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めちゃくちゃ過保護な姉たちがチート過ぎて勇者の俺は実戦童貞  作者: マルクマ
第一章 童貞勇者と過保護なお姉ちゃんたち
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今回の件で一番の被害者のはキミじゃない

 前触れも無く降り出した雨の中を馬車で進んで王宮に入ったパネー。

 高位貴族のために用意された小部屋に案内されてから、パネーは思いのほか長時間待たされた。


 この部屋は位置的に高位貴族と王族の側仕えしか入れないエリアにあるはずなのに部屋の外が妙に騒がしい。

 誰かが騒いでいるような騒音ではなくて、多くの人が足早に部屋の前の廊下を行き来する足音がやけに多いのだ。


 待っている間にも外の天候は大きく崩れて窓を叩くように大粒の雨が跳ねている。


 嵐が来るって予報はなかったはずだけれど……。


 そんな事を考えながら外を眺めていたら、やがて顔見知りの侍従がパネーを呼びに来た。


 パネーが通されたのは招待状の文句にあったような会席の場ではなく王の執務室だった。どうやら誘い出すための建前を律儀に守る気はないらしい。


「久しいなパネー。新年を祝う慶賀式以来か」


 四十代半ばの王は窓越しに空模様を見上げていて、眉間に刻まれた皺を深くしている。


「陛下におかれましては本日もご機嫌麗しゅう――」

「今の余のどこを見てご機嫌麗しいと思ったんだパネー」


「定型文の挨拶にツッコミを入れられても困りますわ陛下」


 王は不機嫌な様子を隠そうともせずに荒く鼻息を吹いて髭を揺らすと、再び豪雨の空を見上げた。


「パネー。おまえの領地からアイアンリバーの鉱山と町を取り上げる」

「!」


 心臓が止まるような錯覚を覚えてパネーは思わず胸を押さえた。


 アイアンリバーの鉱山や麓の街から上がって来る税収は領地の経営になくてはならないものだ。この収入がなければ領民を魔獣の脅威から守る私兵騎士団の存続すらままならない。


「陛下、それはあまりに危険な罰ではないでしょうか」


 大きすぎる罰は瞬時にパネーの反逆心に火をつけた。

 理不尽に頬を打たれたら反射的に拳で殴り返すのがパネーだ。


 そんなパネーが『それは危険な罰』と言った真意は「そんな事をされて私が黙っていると思うなよ。ウチをナメてんのか。王家打倒の反旗掲げるぞ、いいのか? おぉん?」という意味である。


 一瞬で目の中に獰猛な炎を点したパネーに気付いて王はヒクリと顔を強張らせた。


「その目を止めろパネー。余の親族でそこまで露骨に攻撃的な目を向けてくるのはおまえだけだぞ。まったく……」


「フレデリクがふざけたことを言うからです」


「昔みたいにフレデリク言うな。人目がなくても陛下と呼べ。王に即位してもう二十年も経つんだぞ」


「はいはい。で、本当にウチからアイアンリバーを取り上げる気? たかだか海を焼いただけでしょう。王都で許可なく戦略級魔術を行使するのは厳罰を下されるってのは知っているけど、反逆の意思の無い幼女が個人で放った魔法よ。今後三年の上納金を倍にするからそれで手を打ちなさいよ」


「あれをパネーの娘が個人で悪意なくやったことだと理解している。私の影が一部始終を見ていて腰を抜かしたらしいがな」


「随分優秀な影を飼っているのね。全然気づかなかったわ」


「で、ぶっちゃけた話、余はこれを機に力をつけすぎているバーグマン侯爵家の力をザックリ削いでおうかと思ったんだが」

「やったら、全力でやり返す」


「……だからその反抗的な目と態度をどうにかしろ。これじゃあどっちが王かわからぬ」


「ウチも無駄なケンカはしたくないからさっきの条件で手を打ちなさいって。それで終わりにしましょ」


 いつもならこれで王が口をひん曲げながらも「ったく、しょうがねぇなぁ」と折れることで決着となるパターンなのだけれど、今回は違った。


「悪いが此度ばかりはその程度の罰金で許すわけにはいかなくなった」


 常とは明らかに違う王の様子にパネーは眉を寄せて訝しむ。


 反応が通常とは異なるということは、通常とは異なる要因がその背後にあるということだ。


「何かあった?」


 パネーの問いかけに王は腕を上げて窓の外を指差した。


 王の執務室は城の最上階に近い場所にあって、そこからだと城下の街並みが一望できるし、その向こうに広がる海も見える。

 晴れの日であれば風光明媚な景色が広がる展望も、今は厚い雨雲が垂れこめてシャワーのように街を洗い流している陰鬱な風景が見えるばかりだ。


「凄い雨勢だろう? 今日はずっと晴れていたのに突然この豪雨だ。どうしてだと思う?」

「……?」


 王が何を言わんとしているのかを計りかねてパネーは首を傾げた。


「『水の循環』を思い出せ。『蒸発した海の水は大気に溶けて雨雲になる』ってやつだ」


「蒸発した海の水…………あ!」


 パネーはロッティの魔法で焼けた海の光景を思い出した。


「さっき被害の第一報が届いた。西の岬で崖崩れが発生して灯台が海中に沈んだらしい。民家が数件倒壊したとの報告もある。それ以上に深刻なのは今こうしている瞬間にも川の増水が続いている事だ。半日も経てば王都の半分は川から溢れた水に沈んで十数万人規模の避難民が出るだろう」


