止。ロッティの顔からストンと感情が消えて暴発する魔力を抑え込むのをやめた。
暴発寸前の爆裂球を抑え込んでいた魔力障壁への魔力供給が突然途切れたことで障壁にピシリとひびが入って小さな穴が空いた。
針穴のような極小の隙間から高圧の魔力が一気に噴き出す。
ピュ!
海をも焼く高エネルギーが放たれたのに、それによって生じた音は笑えるほど静かだった。
「……あれ? 何も起こらないわね」
この世の終わりのような顔をしていたシャズナがキョトンと目を瞬かせる。
「いや、起きてた。今まで見たことの無い高密度に圧縮された魔力の弾丸が光の速さで飛んで行ったんだ」
私は近くにある木を指差した。
「……え? なにこれ。木材加工の機械で穴を空けたみたいに綺麗な穴が空いてる。ちょ、向こうの木にも!?」
その木を調べたシャズナが強張った声を出す。
「それほどの高威力で突き抜けていったんだよ。この世の全てを貫きながらね」
ぞっとしながらロッティを見遣ると、ロッティはこの事態に戸惑っているのかぎゅっと顔を顰めていた。
「ロッティ……」
私はなんて言葉をかけていいのか迷いながら、怪我をしない程度にまでロッティに近づいた。
するとロッティはキッと何かを決心したふうに眉を凛々しく吊り上げて言い放った。
「今の新しい魔法の名前考えた! 『もうダメ我慢できないから出しちゃうねピュッピュ砲』にする!」
……ツッコミどころがあり過ぎて私の頭は真っ白になった。
でもせめてこれだけは長女として言わなくてはならない。
「ロッティ、その名前だと長すぎるから『ピュッピュ』は外そうか」
 




