誰に対しても優しいのはいいけれどちょっとは加減することも覚えなさい
俺とロッティは極めて稀な体質を持っている。
俺の体質は『魔力完全無効化』。この体質のおかげでどれほど膨大な魔力が込められた魔術攻撃でも俺には全く通らない。魔術を得意とする魔族と戦うのなら物凄く有利になる体質だけれど良い事ばかりじゃない。
あらゆる魔法が無効化されるので回復系魔法も無効化されるのだ。怪我や病気をしたら基本的にポーションを飲むか、休息をとるかで回復するしかない。
一般的な冒険者パーティだと前衛が負傷してもヒーラーが即リカバーするので戦闘を継続できるのだけれど、俺にはそれが出来ない。
一方、ロッティの体質は『無天魔力』。聞き慣れない言葉だけれどしょうがない。これはロッティのためだけに作られた造語で、その性質は天井知らず(上限無し)の魔力回復だ。
どれだけ大きな魔術を行使しても即座に魔力が回復するので残存魔力や魔力切れを気にする必要が無い。
魔術師なら誰もが羨むぶっ壊れ体質だけれど、もちろん良い事ばかりじゃない。
通常、魔術師は自身の体内に保持できる魔力限界量まで魔力が回復したらそれ以上魔力が増えることは無い。けれど『無天魔力』のロッティは魔力保持量を超えても物凄いスピードで魔力を回復し続けて余剰魔力を身体から溢れさせてしまうのだ。
本人の意思に関係なく溢れた魔力は周囲を害する。まるで堰を破って氾濫した河川のように。
この異常体質のせいでロッティが生まれた時は家中がパニックになった。
ロッティを生んだ母さんは股を焼かれて重傷、産婆をしていたシスターは黒焦げ。
魔力完全無効化が出来る俺がいたからロッティを抱き上げて産湯に入れる事ができたけれど、もしも俺がいなかったら……。まぁ、そんな『もしも』なんて考えるだけ無駄だな。やめやめ。
ともかく、この体質のせいでロッティは人と触れ合うことが出来ない。
ロッティをギュッとハグして体温を伝えられるのは、人間、魔族、魔物、他あらゆる生物の中で唯一俺だけなので、まだ九歳で甘えたい気持ちの強いロッティは俺にくっついてなかなか離れようとしない。
なんだか俺への依存度がちょっとだけ高いような気がするので、このままじゃちょっとマズイかなぁとは思うんだけれど、ロッティは常に魔力を消費させていないと魔力暴発の危険があるので俺に引っ付いて余剰魔力を放出させていないと周囲の者が危険なのだ。
「あ~あ。特注で作った魔力拡散器が壊れちゃったわね……」
館に帰る途中で俺と合流した母さんは、屋根が吹き飛んで半壊している箱形馬車の中でため息を吐いている。
モモンガみたいに俺の胸にしがみついているロッティは母さんにチクッと責めるような言い方をされてションボリと眉尻を垂らした。
普段はあまり口うるさい事は言わない母さんにしては珍しい事だけれど、今回ばかりはしょうがないと思う。
俺は母さんの馬車と並んで馬を歩かせているので馬車の中の惨状がよく見えた。
馬車の中は黒焦げで、ロッティが押し込められていた棺型の魔力放出器は蓋の部分が吹き飛んで無くなっている。
「お母様ごめんなさい、お兄ちゃんの反応があったから嬉しくなって我慢できなかったの……」
どうやら俺を感知したロッティは彼女の拘束具でもある棺型魔力拡散器を破壊して俺のところに飛んで来たらしい。
これをワンコに例えるならリードを噛み千切って無理矢理自由になった感じか……どんな狂犬だよ!?
「ま、しょうがないわね。こんなに長くイーノックと離れさせたのは初めてだものね。次は家に到着するまできちんと我慢するのよ?」
「うん」
……え? いいの? これ『しょうがない』で済ましていいの?
母さんは防御魔法を張るのが間に合って髪が乱れている程度で済んでいるから良いんだろうけれど、同乗している母さん専属メイドのエミリーが凄い事になってるよ? 元B級冒険者だったエミリーさんの眼鏡が片方割れていて、顔が黒く煤けてて、前髪がチリチリになってるんだけど? つか、御者さんなんか制服の背面が無くなっていて背中丸見えになってるんだけど?
いやまぁ、衣服が全部弾け飛んで今は腰布を巻きつけただけの半裸状態で騎乗している俺も中々の惨状だけどさ。
……まぁいいか。こういうのも含めて『バーグマン家の日常』だと思うようにすれば、いちいち悩んだりしなくて済むな。
母さんの適応力を見習って俺もこの状況を受け入れることにした。
「そういや母さん。今回王都に行った主目的のロッティの魔力漏れを軽減する服ってどうなったの?」
「それがね、魔道研究所の所長がわざわざこの私をロッティ同伴で呼び出すくらいだから相当なモノが作れたんだと期待していたのに、全然よ。今までの魔力耐性布より二割ほど強いだけ。自信満々に全身タイツで現れた所長はロッティが一メートルまで近づいたところで燃え上がって七転八倒してたわよ」
「普通に失敗だよね、それ。つか大事故だよね」
「王都で上演されてた新作の歌劇はつまらなかったけれど、火だるまになった所長が必死の形相で床の上を転げまわっている姿はそこそこ愉快だったわ」
口の端を吊り上げて冷淡にせせら笑ってる母さんの笑顔が簡単に想像出来た。
元々はロッティの力を見誤った所長の自業自得とも言えるので罪悪感はないけれど、なんだか申し訳ない気分になった。
ちなみに今のロッティは俺に引っ付いているので漏れている魔力は無い。ロッティの周囲で帯電するようにこびりついていた魔力も先ほどの『祝砲』で消費したので、この状態なら直接ロッティの肌や髪に直接触れない限り安全だ。
今回の王都行きでどんなことがあったかを母さんに話してもらいながら進んでいたら、ロッティが俺にしがみついたまま寝落ちしそうになっていた。
慣れない旅路の疲れと俺に抱きついている安心感で一気に眠気が襲ってきたのだろう。予備の手綱を使って抱っこ紐のように巻きつけてロッティを固定すると「お兄ちゃん……ありが……くぅ」まるで赤ん坊のようにくてっと夢の世界へ旅立った。
「いつも悪いわね、イーノック」
普通の母娘のようにロッティを抱いてあげることのできない母さんが複雑な表情でロッティを見つめている。
「いいよ。俺は『お兄ちゃん』だし」
「ふふっ、ありがとう。でも、あんまり『良いお兄ちゃん』をやり過ぎるとロッティの将来が心配になるから優しくするのはほどほどに……って、別にロッティに限った事じゃないわね。シャズナもこの子に依存の気があるし……そういえばメルセデスも……」
「え? 何? どうしたんだよ母さん、急に睨んできて。目つき怖いんだけど」
「イーノック。誰に対しても優しいのはいいけれどちょっとは加減することも覚えなさい。じゃないとそのうち背中を刺されることになるわよ」
「へ?」
突然不機嫌になった母さんに俺は身に覚えのない事で理不尽に怒られた。




