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めちゃくちゃ過保護な姉たちがチート過ぎて勇者の俺は実戦童貞  作者: マルクマ
第一章 童貞勇者と過保護なお姉ちゃんたち
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人間なんかに絶対負けない!

 どうしてこうなった?


 俺は白馬に乗せられて王都の大通りを引き回されている。


 引き回されているという表現だとまるで罪人の『市中引き回しの刑』みたいであまり良い語感ではないけれど、戦う覚悟がないまま国王直属の機動部隊である赤竜騎士団のエリートが先導する出陣式で王都民の歓声を受けながらパレードの主役を演じさせられているのだ。


 実情はどうであれ、気分は間違いなく『市中引き回しの刑』だ。


 一時間ほど前に王宮前広場で行われた出陣式では、母さんの従兄にあたる国王様から魔を下す象徴である聖杯を下賜された。

 その折に国王は周囲に聞こえないくらいの小声でこう忠告してくれた。


「無理に戦おうとするなよ。とりあえず行って帰って来るだけでいい。ぶっちゃけお前に死なれたら余は一生パネーに恨まれる。そんなのは嫌だからな」


 この国の最高権力者に勇者の俺が『無理に戦うな』と助言されたのは勇者的にどうなん? と思わないでもなかったけれど忠告は有り難く受け取っておくことにした。


 だっていくら勇者認定されているからって無駄死になんてしたくない。『勇者の勇』と『匹夫の勇』は別物だ。てゆーか普通に怖い。


 今回俺が勇者として討伐を命じられたのは王都から最も近い魔族領を支配している東方魔王。

 魔王領の外周を東西南北の四方に分割して統括支配を任されているいわゆる『方面魔王』の一人だ。


 人間社会の統治者にいつの間にか『家柄』や『権威』などの付加価値がついて権力が世襲されるようになったのと違い、魔族社会は本能のままに生きることを美徳としているので力の無い者は他者の上には立てない。故に魔族社会で支配者側にいる存在は純粋に強い。


 方面魔王は全魔族の頂点に君臨している大魔王より三ランクほど格下らしいけれど、徹底した実力主義の世界でそこまでの地位にまで上り詰めているのだから弱いわけがない。


 怖ぇ……めっちゃ怖ぇ……。


 正直に言えば、今からでも逃げ出してお家に帰りたい。


 けれど俺を無傷で魔王領にまで護送することを命じられている赤竜騎士団の皆様に囲まれていては逃げることなんてできない。


 大通りを埋め尽くさんばかりに集まった民衆の歓声を受けながら馬を進めてゆく。


 カッツカッツと馬蹄を鳴らして進むその先に、俺は惨殺される未来しか見えなくて体が震えた。


 怖い……だれか助けて……。



「あぁ、イーノックがあんなに怯えてる。可哀想に……お腹が痛くなってないだろうか。熱が出てたりしないだろうか」


 まるで屠殺場に連れて行かれる家畜のように怯えている弟をパレードのずっと後方から眺めている過保護な姉たちがいた。


 国王直属の赤竜騎士団よりは劣るが十分に立派な装備に身を包んでいるバーグマン侯爵家の私兵『ヒヨコ騎士団』の精鋭七名が赤竜騎士団の後ろに続いて行進している。


「姉さん、心配なのは私も同じ気持ちよ。けれど今はダメ、ダメ、本当にダメだから我慢して」


「しかしシャズナ、あの不安そうに背中を丸めて俯いている姿を見たら私はもう、もうっ!」


「だからって出発して一時間も経たないうちに隊列を乱したら、ただでさえ不機嫌な赤竜騎士団の奴らに弾き出されてしまうわ。私の努力を無駄にしないでよ」


「……わかった。はらわたが千切れそうなくらい心配だが、今は我慢する」


 王様自らの意思で決められた『勇者招請』をシャズナは覆すことは出来なかったけれど、手元にある『交渉材料』を有効活用してメルセデスが団長をしているヒヨコ騎士団を勇者護送の編成に捻じ込むことに成功していた。


