人類最強……。なんでそっちが勇者じゃないんですか?
ウルルマルカの川岸で野営を始めた勇者護送隊。
彼らが王に命じられた仕事はここで一区切りがついたことになる。
この川の向こうからは大地母神の加護が極端に薄く、平凡な兵士では立っていることすら難しくなるので赤竜騎士団による勇者の護衛はここまでだ。
慣例通りであれば特別な加護を授かっている勇者がここから単独で、もしくは少人数の仲間と共に渡河して魔王城に切り込むことになる。
その間、護送隊は野営地を維持しつつ勇者の帰りを待ち、目的を果たして戻って来た勇者を再び護衛隊が囲んで王都まで連れ帰る。
変な義侠心を出さなければそれで済むはずだったのだ。
「なんだかワクワクしますね。エリック様」
明るい茶色の髪を短く刈り込んだ二十歳半ばくらいの騎士が馬を木陰に繋ぎながら隣の赤毛の青年に話しかけた。
「お互いにもうガキじゃねぇんだからそんなに浮かれるなカラム。……と言いたいところだが、正直に言えば俺もドキドキだ」
同じように立派な軍馬を木に繋いでいる三十代くらいの青年、赤竜騎士団団長エリックは自嘲気味に笑いながらも少年のように目を輝かせている。
彼らの周りには各隊の中から選び抜かれた精鋭たちが二十名。無表情ながらも口角が少しだけ上がっている。これからの戦いに思いを馳せて静かに高揚しているようだった。
しかし、この中にイーノックの姿は無い。
彼らは魔王討伐の命じられた勇者イーノックを差し置いて魔王城に向かっていた。
常識的に考えればこの行為は獲物の横取りで、冒険者であれば殺し合いに発展するほどの禁忌なのだが彼らの顔に罪悪感のような陰は一切ない。
もちろん国王直属の機動部隊である赤竜騎士団の彼らがあえて栄誉の横取りをするほど功に飢えているはずはなく、この行動にはちゃんとした理由がある。
結論から言うとこれはイーノックのせいだ。
ここに至るまでの道中でイーノックはずっと背中を丸めて手元だけを見ながら「あわわわ……」と呻いていた。
まるで夏休みが終わったのに何も手を着けてないまま新学期を迎えた小学生のような『どうしよう感』全開の情けなさだった。
そんなイーノックを見てきた騎士団の団員たちは「あ、コイツに魔王討伐は無理だわ」と見切りをつけた。そして見ていられなくなった。
ウルルマルカの川縁で当初の予定通りに「いってらっしゃい」とイーノックをお見送りすれば、あの頼りない勇者は二度と帰ってこないだろう。
それじゃああまりにも後味の悪い仕事になるのでエリック団長はカラム副長と相談して騎士団の有志を募り、威力偵察隊を組織することにした。
これから魔王城に向かう勇者のために地形情報を集めて、ついでに少しだけ露払いをして帰ってくる。……という建前で実際は勇者の代わりに魔王を討伐してやろうというお節介集団だ。
地形のわからない敵地を少人数で騎行するような愚か者ではない騎士団員たちは森に乗馬を隠した。
そこからある程度まで進んだところで二十名を五人ずつの四小隊に分けて敵を避けながら魔王城に向かう……という計画だ。
「小隊での潜入進撃って冒険者のパーティみたいでいいですね。このままダンジョンに潜りたくなります」
カラム副長が本当に嬉しそうにはしゃいでいる。
「わかる。俺は子供の頃から騎士団に入ることが決められていたから、どこまでも自由な冒険者ってのに憧れていた。大人になって本物の冒険者と話すと、冒険者は安定収入のある騎士団員が羨ましいと言っていた。どちらも儘ならないものだな」
周囲にいる団員達も思い当たることがあるのか苦笑いをしていた。
「それにしてもバーグマン侯爵家の『ヒヨコ騎士団』でしたっけ、誘ったのに来なかったのは意外でしたね。弟の勇者君が心配で来ているのが丸わかりだったのに、勇者君とパーティを組むこともしないし……何がしたくて来たんでしょうね?」
「さぁな。ここに着いたとたんに周辺の偵察に出るって言ってそれっきり戻ってこないからなぁ……」
「まさか、その辺にいる魔族にやられたとか?」
「それこそ『まさか』だ。ヒヨコを率いている白銀の鎧をつけていた女騎士は『戦姫』メルセデスだぞ。個人戦力なら間違いなく人類最強だ」
「人類最強……。なんでそっちが勇者じゃないんですか?」
「知るか。神様に訊け」
そんなことを話しながら進むうちに周囲の木々を圧倒する大きさの巨木の下に着いた。
「よし、ここで予定通り四小隊に分かれて潜伏しつつ魔王城へ向かう。確認のために言っておくが俺たちが魔王城に入る必要はない。魔王と戦う必要も無い。魔王の側近と言われている四天王の誰かを討伐できれば戦果としては十分だ。ゆえに今回の目標は四天王の誰か。だ」
エリック団長の最終ブリーフィングに団員たちがしっかりと頷く。
「進行中に四天王とエンカウントして倒せたら緑の発光魔法を打ち上げろ。その合図を確認したら全員退却だ。野営地点まで全力で戻れ。出会った四天王が強すぎた場合は赤の発光魔法を打て。その合図を確認したら全員で救援に向かう。いいな?」
「質問。四天王とエンカウントした時点で発光魔法を打ってはいけないんですか?」
魔術支援を得意とする若い団員が発光魔法を打ちあげるタイミングに疑問を持った。
「発光魔法を打ち上げれば色に関係なく他の四天王も集まって来る可能性は高い。忘れるな、ここは魔族領だ。エンカウントした小隊だけで倒せる敵ならば他の邪魔が入らないうちに倒しきった方が良い」
理路整然とした理由を述べられて団員は「なるほど」と納得した。
「質問ぉ~ん。今この場で四天王全員に見つかっている場合は何色の発光魔法を打ち上げて楽しませてくれるんですかぁ~?」
笑いを堪えるような声が大木の後ろからかけられた。
ギクリとして声の方向に目を向けると、団員たちを小馬鹿にした様子で悪魔が顔をニヤケさせて出てきた。
明らかに一般の魔族とは格の違う圧を持った魔族の出現に団員たちは即座に反応して戦士系は盾を構えて前列にでて、魔術・支援系の団員は後衛に下がる。
「おぉ、反応が早いのぅ。強そうじゃ」
「ノッブタ、遊ぶな。奇襲の機を逃したではないか」
「……」
続けて同じくらい強そうな魔族が三体出て来てエリックたちは顔から血の気を引かせた。
ハッキリとした怯えの表情が見られて満足したのか、声を掛けながら出てきた悪魔は可笑しそうに彼らを眺めながら質問を重ねた。
「なぁ。四天王全員に見つかってたらどうすんのかって訊いてんだけどぉ?」