「そんな……」


 パネーは今から起きるであろう災害の規模を予測して顔から血の気を引かせた。


「天に上った水は雨となって地に落ちるのが節理。そして雨雲に国境はなく気流に乗って広がり続け、おまえの娘が放った魔術の着弾点からは今もまだ大量の水蒸気が上がっているそうだ。自然では発生し得ない高密度の豪雨がこれから刻々と王国全土に広がってゆくのだよ」


 そこまで話したところで執務室の扉がノックされた。「入れ」の声と同時に飛び込んで来た政務官らしき男は額から汗を流しながら王に報告した。


「住民の避難が始まりました。必要な物資を掻き集めて避難所に運んでいますが必要量に届きそうにもありません。河川の土嚢積みをする人手も不足して――」


「不足分の物資は避難を開始している商人から買い上げろ。ただし現金は渡すな。買い上げた物資はその商人に搬入させて搬入を確認した後に証書を渡せ。支払いは後日証書との引き換えだ。人手が足りないなら近衛騎士を使え、余が許す。見習い騎士にも動員をかけろ。急げ」


 王の矢継ぎ早な指示を手早く書き留めた政務官は「直ちに!」と頭を下げて部屋を出て行った。


「わかるかパネー。これから起きる被害の総額は王都の分だけでもバーグマン侯爵家の全財産を使っても補填しきれないのは明白だ」


 非情な現実を突きつけられて流石のパネーも反抗する気概が失せた。


 これは王の思惑が絡んだ理不尽な罰ではない。

 純粋に自分の娘が犯した罪に対する罰であり、バーグマン家は償える限度を超えた罪を犯してしまった。ただそれだけの話だ。


「我が家を取り潰したうえで娘を収監。……というところでしょうか」


 目の光が弱くなって俯いたパネーに王はため息をついて首を横に振った。


「そのような事をして何になる。それで全てが丸く収まるのならそうするが、その程度で収まる規模じゃいだろう」


「では、どのような罰を? もしくは私に何をしろと?」


 パネーの問いかけに王はいたずらっ子のような悪い顔をした。


「ぶっちゃけ、ちょっと卑怯な手を使おうと考えている」

「卑怯?」


「今回のことはみんな魔王がやった事にすればいい」

「……はい?」


 話が飛び過ぎてパネーには理解できなかった。


「人類の敵、魔族どもの上に君臨する魔王。そいつがやった事にすれば人々は今まで以上に魔王を憎むだろう。しかし元から人類のヘイトを一身に集めている存在だから人類社会に大した変化は起きない」


「それはそうだけど」


「今回の件を魔王がやったことにすれば、これから発生する被害は天災に準ずる扱いにできる。そうなれば法律に定められている通り、被災者の救援は各領の領主が自己資金で負担することになる。バーグマン侯爵家の金庫だけでは賄いきれない金額でもみんなで分担すればなんとかなるだろうよ」


「え、いいの? そんなんで」


 パネーが呆れ顔をしたので、王はニヤリと笑みを強くした。


「このやり方なら国内で最も力のある貴族が全王国民から敵視される事態にはならないし、国内不破の挙句に内乱という悲惨な未来も回避できる。より多くの人が幸せでいられるなら余は臣下や国民に嘘をつくことを躊躇わないよ」


「凄いわねフレデリク、いつの間にかちゃんと政治が出来るようになってたのね。見直したわ」


「おいおい、ぶっちゃけ今までの余はどれだけ評価が低かったんだ。あぁ、聞きたくないから言わなくていいぞ」


「じゃあ、デキる王様の策に乗って、ウチは『関係無し』の『お咎め無し』って事でいいのね?」


 少しだけ媚びるように微笑むパネーに王は黒い微笑みを返す。


「そこまで余は甘くないよパネー。キミには災害復興が済んだ後、早急ににやってもらいたいことがある」


「真実を把握している王家に対してまとまった額の災害復興義援金を上納しろって事かしら?」


「それもあるが、もう一つ。『勇者』に魔王を討伐して来てもらいたい」

「はぁ!?」


「いずれ魔王と戦う運命にある託宣の勇者が魔王のところにカチコミをかけるのは何も不自然じゃないだろう」

「そうだけど、まだウチのイーノックは……」


「これも政治だよパネー。この件は魔王の戦略級魔法で被害を受けた事になっているのに、余が何の反撃をしないでいたら王政に対する不満や不信感が生じる。どんな形であれ余が魔王に一矢報いたという実績がいるんだよ、対外的にね。別に最強の大魔王をやってこいなんて言わない。魔族領の外周を守る方面魔王の一人を倒してくれればいい」


「でも、それは……」


 返事を渋るパネーに王は少々イラついた顔で黒い笑顔を強めた。


「ん? じゃあ本当のことを公表するか? これからどれほどの国民が被災者になるか分からない状態で『お前たちの平穏な日常を奪ったのはバーグマン侯爵家だ』と告げるのか? 誰も幸せにならない未来しか見えないぞ、ぶっちゃけ」


「うっ……」


 パネーは返事を躊躇ったが、口を閉ざして返事を待つ王に見据えられても反論できる材料は何も思い浮かばなかった。パネーは苦渋に満ちた顔で王の提案を受け入れた。


「……わかった。魔王討伐の提案を受けるわ」

「そんな辛そうな顔はよしてくれ。今回の件で一番の被害者のはキミじゃない」


「分かっているわ。国民こそ真の被害者よね」

「いいや、国民よりもずっと可哀想な奴がいるのを忘れちゃいけない」


「誰よそれ?」


「何もしていないのに完全なとばっちりで君の子供に命を狙われるハメになった魔王が一番の被害者だ」

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