「それにしても見事だな。王都から遠く離れた場所に居ながら中央省庁の仕事に介入とか、母さんが驚いていたぞ『私でも難しいのに』って」


「でも捻じ込めた人数はたった十人だけ。私に助祭クラスの権力があれば赤竜騎士団と同数の私兵を入れられたのに……私なんてまだまだよ」


 ヒヨコ騎士団が使う分の物資が積まれた馬車を操りながらシャズナは悔しそうに唇を噛んだ。


「何を言うんだシャズナ。シャズナの工作が無ければ私たちは赤竜騎士団の警戒を回避しながらイーノックを追尾しなければならなかった。この編成に入り込むことが出来たのはシャズナの功績だ。シャズナが私の妹で本当に良かったと思っている」


「そう? でも……」


 シャズナは肩越しに振り返って荷台に積まれた物資の間にそっと置かれている棺型魔力拡散器を見た。


「私も姉さんやロッティみたいに直接戦える力が欲しかったわ……」




 人間族の侵略が始まったとの報告が入って東方魔王の城は即座に迎撃準備に入った。


 数多の種族が混在する魔物たちだが全体として攻撃性の高い種族が多く、数日後には勇者を擁した騎士団との戦闘が始まると知ってウキウキと高揚している者も多い。


 けれどどんな集団の中にも非主流派はいて、攻撃性の低い温和な種族や直接戦闘を苦手とする種族もいる。


 一月前までは東方魔王の腹心で今は前線の通信兵に身分を落とされたザバルダーンは人類侵攻の報を持って懐かしい玉座の間に来た。

 しかし、ひんやりと冷えた玉座には紙切れが一枚あるだけで東方魔王の姿がどこにもなかった。


『ちょっと急用ができたので出かける。長い旅になりそうなので誰か我の代わりに東方魔王の役を頼む。落ち着いたころに帰って来るからそれまでヨロシク!  東方魔王カモ・ノハシ』


「やっぱりか、あの野郎!」


 ザバルダーンは酔った勢いで『あいつは基本ビビリだから人間どもが侵攻して来たら真っ先に逃げるだろうよ。ま、その時になったら俺様が命を懸けて民を守ってやるさ』と放言したことを咎められて最下級の兵士に落とされたのだ。


 ところが実際に人類が攻めてきたらザバルダーンが言った通りに逃げたのだ。


 それなりに尊敬していた父が部下も娘も置き捨てて一人だけで逃げた。そんな事実を突きつけられたネギは呆然とテラスを見ていた。


「大きな魔力反応を感知してから毎日ここで人類領の動きを監視していたから、父上は責任感ある立派な魔王だと思っていたのに……。まさか自分が誰よりも早く逃げるために監視していただなんて……」


 あの時父は言っていた『魔族が本能に身を任せることのどこが悪い』と。


 父は言葉通りに行動したのだ。勇者が向かって来ていると知った父は生存本能に身を任せて逃げた。それだけのことだ。


 汚い。なんて汚いんだ父上。ボクが自慢に思っていた父上はそんな父上じゃない!


 妙に生臭い臭いが染みついているテラスでネギが涙が出てくるのを我慢していると背後から声が掛かった。


「ネギ。腰抜け魔王の後釜を決めるための幹部会議が始まる。おまえも顔を出せ」


 今朝まではネギに敬語を使っていたザバルダーンが早くもタメ口になっていた。


 これから向かう幹部会議でどのような嫌味を言われるか考えると、人類侵攻の事実よりも気が重くなるネギだったが、あんな父と同じように見られるのは屈辱以外のなにものでもない。


「わかった。すぐ行く」


 ネギはポキュポキュと足音を鳴らして階下に降りながら心に誓った。


 会議で誰が臨時魔王になったとしても関係ない、ボクはボクのできることを精一杯やろう。


 ネギは闘志を漲らせて手を握り込んだ。


 人間なんかに絶対負けない!


 この後の幹部会議では勇者の標的になる事が分かりきっている魔王への就任は誰もが嫌がり、怒鳴り合って、殴り合って、押し付け合った結果、一番肩身の狭いネギが臨時東方魔王の座に着かされることになった。


 臨時東方魔王カモ・ネギの誕生である。

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